要塞都市ヴァンダ攻略
「それにしても……一切抵抗してこないですね……」
「仕方ありませんよ。こちらの兵は五千、スヴァリエ公爵は一千。中途半端に小競り合いをしても、焼け石に水。それどころか、無駄に兵の数を減らすだけです」
スヴァリエ公爵の本拠があるヴァンダへ向けて領内を進軍する中、尋ねるリズに僕は答えた。
「では、スヴァリエ公爵は大人しく私達に拘束される、そういうことでしょうか?」
「その可能性も、なくはないですが……おそらくは抵抗するか、既に逃げ出しているかのどちらかでしょうね」
だけど、スヴァリエ公爵は抵抗すると僕は見ている。
いくら背後にルージア皇国がいるとしても、利用価値のなくなったスヴァリエ公爵を受け入れるとは考えにくい。
なら、少しでも抵抗してまだ利用価値があることを示し、ルージア皇国の支援を待つのが生き残る道だろう。
何より……ヴァンダには、あれがあるはずだから。
「いずれにせよ、絶対にスヴァリエ公爵を……ヴィルヘルムを、逃がすわけにはいきません。ここで、全てを終わらせるんです」
「はい。ルディ様と私の、未来のために」
僕とリズは、頷き合う。
ヴィルヘルムのせいで、リズは騙され、『ヴィルヘルム戦記』では僕を暗殺する結果になった。
転生する前の史実が本当はどうだったのか、『ヴィルヘルム戦記』のとおりなのか、それとも、また別のものだったのか。この僕には、知る由もない。
でも……僕があの日の僕なのだと知ったら、絶対にリズは嘆き悲しみ、苦しんだ挙句、その命を落としたのかもしれない。
今から一年半前、そんな未来が訪れる一歩手前まで、僕達は追い込まれていたんだ。
……いや、これから先も、ヴィルヘルムがいる限り、その危険に晒され続けることになる。
だから、僕は。
――ヴィルヘルム=フォン=スヴァリエを、この手で葬る。
◇
そのまま進軍を続け、いよいよファールクランツ軍はヴァンダに迫った……んだけど。
「あれが、スヴァリエ公爵の本拠、ヴァンダなのですか……っ」
高くそびえ立つ壁に囲まれているヴァンダの姿に、リズは唖然とする。
確かにそれは、まさしく難攻不落の要塞だった。
「……ここは、ルージア皇国との有事の際の防衛拠点なのだ。だからこそ、皇族であるスヴァリエ公爵家が、このヴァンダを任されている所以だ」
ファールクランツ侯爵が、珍しく苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
確かにこの要塞なら、たとえ千人しか兵がいなくても、僕達五千の攻撃を受けてもある程度は持ちこたえるかもしれない。
もし、攻めあぐねているその間に、ルージアの軍勢が僕達の背後を突いたら、僕達は挟まれて逃げ場を失ってしまう。
「ファールクランツ閣下、どうなさいますか?」
「こうなることは、最初から予測していた。我々のすべきことは、ルージア軍が到着する前に、このヴァンダを攻略することだ」
その口調からも、焦っている様子はない。
攻略の糸口があるからか、それとも、歴戦の勇士として平静を装っているのか、それは分からないけど、ファールクランツ侯爵のその姿が、僕にはとても頼もしく見えた。
とはいえ。
「……実は、僕はヴァンダの弱点を知っています」
「っ!?」
僕の放った一言に、ファールクランツ侯爵が息を呑む。
「たまたま、皇宮にある文献で、見取り図を見たことがあるんです。だから……」
「ふむう……ならば、戦略を考え直す必要があるな」
ちなみに、僕が侯爵に告げたことは、弱点を知っているということを除き、全て嘘だ。
なら、どうして弱点を知っているのかというと、『ヴィルヘルム戦記』に記されていたから。
僕がリズに暗殺され、バルディック帝国が滅ぼされた後、混乱に乗じて帝国……いや、スヴァリエ王国に侵略してきたルージア皇国は、このヴァンダを制圧した。
その奪還に向かったヴィルヘルムの軍勢は、奇策を用いて瞬く間にヴァンダを攻略したのだ。
ヴァンダの西側に伸びている、脱出用の地下通路を使って。
元々、この要塞は対ルージア皇国用に建築されており、当たり前だが地下通路も帝都に向かって伸びている。
この地下通路を利用し、ヴィルヘルムはヴァンダ内部に奇襲を仕掛けたのだ。
「……ですので、あの丘に地下通路の出口……つまり、ヴァンダ内部への入口があるはずです」
「ベルトルド! すぐに調査するのだ!」
「はっ!」
ファールクランツ侯爵の指示を受け、ヨハンソン卿が兵士を引き連れて調べること、十数分。
「ルドルフ殿下のおっしゃるとおり、地下通路の入口らしきものを発見しました! ここから内部へ侵入できそうです!」
「そうか! ならば、先発隊としてダニエラと三百名の兵で内部に切り込み、ヴァンダの城門をこじ開けるのだ!」
「はっ!」
カルネウス卿は、瞬く間に三百の兵を選抜して地下通路の入口前に集結した。
そこへ。
「ファールクランツ閣下。その先発隊に、僕も加わることをお許しください」
「ルドルフ殿下達が、ですかな……?」
鋭い視線を向けるファールクランツ侯爵に、僕は力強く頷く。
「要塞の中の構造を一番よく知っているのは、ここでは僕です。なら、最短距離で城門までたどり着くこともできます」
「むう……」
ファールクランツ侯爵は、僕を見て唸った。
どうやら、僕のことを心配してくれているんだろう。
「閣下! どうかお願いします!」
僕は、深々と頭を下げて懇願する。
そして。
「……分かりました、ただし、無茶はなさいませぬよう」
「! あ、ありがとうございます!」
かぶりを振る侯爵に、僕はもう一度頭を下げた……って。
「リズ!?」
「ルディ様が行かれるのであれば、私もご一緒いたします。なら、お父様にお願いするのは、この私も同じですから」
いつの間にか隣で同じように頭を下げていたリズが、ニコリ、と微笑む。
本当に、君という女性は……。
「そうですね……僕と君は、いつも、いつまでも一緒ですからね」
「はい、そのとおりです」
なら。
「行きましょう、リズ。スヴァリエ公爵を……ヴィルヘルムを、打ち倒しに」
「はい!」
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