ファールクランツ侯爵、動く
「それで、無人の邸宅内をひと通り調査したのですが、こんなものが……」
マーヤが、ゆっくりと液体の入った小瓶を見せる。
「これは?」
「……禁制の薬物、“アピウム”です」
これで、全てが繋がった。
リズに言い寄っていた時期から、ヴィルヘルムはこの薬を使ってアンネを思いのままに操り、僕達の……いや、リズを監視していたんだ。
本当は、ヴィルヘルムはマーヤを篭絡したかったのかもしれないけど、それが不可能であると踏んで、対象をアンネに切り替えたのかもしれないな。
ただ。
「ヴィルヘルムは、一体どうやって禁制の薬物を入手していたんだ?」
いくら公爵家とはいえ、ただの子息でしかないあの男が、禁制の薬物を易々と入手できるわけがない。
となると、父親であるスヴァリエ公爵が加担している、ということか……?
「それと、この“アピウム”については、東方諸国から入手するしかありません。つまり……」
「スヴァリエ公爵家は、東方諸国のいずれかの国、あるいは東方諸国と繋がりのある国から手に入れている、ということか」
スヴァリエ公爵家の領地は、バルディック帝国の東の国境に面している。
そして、スヴァリエ領と東の国境を挟んでいる隣国はたった一つ。
――バルディック帝国に匹敵する極寒の大国、“ルージア皇国”。
スヴァリエ家がルージア皇国をまたいで東方諸国と直接交易をするというのは、さすがに考えにくい。
なら、このアピウムという薬は、ルージア皇国から入手しているとみて間違いないだろう。
「ルディ様……」
「うん。とても喜べた話じゃないけど、アンネの裏切りを皮切りに、繋がっていた糸が見えてきたよ」
どうしてヴィルヘルムが、旧ロビン派の貴族を支援するだけの力を持っているのか。
何故オスカルが、僕と袂を分かってでも、ヴィルヘルムとの繋がりを選んだのか。
全ては、背後にルージア皇国がいたから。
「リズ、マーヤ、ファールクランツ閣下のところへ向かいましょう。さすがにこれは、僕達の域を超えています」
「「はい!」」
深夜であることもお構いなしに、僕達は馬車に乗ってファールクランツ邸へ急行する。
その途中。
「……アンネは、裏切ったのではないのかもしれませんね」
僕は、ポツリ、と呟いた。
「ルディ様……あなた様のおっしゃるとおりです。アンネは、決して私達を裏切ってなどおりません」
隣に座るリズが、すぐに同意して頷く。
目の前に座る、マーヤに語りかけるように。
「なら、私達のすべきことは、アンネの想いを決して無駄にしないことだと思います」
マーヤが顔を上げ、僕とリズを見つめた。
アメジストの瞳に、想いと決意を込めて。
「さあ、着いたよ」
「「はい!」」
馬車を降り、応対した初老の男性……執事長のモルテンにファールクランツ侯爵への面会を求めると、彼はすぐに中へと案内してくれた。
「ルドルフ殿下、お待たせしました」
「こちらこそ、こんな夜分に押しかけてしまい、申し訳ありません」
応接室へやって来たファールクランツ侯爵及びテレサ夫人との挨拶もそこそこに、僕達は席に座って向かい合う。
「ご用件は、アンネ、そしてスヴァリエ家の小僧の件ですな」
「はい。マーヤ」
僕の指示で、マーヤがテーブルに液体の入った小瓶……アピウムを置いた。
「これは、帝都のスヴァリエ家のタウンハウスで発見されたものです。マーヤが隈なく調べましたが、使用人一人おらず、もぬけの殻でした」
「むう……」
小瓶を凝視し、ファールクランツ侯爵が唸る。
テレサ夫人も、険しい表情を浮かべていた。
すると。
「クク……」
ファールクランツ侯爵が、突然含み笑いをする。
こ、これはどういう意味だろう……。
「此度の件、表立って動けぬため歯がゆい思いをしておりましたが、これで大義名分ができました」
「あ……」
確かに、アンネの裏切りのみでファールクランツ侯爵が動いてしまえば、貴族のトップと軍部のトップとの争いとなり、帝国内は大混乱に陥ってしまうから迂闊に手が出せない。
だけど、禁制の薬物の所持と使用、さらにはアンネという証拠があれば、侯爵自らスヴァリエ家を糾弾することが可能となる。
「この証拠を持って、早速皇帝陛下にスヴァリエ卿の拘束を進言いたします。ルドルフ殿下、ご同行願えますかな?」
「もちろんです! 是非、お供させてください!」
「よろしい」
ファールクランツ侯爵は、僕を見て満足げに頷いた。
「モルテンはマーヤを引き連れ、学園寮にいるヴィルヘルム子息をいつでも拘束できるように監視するんですのよ。陛下の許可が下り次第、アンネが味わった以上の苦しみを与えてやるの」
「かしこまりました」
「お任せください」
テレサ夫人の言葉に、モルテンとマーヤは恭しく一礼する。
その瞳を、爛々と輝かせて。
「リズ、君はここで僕の帰りを待っていてくれますか? 必ず、望む結果を持ち帰ります」
「はい……私は、ルディ様をお待ちしております。そして、あの男に鉄槌を」
「はい!」
僕達はリズとテレサ夫人に見送られ、それぞれの場所へ向かった。
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