あれ? 史実と違うんだけど
「リズベット……」
「「っ!?」」
燃えるような赤い髪に琥珀色の瞳を湛えた一人の男が、部屋の中に入ってきた。
もちろん僕は、この男が誰なのかをよく知っている。
そう……この男こそ、前世の僕が何度も読み返した『ヴィルヘルム戦記』の主人公で、スヴァリエ王国を建国した英雄。
――ヴィルヘルム=フォン=スヴァリエ。
だけど、やっぱりリズベットはこの男と繋がっていたんじゃないか。
そうじゃなきゃ、彼女の部屋の場所なんて知るはずもないし、何より、こんな気軽に顔を出せるはずがない。
結局は、僕との婚約も皇帝の命令で仕方なくだし、むしろ僕のことを揶揄っていたというのが正解なんだろうね。
なのに。
「……どうしてあなたがこの屋敷にいて、断りもなく私の部屋の扉を開けているのでしょうか」
リズベットは眉根を寄せ、ヴィルヘルムに射殺すような視線を向ける。
その様子は怒っているどころか、憎悪すら感じさせるんだけど。
「どうしたんだリズベット。この数か月、何通もの手紙を送ってもなしのつぶてだし、ようやく返事が来たかと思ったら、『二度と顔を見せないでください』の一文のみ。誰だって心配するに決まっている」
「理解しておられるではないですか。なら、即刻ここから立ち去りなさい」
心配そうな表情を見せるヴィルヘルムに対し、リズベットはにべもなく言い放った。
んんん? この二人、恋仲なんじゃないのか? これじゃまるで、言い寄るヴィルヘルムをリズベットが敵視しているようにしか見えないんだけど。
「待てって。俺と君は、幼い頃から運命で結ばれた仲じゃないか。それをどうして……」
「あなたと私が運命で結ばれている? 笑わせないでください。私には、捏造が得意な詐欺師の知り合いなどおりません」
「っ!?」
あー……少しだけ話が読めてきた。
どうやらこの男、リズベットを騙していたようだ。
考えられるのは、ヴィルヘルムが浮気をしていたってところかな。
歴史上でも何人も側室持っていたし、『ヴィルヘルム戦記』でも戦地に赴くたびに他の女性に手を出すエピソードがあったりするもんなあ……。
「とにかく、私の大切な婚約者であらせられますルドルフ殿下もいらっしゃるのです。いい加減、私の視界から消えて……」
「待て。婚約とは何の話だ?」
「ご存知ないのですか? 三か月前、私は婚約したのです。あなたのような男とは違い、誠実なルドルフ殿下と」
いや、ここで僕に話を振らないでくれるかな?
そのせいで、ヴィルヘルムが僕をものすごく睨んでくるんですけど。
「何より、私の従者がその手紙を届けた際に、あなたも受けたでしょう? 私の大切な思い出を、穢した報いを」
「…………………………」
彼女の言う『大切な思い出』というのは、おそらくは『ヴィルヘルム戦記』にも記されていた、幼い頃のエピソードのことだろう。
皇宮の中庭でこの僕に傷つけられようとしたリズベットをヴィルヘルムが庇い、いつか再び出逢うための約束として彼女がブローチを渡したという出来事。
今から考えれば、僕はリズベットに対してそんなことをした記憶がないどころか、彼女と出会ったのはまさに婚約のための面会の場が初めて。
おそらくは、ヴィルヘルムとリズベットを美化させるために、歴史家がわざとそんなエピソードを書いたんだろう。完全に悪役扱いの僕としては、色々と尾ひれをつけられていい迷惑だ。
「ふふ……今思い出しても滑稽だわ。手紙を渡した際に従者が、あの日に私が渡したものについて尋ねたら、まさか悩んだ挙句に『ブローチ』なんて答えるんですもの」
「…………………………」
リズベットはまるで小馬鹿にするようにクスクスと嗤い、痛いところを突かれたのか、ヴィルヘルムは唇を噛む。
だけど……『ヴィルヘルム戦記』のあのエピソード、リズベットの話だと本当に捏造っぽいな。
とはいえ、冷たくあしらいつつも怒りをにじませているところを見る限り、そのエピソードそのものが嘘……というわけではなさそうだ。
ひょっとしたら、ヴィルヘルムではない別の誰かとの思い出なのかもしれない。
そして、リズベットはその思い出を何よりも大切にしているということだ。
僕にはその気持ち、とてもよく分かる。
だって、僕もあの思い出があるからこそ、まだこうやって正気を保てているのだから。
リズベットを見つめながら、僕はポケットに忍ばせてある金貨を、ギュ、と握りしめた。
すると。
「手紙ではご理解できなかったようですので、はっきりと申し上げます。もう二度と、私の前に現れないでください」
「っ! ……今は、失礼させてもらうよ。それと……これは君への誕生日プレゼントだ」
「いりません」
プレゼントを差し出そうとするヴィルヘルムに対し、リズベットは手で追い払うような仕草を見せる。
それを受け、ヴィルヘルムは僕を忌々しげに睨んだ後、無言で部屋を出て行った。
「……ルドルフ殿下、お騒がせしてしまい、申し訳ありませんでした」
そう言って、深々と頭を下げるリズベット。
冷たさと凛々しさを湛えたアクアマリンの瞳には、ヴィルヘルムへの怒りのその奥に、不安のようなものが窺えた。
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