郭公
どうかあとがきもお読みくださいませ
パトリックの奴は、それから少しずつ、毒に侵されていったよ。
最初の頃はちょっとした風邪程度に思われていたが、なかなか改善の兆しを見せないこともあって、ヨーランは名医と呼ばれる医者を次々と呼んで、パトリックの治療に当たらせた。
名医の連中は、俺の毒に一切気づくこともできず、的外れな診断ばかりしていたさ。
ヨーランやパトリック、医者達の滑稽な姿を、俺は今でも覚えている。
だが……パトリックの奴が、回復の兆しを見せた。
おかしいと思った俺は、その理由を探った。
すると、俺が毒を盛った料理を、アイツは一切手をつけなくなっていたのだ。
何故急にそんなことをしたのかと、厨房やパトリックの様子を窺うと、どうやら身体が弱り過ぎて、食事を受けつけなくなっており、スープやパン粥といった、消化の良い食事ばかりをしていた。
そのことをきっかけとして、料理長をはじめ厨房にいた者達が全員処断された。
つまり、パトリックの体調不良の原因が、厨房の何者かの手によって毒を盛られたものであると、ヨーランは考えたのだ。
こうなってしまうと、パトリックに毒を盛ることが難しくなってしまった。
もし、ここで俺が毒を盛ろうものなら、厨房の人間以外の者が疑われ、可能性は低いが、その中に俺も含まれるおそれがある。
次の手として、俺は事故に見せかけてパトリックに大怪我を負わせ、スヴァリエ家の当主の務めを果たせない身体にしてやろうと考えた。
そのため、馬車に細工を施したところ、予定どおりパトリックを乗せた馬車は、突然車輪が外れ、アイツは大怪我を負って再び寝たきりの状態になった。
これから先、パトリックが対外的な務めを行うことはできない。
案の定、ヨーランはこの俺をパトリックの代役とした。
俺が、ヨーランに対して卑屈なまでに従順な姿勢を示してきたことも大きかった。
少しずつ外で存在感を高めていけば、ヨーランも俺のことを無視できなくなるに違いない。
特に……帝国の軍事のトップである、ファールクランツ家を味方につけることができれば。
そのために、このタイミングで仕掛けたのだから。
そして……俺は、リズベットを手に入れる。
俺はあの日の男の子を装って彼女に近づき、疑われつつも彼女との繋がりを手に入れた。
後は、上手く立ち回れば女性一人の心など、どうにでもなる。
そのことをヨーランに告げると。
「よくやったぞ! “黒曜の戦鬼”をこちらの陣営に引き入れることができれば、私はあの男を……偽りの皇帝、憎きカールの奴を引きずり下ろすことができる!」
「…………………………」
こんな男が、皇帝になどなれるはずがない。
皇室に媚び諂うふりをして、陰で悪事に手を染めながら機会を窺っているつもりなのだろうが、俺から見れば滑稽でしかない。
所詮この男には、皇帝と争う度胸も才能もないのだ。
そう……思っていた。
「クハハ……実の息子だと思っている者から、いずれその身を滅ぼされる、その時が来れば……」
「え……?」
俺がいることを忘れ、ヨーランが漏らした思わぬ一言。
「ち、父上……今のお話は……?」
「チッ……まだいたのか。早く立ち去れ!」
ヨーランは苦虫を噛み潰した表情で、俺を追い出した。
だが、今の話……皇室に、何かあるのか?
どうしても気になった俺は、ヨーランの目を盗んで調べた。
だが、さすがに皇室に関わることでもあり、ヨーランは尻尾をつかませない。
だから。
「……兄上、ご存知なら俺に教えてくださいよ。父上は、皇室について何を知っている……いや、何を狙っているのかを」
「う、うう……っ」
目の前に燭台の炎を近づけると、顔を青くして狼狽えるパトリック。
寝たきりとなったコイツに、俺が夜な夜なこれまでの恨みを晴らしていたことで、すっかり恐怖に怯えていた。
もちろん、この俺の仕業であるとバレるような失敗は犯さない。
「兄上」
「ち、父上は、皇帝に自分の子を身籠った女を差し出し、生まれた子供に皇位継承権を与えられるように画策したのだ……成長したあかつきには、その子供に三人の皇子を排除させるつもりで」
なるほど……つまりあのヨーランは、皇室内に郭公の卵を放り込んでいたのか。
今の口振りからすると、郭公の子は第四皇子……ルドルフ=フェルスト=バルディックというわけだな。
……どうりで、俺がリズベットと一緒にいたあの日の子供に、憎しみを覚えるわけだ。
何せ、第四皇子も俺の腹違いの兄弟……憎きヨーランの血を引く者だったのだから。
「続けろ」
「そ、それで、その子供に皇帝も殺害させ、それを大義名分としてスヴァリエ家が打ち倒し、唯一残された皇族として帝位に就くという寸法だ……」
クハ、なんてことはない。
結局のところ、第四皇子も暴君となって滅ぼされるための存在に過ぎないわけだ。
だが……それでも、第四皇子は俺とは違い、最高の身分と役割を与えられている。
たとえ、ヨーランの道具でしかないのだとしても。
たとえ、暴君となる未来しかないのだとしても。
そんな悪役にすらなれない、スペアのこの俺とは違って。
「フン」
「あぎっ!?」
俺は、パトリックの腹に拳を思いきり叩き込んだ。
クハ、相変わらずいい声で鳴くな。
だがこれは、俺にとってまさに運命なのかもしれない。
もう一人の兄弟が暴君となる運命なら、俺は。
――誰よりも黒く染まった、唯一の英雄となってやろう。
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