この国を統べるに相応しいのは ※ヴィルヘルム=フォン=スヴァリエ視点
■ヴィルヘルム=フォン=スヴァリエ視点
「急げ! ファールクランツ軍は、すぐそこまで迫っているぞ!」
俺は慌ただしく、兵士達に指示を出す。
来たる、ファールクランツ軍……いや、ルドルフ=フェルスト=バルディックとの決戦に備えて。
それにしても……アンネが定刻になっても報告に来なかった時、自分の勘を信じてすぐに帝都を脱出して正解だった。
あの女が簡単に口を割るとは考えていなかったが、それでも、何日かすれば禁断症状が現れて、あの女が薬漬けになっていることはすぐに明らかになってしまう。
そうなれば、スヴァリエ家が禁制の薬物に手を出していたことも突き止められるだろう。
「……いや、すぐに突き止められてしまったからこそ、ファールクランツ軍が迫っているのだがな」
斥候によれば、早ければ明日の朝にもスヴァリエ領に到着する見込みとのこと。
兵の数から考えても、俺が帝都を脱出した日から三日……いや、二日で全てが露呈したということだろう。
加えて、オスカルは俺を見捨てたようだ。
そうでなければ、ルドルフとファールクランツ侯爵がすぐに動けないように、皇宮内で立ち回っているはずだからな。
「まあいい。最初から、あの男になど期待していなかった」
俺とオスカルは、あくまでも利害関係が一致したから手を結んだだけのこと。
あの男は、皇族の血を……琥珀色の瞳を根絶やしにするために俺の力を求め、俺もまた、あの男……ルドルフを排除するために、オスカルを利用しようと考えたのだから。
それに。
「……頼みますぞ、“ニキータ”殿」
「フフ……お任せください、ヴィルヘルム様」
俺には、ルージア皇国がついている。
密かにバルディック帝国を奪うために、父であるヨーラン=フォン=スヴァリエが長年にわたって裏で取引をしてきたもの。
今、せわしなく動いているルージアの傭兵達もそうだ。
来たる帝国との戦いのために、傭兵を雇うための用意してきた潤沢な資金の賜物だ。
といっても、アピウムの売買で利益を得たものだがな。
陰で何人の人間が、アピウムによって破滅したのかは、俺の知ったことではない。
薬を売り捌いたのはヨーランであり、この俺ではない。
何より、いずれ帝国の……いや、新たに生まれる俺の国のために破滅したのだから、国の礎となれて本望だろう。
「なあ、そう思うだろう?」
「あー……」
床に転がるヨーランに同意を求めるが、既に壊れているため、返事はない。
フン……自分がばらまいていたアピウムの効果で、帝位を簒奪した夢でも見ているのかもしれないな。
だが、さすがは純度百パーセントのアピウムだ。僅か三本の小瓶で、簡単に廃人になるのだから。
「ニキータ殿、この俺がこの国の全てを手に入れれば、必ずやルージア皇国に忠誠を誓うことをお約束します」
「今のお言葉、我が主“アナスタシア=ペトロヴナ=ルージア”陛下も大層お喜びになるかと」
そう……俺は、この国を差し出すことで、ルージア皇国の助力を得ることに成功したのだ。
最初はアピウムの取引のみに過ぎなかったものが、こうして全面的な支援を得られるにいたったのは、この俺の交渉によるもの。
顕示欲ばかりのこの屑には、到底できない芸当だ。
これこそ、俺が神に選ばれた男であることの証。
断じて、ルドルフでは……“穢れた豚”などではないのだ。
「クハハハハ! 貴様もそう思うだろう? 最初から、この俺を向こうに送っておけば、このようなことにはならなかったものを!」
「ゲボ……あ、あー……」
思いきり腹を蹴り上げたが、痛みを感じていないのか、ヨーランは吐しゃ物を床にまき散らすのみで、これといった反応を示さない。本当に、つまらない男だ。
だが……そうだ。俺が最初から向こう側であれば、全て排除して皇帝になったのだ。
わざわざルージアの力を借りる必要も、俺の国を興す手間もなかったのだ。
「本当に! 全ては! 貴様のせいだ! そのせいで、俺は……俺は……っ!」
「あ、ぎゃ、うげ……」
踏みつけ、蹴り飛ばすたびに変な声を上げるが、とうとうヨーランは動かなくなった。
まあ、いつものように寝ているだけだろう。
その時。
「ヴィルヘルム様! スヴァリエ領の西端オウルに、ファールクランツの軍勢が姿を現しました。その数、およそ五千!」
「っ! 来たか!」
クハハ……しかも、事前の情報どおりたった五千の兵とはな。
騙されてくれて、何よりだ。
「よし! 今すぐ国境に待機させているルージア軍七千の兵を、オウル側から回らせろ! ここヴァンダに敵をおびき寄せ、一千の兵で防衛しつつ、その隙に背後を狙うのだ!」
「はっ!」
俺の指示を受け、伝令に来た兵士はすぐにこの場から走り去った。
「ニキータ殿、期待しております」
「はい。“黒曜の戦鬼”さえ消してしまえば、帝国に我々を止める者はおりません。今こそが絶好の機会です」
ニキータは俺の頬に口づけを落とすと、この部屋から去る。
「さあ……ルドルフ、決着をつけようじゃないか。どちらが、この国を統べるに相応しい男なのかを」
俺は、オウルの方角を見据え、口の端を吊り上げた。
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