目指すはスヴァリエ領
「どうか、リズとマーヤが一緒に来ることを、認めてはいただけませんでしょうか!」
次の日の朝、いよいよ出発という時になって、僕はファールクランツ侯爵の前で深々と頭を下げていた。
もちろん、リズとマーヤの帯同を許可してもらうために。
「お父様、お願いします。このリズベット、必ず生きて戻ると誓います」
「ルドルフ殿下とリズベット様が、そしてこのマーヤ=ブラント自身を守り抜くことを、お約束いたします」
リズとマーヤが、その覚悟を見せる。
二日前……いや、三日前とは違う、本当の意味の覚悟を。
すると。
「ふむ……よかろう」
「っ! あ、ありがとうございます!」
「お父様!」
「お館様!」
「なに、リズベットとマーヤの実力は折り紙つき。問題は実戦経験が乏しいことだが……クク、その目なら心配なかろう。何より、あのような覚悟を見せられてはな」
「「「え……?」」」
ファールクランツ侯爵の言葉に、僕達は思わず呆けた声を漏らした。
ひょ、ひょっとして、昨夜のことを見られていた……?
「……お父様、盗み見はよくないかと」
「あのようなところで、これ見よがしに真剣勝負などしていれば、嫌でも目に付くというものだ」
口を尖らせるリズに、ファールクランツ侯爵はくつくつと笑った。
「さて……ならば、リズとマーヤに部下達と引き合わせておこう。といっても、そもそも既知ではあるがな」
ちなみに、僕は三日前に顔合わせを済ませている。
僕だけは、最初から従軍することが確定していたからね。
ということで。
「副官の“ベルトルド=ヨハンソン”です」
「同じく、副官の“ダニエラ=カルネウス”です」
「リズベットです。どうぞよろしくお願いします」
リズが、二人の副官と握手を交わす。
マーヤは諜報員ということもあり、本当に今さらなんだろう。挨拶をすることもなく、僕の後ろに控えていた。
「知っていると思うが、ベルトルドは主に作戦と交渉を担当、ダニエラは前線指揮の担当だ」
最初、この二人の役割をファールクランツ侯爵から聞いた時には、思わず耳を疑ったよ。
だって、ヨハンソン卿は強面の侯爵よりも長身で、二メートルに届きそうなほどだし、一方のカルネウス卿の身長は一四〇センチそこそこ。どう考えても役割が逆だよね。
「それにしても、リズベット様はお美しくなられましたね」
「全く……ベルトルド、リズベット様にはルドルフ殿下という婚約者がいらっしゃるのだ。いきなりそのようなことを言うのは、失礼だぞ。そんなだから、いつまでたっても独り身なのだ」
「それを言うなら、ダニエラもリズベット嬢を見習って、おしとやかにしたらどうなんだ? もうすぐお前も、二十……ぐふっ!?」
「……なるほど。スヴァリエ領に向かう前に、死にたいらしいな」
思いきり鳩尾を殴られ、ヨハンソン卿は床に転がって悶絶する。
それを鬼の形相で見下ろすカルネウス卿。どうやら、彼女の年齢に触れることはご法度みたいだ。気をつけよう。
「遊ぶのはそれくらいにしておけ。では……直ちにスヴァリエ領へ向けて、出立する!」
「「はっ!」」
「「「はい!」」」
いよいよ僕達は、ヴィルヘルムの待つスヴァリエ領へ向けて、出発した。
◇
「ルディ様、馬の扱いがお上手ですね」
「あはは、ありがとうございます」
帝都を発ってから一週間。
馬に乗って隣に並ぶリズが、僕を褒めてくれた。
実は僕、生まれてこのかた馬に乗ったことがない。
じゃあ、どうして馬に乗れているかって?
フフフ……実は、前世で馬を乗りこなしていたのだ。
畑を耕したり荷物を運んだりするのに、馬は必需品だったからね。馬くらい乗りこなせないと、仕事にならないんだよ。
「じー……」
だからマーヤ、僕を疑いの目で見るのはやめてくれないかな。
乗馬をしたことのない僕が、馬を乗りこなしていることに疑問を持つのは分かるけど、そんなことは些事じゃないか。
「それにしても……もう少し、スヴァリエ公爵も僕達の進軍を阻止してくると思いましたけど、ここまで何事もなかったですね」
「はい……」
ファールクランツ侯爵が率いる兵の数は、五千。
これだけの人数を、たった三日で編成したのには驚いたけど、全てはヨハンソン卿の手腕によるものらしい。
なお、スヴァリエ公爵側の兵の数は、諜報員からの情報によると、およそ一千らしく、数はこちらが圧倒的に有利。
しかも、“黒曜の戦鬼”と西方諸国に名を轟かせるファールクランツ侯爵がいるのだ。負ける要素は何一つない。
ただし……ルージア皇国の介入がなければ。
「リズ……戦場では、絶対に僕の傍から離れてはいけませんからね」
僕はリズを見やり、念を押す。
彼女のほうが強いことは理解しているけど、それでも、僕は彼女を守り抜きたいから。
「もう……そのお言葉、今日だけでも四回目ですよ? 何度も申し上げますとおり、たとえ誰が邪魔をしようとしても、絶対に離れません。あなた様をお守りするのは、この私なのですから」
ううむ、リズに呆れられてしまった。
でも、心配なんだからしょうがないよね。
そんなやり取りをしながら、僕達は先へと進む。
そして。
「見えましたね」
「はい」
ファールクランツ軍は、スヴァリエ領に到着した。
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