歴史上の英雄の登場です
「…………………………」
「ど、どうぞよろしくお願いします……」
ファールクランツ侯爵邸の玄関の前で仁王立ちするリズベットの父、“ドグラス=ファールクランツ”侯爵に出迎えられた。
いや、怖いよ。
僕を見る目、明らかに敵視しているとしか思えないし。
それに、何と言ってもバルディック帝国の武の象徴であり、その黒髪から“黒曜の戦鬼”と恐れられる帝国最強の将軍だからね。威圧感が半端ない。
せめてマーヤが傍にいてくれたら心強かったんだけど、さすがに婚約者であるリズベットの手前、他の女性をエスコートして出席するのは失礼にあたるからね……彼女はお留守番だ。
それはさておき……そろそろ、僕を屋敷の中へ案内してもらえないかなあ。
さっきから他の招待客が、僕と侯爵を訝しげに見ているんだけど。
すると。
「あなた、そろそろ……って、まあ! ルドルフ殿下、ようこそお越しくださいました!」
侯爵を呼びに来たらしい亜麻色の髪の夫人が、僕を見るなりカーテシーをした。
その様子や顔立ちから察するに、リズベットの母君だろう。
「ルドルフ=フェルスト=バルディックです。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「リズベットの母、“テレサ=ファールクランツ”と申します。殿下にお会いできましたこと、光栄に存じます」
右手を胸に当ててお辞儀をする僕に、ファールクランツ夫人は改めてカーテシーをする。
これまで皇宮主催のパーティーしか出席したことがないし、そのパーティーでも常に壁の花と化していたので、ファールクランツ侯爵を含め、初対面なのだ。
「さあさ、どうぞ中へお入りくださいませ。娘のリズベットも、殿下のお越しを心よりお待ちしておりますので」
「ありがとうございます」
夫人に促され、僕は屋敷の中へ入るんだけど……侯爵が忌々しげに僕を睨みながらも何も言わないところを見ると、どうやらこの家の主導権は夫人にあるみたいだ。
「リズベット! ルドルフ殿下がお越しになられましたよ!」
大声で叫びながら、勢いよく扉を開けるファールクランツ夫人。
何というか、武門の家は豪快だなあ……って。
「あ……」
瞳の色と同じ、淡い青色のドレスに身を包むリズベットを見て、僕は思わず息を呑む。
綺麗なのは重々承知していたけど、今日は一段と綺麗だ……。
「ルドルフ殿下。本日はお越しくださり、ありがとうございます」
「え? あ、は、はい。こちらこそお招きいただき、ありがとうございます」
リズベットに声をかけられて我に返った僕は、慌ててお辞儀をした。
「うふふ。パーティーの開始まで、どうぞお二人でおくつろぎくださいな」
「あ、ありがとうございます」
ファールクランツ夫人が部屋を出て、僕とリズベットの二人きりになる。
「…………………………」
「…………………………」
こ、困ったぞ。何を話せばいいんだろう……。
「「あの……」」
しまった! 被ってしまった!
「あ……リズベット殿からどうぞ」
「いえ、殿下からどうぞ」
「「…………………………」」
駄目だ、このままじゃ埒が明かない。
僕は意を決し、口を開く。
「そ、その、リズベット殿……とても、綺麗です……」
「っ! ……嬉しいです」
……本当に目の前の彼女は、あのリズベットなのだろうか。
女神のような美しさもさることながら、表情こそ変わらないものの、僕の誉め言葉に頬を赤らめて恥ずかしそうにうつむく姿は、とても僕を暗殺するようには思えない。
何より、彼女にはヴィルヘルムという相手がいるのに、いいのかな……。
そのことが頭をよぎり、ちくり、と胸が痛む。
「そ、そうだ。実はリズベット殿の誕生日を祝って、僕からプレゼントがあるんです」
この胸の痛みを誤魔化すために、僕は忍ばせてあった小さな箱を取り出し、リズベットに手渡した。
「開けてもよろしいですか……?」
「もちろんです」
「では……」
リズベットはゆっくりと箱を開けると。
「綺麗……」
箱の中身は、リズベットの瞳の色と同じ、淡い青色の宝石をあしらった指輪だ。
これは、『ヴィルヘルム戦記』の中で僕を暗殺して自らも命を絶とうとしたリズベットを、それを止めたヴィルヘルムがプロポーズの言葉とともに差し出したもの……それが、この指輪なのだ。
だから、僕もそれに倣い、タッペル夫人の横領を暴いて得た資金を使って同じような指輪を用意したわけなんだけど……その指輪を、アクアマリンの瞳で愛おしそうに見つめる彼女を見て、僕は余計に胸を詰まらせた。
だから、どうしてそんな瞳をするんだよ。
僕は、ヴィルヘルムじゃない、ただの暴君なのに。
「ルドルフ殿下、ありがとうございます。本当に……本当に、こんなにも嬉しいプレゼントをいただいたことはありません」
指輪を握りしめ、不器用な彼女が心からの喜びを一生懸命に伝えようとする。
僕は……。
「あ……」
「せっかくの指輪ですから……」
リズベットの左手を取り、指輪を薬指にそっとはめた。
「似合い、ますか……?」
「もちろんです。君ほど、この指輪が似合う女性はいません」
おずおずと問いかけるリズベットに、僕はニコリ、と微笑んで答える。
……今日くらい、ヴィルヘルムでなくて僕が彼女のパートナーでも、その……いいよね。
そろそろ会場へエスコートしようと、僕は彼女の手を取ろうとした。
その時。
――コン、コン。
「リズベット……」
「「っ!?」」
燃えるような赤い髪に琥珀色の瞳を湛えた一人の男が、部屋の中に入ってきた。
もちろん僕は、この男が誰なのかをよく知っている。
そう……この男こそ、前世の僕が何度も読み返した『ヴィルヘルム戦記』の主人公で、スヴァリエ王国を建国した英雄。
――ヴィルヘルム=フォン=スヴァリエ。
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