夢の終わり
「が……ふ……っ!?」
ヴィルヘルムは、口から血を吐き、苦痛に顔を歪めた。
甲冑を貫いた僕のネイリングにも、ヴィルヘルムの血が伝う。
僕はとどめを刺すため、さらに剣を押し込めようと、左足を前に出そうとして。
「っ!?」
どうやら、僕も無傷では済まなかったようで、ヴィルヘルムの剣が左の太ももに思いきり食い込み、地面が血まみれになっている。
はは……おかげで、あと少しで決着をつけることができるっていうのに、どこまで詰めが甘いんだよ、僕は。
まあ、でも。
「……ヴィルヘルム。これで、僕の勝ちだ」
剣を力なく手放して、苦悶の表情を浮かべるヴィルヘルムに、僕は勝利宣言をした。
「ルディ様!」
リズが、僕の元へ駆け寄ってくる。
アクアマリンの瞳を涙で濡らし、顔を真っ青にしながら。
「リズ……僕は、勝ちましたよ」
「はい……はい……っ! ですが、まずは手当てが先です! マーヤ!」
「はい!」
同じく傍に来たマーヤが、ヴィルヘルムの剣を抜き、手早く止血をしてくれた。
リズとマーヤが心底焦っている様子を見ると、僕の傷はかなり酷いみたいだ。
でも、僕はネイリングの柄を握る手を放さない。
ヴィルヘルムに、引導を渡すため……っ!?
「ぐ……ぐぐ……っ」
なんと、ヴィルヘルムはネイリングの刃を両手で握りしめ、強引に腹から抜いてしまった。
「ク……クハ……俺は、貴様に……負けてなどいない……っ!」
「強がりはよしなさい。その傷で、しかも剣を手放したあなたは、もはやルディ様に一矢報いることも不可能。大人しく、死を迎えるのです」
リズが絶対零度の視線を向け、ヴィルヘルムに言い放つ。
たとえ死ぬ間際の相手であっても、一切の情を向けることなく。
ヴィルヘルムが、最後にリズを求めても。
「フ……ン……最初、から……期待など、してはいな、い……だ、だが……」
「……どこへ行く」
鼻を鳴らし、ヴィルヘルムがよろよろと向かった先は……っ!?
「まさか!?」
「こ、こん、な……結末……話が、違う……っ」
ヴィルヘルムは空を見上げ、これまで見たこともないほど憎悪に満ちた表情を浮かべると。
「俺は……俺は、貴様に敗れてなどいない! 俺は、英雄ヴィルヘルムだッッッ!」
僕が駆け出すよりも……手を伸ばすよりも早く、ヴィルヘルムは。
――断崖絶壁の遥か下へと消えていった。
◇
「見つかったか?」
断崖絶壁の下、僕は、ヴィルヘルムの死体を捜索する兵士に尋ねる。
「駄目です! 川の流れも速く、おそらくは下流へ流されていったものかと……」
「そうか……」
やっぱり、見つからないか……。
そもそも、この高さから落ちたんだし、たとえ川だったとしても、助かる見込みは皆無だ。
「はは……英雄ヴィルヘルムの最後が、こんなにあっけないなんて、な……」
自分の手で、決着をつけることができなかったこともあるんだろう。
僕は川の流れる先を見つめ、肩を落とした。
「ルディ様……まだ応急手当をしただけですので、安静になさいませんと……」
「リズ……」
肩を貸してくれているリズが、心配そうな表情で僕の顔を覗き込む。
そうだね……いつまでも気にしていても、仕方ない。
ヴィルヘルムはヴァンダの城壁から自ら飛び降り、この川で死んだんだ。
次にあの男と顔を合わせるとすれば、それは僕が死んだ時だろう。
すると。
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!」」」」」
ヴァンダ内部から、すさまじい歓声が聞こえる。
ファールクランツ侯爵が、ヴァンダを完全に制圧したみたいだ。
「リズ、行きましょう」
「はい……」
僕とリズ、それにマーヤは、ファールクランツ侯爵の元へと向かうと。
「っ!? ルドルフ殿下、その怪我は……!」
「かなり深く傷を負いましたが、幸いにも致命傷ではありません。ただ、絶対安静が必要です」
目を見開くファールクランツ侯爵に、リズが淡々と説明した。
「そうか……」
表情も変えずに短く告げるのみの、ファールクランツ侯爵。
でも。
「お館様、よかったですね」
「本当です。ルドルフ殿下にお会いするまで、ずっと焦っておられましたから」
「っ!? ベルトルド! ダニエラ!」
ヨハンソン卿とカルネウス卿に揶揄われ、ファールクランツ侯爵が大声で叫んだ。
どうやら、本気で僕のことを心配してくれていたみたいだ。嬉しい。
「コホン……とにかく、後のことは私に任せ、殿下はお休みくだされ」
「ファールクランツ閣下、その前にお話ししなければならないことがあります」
「む……話、ですか?」
「はい」
僕は、ヴィルヘルムから聞かされたことについて、全てを話した。
スヴァリエ公爵がバルディック帝国を手中に収めようと、僕の母……ベアトリスを皇帝にあてがったこと。
そのお腹の中には、既に僕がいたこと。
僕の本当の父親は皇帝ではなく、スヴァリエ公爵であること。
そして……僕とヴィルヘルムは、腹違いの兄弟であること。
「むうう……っ」
さすがに予想外のことに、ファールクランツ侯爵は思わず唸る。
僕だって、未だに信じられない気分だ。
でも、それよりも。
「閣下……お願いします! 僕は第四皇子でもない、ただのルドルフです! ですが……ですが、もしお許しいただけるのであれば、どうかリズと、このまま一緒にいさせてください!」
僕はその場で平伏し、地面に額をこすりつけて懇願した。
お読みいただき、ありがとうございました
「暴君皇子」につきまして、本日をもちまして第二部が完結いたします!
このため、今日は一挙6話更新予定!
12時更新の本話を皮切りに、17時、18時、19時、20時、21時に更新予定!
どうぞお楽しみに!
ついては、読者の第二部ラストに向けて皆様の応援をよろしくお願いします!
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このまま大団円を迎えるため、どうか切によろしくお願いします!!!