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皇帝命令、怯えるベアトリス

「ルドルフ殿下、鍛錬は怠ってはいないようですな」


 馬車の中、ファールクランツ侯爵がそんなことを言ってきた。


「はい。閣下の教えを守り、学園寮でも訓練を続けておりますが……分かるのですか?」

「見くびっていただいては困ります。このドグラス=ファールクランツ、武に関して分からぬことなどございません。何より、殿下の身体つきだけでなく、身のこなしが歴然です」


 さすがはファールクランツ侯爵。全部お見通しらしい。


「おかげさまで、今ではリズに三回に一回は勝利できるようになりました」

「たった一年程度でその成長……クク、これは殿下の将来が楽しみでなりませんな」


 ファールクランツ侯爵は、リズと同じアクアマリンの瞳で僕を見つめ、くつくつと笑う。

 というか、失礼かもしれないけど、侯爵って笑うのが下手だよね。知らない人が見たら、絶対に恐怖を感じると思う。


「さて……着きましたぞ」

「はい」


 僕達は馬車を降り、皇帝の寝室へ真っ直ぐ向かった。


 その途中。


「何事ですか……って、ルドルフ殿下。それにファールクランツ卿も」


 現れたアリシア皇妃が怪訝(けげん)な表情を浮かべるも、僕を見て表情を緩める。

 それくらい僕のことを信頼してくれているみたいで、正直嬉しい。


 いつも思うけど、この女性(ひと)が僕の母上だったらよかったのに……。


「アリシア妃殿下、夜分申し訳ありません。火急の事案のため、今すぐ皇帝陛下にお目通りせねばなりません」

「急ぎ、とは……」


 アリシア皇妃が、チラリ、と僕を見やった。


「ファールクランツ閣下、今回の件は帝国を揺るがしかねない一大事。皇宮を預かるアリシア妃殿下にも、ご同席いただいたほうがよろしいかと思います」

「そうですな。アリシア妃殿下、ご同行いただけますでしょうか。皇帝陛下とご一緒に、ご説明いたします」

「わ、分かりました」


 ただならぬ空気を読み取ったアリシア皇妃が、僕達の後に続く。


 そして。


「失礼します」


 ファールクランツ侯爵は、皇帝の返事も待たずに寝室の扉を開けた。

 そこには、全裸でぐったりした様子でベッドに横たわるベアトリスと、同じく全裸で椅子に腰かける皇帝の姿があった。


「ファールクランツ卿、このような時間にやって来た挙句、余の断りもなしに寝室に入るとは……」

「……誠に申し訳ありません。ですが、帝国の一大事であるため、参上した次第です」


 ベアトリスとの情事に水を差され、あからさまに不機嫌な様子を見せる皇帝。

 ファールクランツ侯爵をはじめ僕達は、何も言わずに(かしず)くが……正直、事態が事態だけに、皇帝とベアトリスに対し怒りがこみ上げる。


「それで? 余の邪魔をしたのだから、相応の理由があろうな?」

「はっ、スヴァリエ閣下が東の隣国ルージアと通じ、禁制の薬物に手を染めている疑いがあります」

「っ!?」


 この言葉に最も驚いた反応を示したのは、皇帝でも、アリシア皇妃でもなく、ベッドで寝そべっているベアトリスだったことを、僕は見逃さなかった。


「ふむ、ヨーランが……だが、あやつは皇族。そのような真似をするとは、思えぬが……」

「ですが、事実です。これをご覧ください」


 ファールクランツ侯爵は、小さな小瓶……アピウムを、皇帝に見せる。


「これは?」

「禁制の薬物、アピウムです。帝都のスヴァリエ邸から発見されました。また、現在スヴァリエ邸は無人となっております」

「待ってちょうだい。『無人』というのは、どういうことなの?」

「分かりません。僕の侍女が訪れた時には、もぬけの殻でしたので」


 アリシア皇妃の質問に、僕が答えた。

 マーヤの主人は、今はファールクランツ侯爵ではなく、僕だからね。


「状況から考えると、スヴァリエ閣下は既に領地に戻り、最悪の場合、ルージア皇国の後押しを受けて帝国に反旗を(ひるがえ)す準備をしているやもしれませぬ」

「むう……」


 ここに至ってようやく状況を理解した皇帝は、眉根を寄せて天を仰ぐ。

 迅速に動かなければ、バルディック帝国を揺るがす最大規模の内乱に発展しかねない。


「陛下、どうかこのファールクランツめに、出陣のご許可を!」

「ま、待つのよ! まだスヴァリエ閣下(・・)が反逆を企てているなんて、分からないじゃない!」


 突然、ベッドから飛び起きたベアトリスが、血相を変えて口を挟んできた。

 というか、これは国事に関することなのだから、ただの愛人に過ぎないベアトリスに、口出しをする資格はない。

 そのことは、ベアトリス自身が誰よりも理解しているはずだ


 だからこそ、僕はこの女の行動に違和感を覚える。


「あら? あなたが他の貴族を『閣下』と呼ぶなんて、珍しいわね」

「と、当然ですわ! 彼は皇族なんですもの!」


 アリシア皇妃の指摘に、少し焦った様子で言い訳をするベアトリス。

 それに、皇族だということを気にするくせに、この女がアリシア皇妃のことを陰で馬鹿にしていることを知っている。


 やはり、どこかおかしい。


「……ファールクランツ卿、直ちにスヴァリエ領へ向かい、ヨーラン=フォン=スヴァリエを拘束せよ」

「はっ! お任せくだされ!」


 ようやく決断した皇帝に、ファールクランツ侯爵は拳で胸を叩いて応えた。


「では、失礼いたします!」

「失礼いたします」


 ファールクランツ侯爵と僕は、急ぎ寝室を出る。


 だけど。


「…………………………」

「…………………………」


 去り際に見た、顔を真っ青にして肩を震わせるベアトリスと、どこか嬉しそうに口の端を吊り上げて(わら)う皇帝の姿が、僕の脳裏に焼きついて離れなかった。

お読みいただき、ありがとうございました!


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― 新着の感想 ―
[気になる点] いくら火急の要件とはいえ先触れもなしに皇帝の寝室にはいって許されるんだ 早馬で先触れ位出しても良さそうなのに。 ベアトリスは公爵と繋がってるのかな?皇帝が笑ってるのはなぜだろう? […
[一言] あーなるほど。 ルドルフのあれこれが理解できましたわ。 ただただルドルフが不憫でならない
[一言] あれ? もしかしてベアトリスとスヴァリエ公爵(というかヴィルヘルム)は繋がっているのかな? だとしたら、保険であるルドルフの身の安全を一切かえりみなかったベアトリスへの疑問が一気に解けるので…
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