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08:模範解答

 紅い絨毯の向こうに見える豪奢な扉。

 遠くからでも十二分に威圧感のある、あの大扉の向こうには、リザヴェールのお歴々が「王子」の訪れを待っている。


 さっきの言葉を取り消して、今すぐ踵を返したい気持ちに駆られるが、両肩はジークにがっちり掴まれている。ぐいぐい押されるように歩を進める。


「……バレる」


「バレない。安心しろ、俺がついてる」


「一体何を安心しろと?」


「いいから前を向け! 気をしっかり持つんだ。とりあえず、陛下の話を黙って聞いていればそれでいいから」


「……わかりました」


 ひそひそとそんな事を言い合っているうちに、扉の前まで着いてしまった。

 クレオの肩から手を外し、ジークがそっと後ろに下がる。


 覚悟を決め、クレオはすっと姿勢を正す。後悔しても始まらない。やると決めたのは他の誰でもない、自分自身だ。


 大扉が(おごそ)かに開かれ、クレオは玉座に向けて足を一歩踏み出した。


 まっすぐ伸びた紅絨毯。その両側に沿うように居並ぶのがおそらく大臣達。

 広間の奥に据え置かれた椅子は二つ。そこに座るのが王と王妃で、右隣に立つ赤髪の青年はおそらく第一王子、左隣の壮年の男性はきっと宰相に違いない。


(なんてこった)


 本当に国の重鎮揃い踏みだ。

 クレオが足を進めるたびに皆の視線が突き刺さる。震える足に叱咤して、陛下の前に膝を突き頭を垂れる。


「おもてを上げよ」


 朗々とした声が響き、伏せ目がちに姿勢を正す。

 内心冷や冷やものだが、今のところ誰も王子がすり替わっていることに気付く様子はない。


「さてフィリップよ。かねてから話のあった、そなたの婚約式典についてだが、正式な日取りが決まった」


 第二王子の結婚話については、クレオも耳に挟んでいた。

 お相手は確か、クディチの第三王女カサンドラといったか。先日、紅柘榴亭に出入りしていた商人達が興味津々とばかりに噂していた。式典ともなれば街も祝賀ムードで大騒ぎだ。書き入れ時を前にして商人達が色めき立たないわけがない。


「式典は七の月に執り行われることとなった。式典の前に王女を招いての園遊会も控えている。くれぐれも失礼のないようにな」


 七の月まで半年あまり。前哨戦とばかりに街も活気づくに違いない。人手も必要になるだろうし、これなら職を探すのに苦労はしなくてすみそうだ。


「ときにフィリップ。この婚約に対し、そなたは何を考える」


 クレオは、はっと顔を上げた。陛下がこちらをまっすぐに見据えている。何かを見極めるような鋭い眼差し。


(ヤバいヤバいヤバいヤバい……!)


 この場のどこかにいるであろうジークに助けを求めようにも、あまりの威圧感に目を逸らすことも叶わない。

 渇いた喉にゴクリと唾を送り込む。


「そなたがどう思っているのか、そなた自身の口から聞きたいのだ。遠慮することはない。さあ、申してみよ」


 陛下は静かに言葉を待っている。

 クレオが口を開くまで、いつまでも待つつもりのようだった。


「……恐れながら申し上げます」


 ここは国王陛下の御前である。

 ヘマをして偽者であるとバレでもしたらジークどころかクレオの首まで飛びかねない。

 とりあえず生きてこの部屋を出るためにも「王子らしく」振舞わなくてはならない。


(王子らしく……か)


 腹を括り、クレオもまた前を見据える。


 リザヴェール王国は、サザヴィスタ半島の西側に位置する小国である。

 鉱山資源に恵まれたこの国が、小国ながらこれまで他国の侵略を免れていたのは、王都を取り囲む切り立った山々と、船の侵入を拒む狭い入り江のおかげだ。

 古い歴史のある、限られた国にのみ門戸が開かれた神秘の国として一目置かれていたのも今は昔の話である。船舶が発達し、新しい航路が次々と開拓されている現在、その威光もいつまで通用するかわからない。


「内海に面する我が国において、海軍や商船の保有率は他国に比べ十分であるとは言いがたい状況です。クディチはいまや世界に名を馳せる海洋国家。今回の婚姻はその国力を共有するものであると考えております」


 これは「模範解答」である。


 ――他の国と手を結ぶのに一番手っ取り早い同盟の仕方が「婚姻」です。つまり政略結婚……有体に言えば姫君は「政治の道具」というわけです。


 これが、カミュの答えだ。

 でもそれって、なんだかかわいそう――あの時クレオはそう呟いたのだが……。


「新興国であるクディチの血が歴史ある我が王室に混じることを快く思わない者もいるでしょう。ですが、私はカサンドラ王女を受け入れ、リザヴェールの発展の一助となれることを誇りに思っております」


 ――王族ってやつはね「それが当たり前」なんだ。爪の先から髪の毛一本まで、全てを国に捧げているのさ。「無私」って言葉を知ってるかい? 自分の意思など関係ないんだ。「かわいそう」なんて感覚、きっとヤツらにゃ理解出来ない。まったく難儀なもんだよ、王族ってのはさ。


 クレオの言葉に対する、これがキャシーの答えだった。

 だから、これもまた「模範解答」。


 一気に吐き出すように答え、クレオは静かに沙汰を待つ。


「その言葉が聞きたかった」


 玉座の眼がふと緩む。


「そなたは少々ぼんやりしたところがあるからな。心配でならなかったが……成長したな」


 眼前の王子が偽者であることに全く気付いていないのを、ここは喜ぶべきなのだろう。だが、その綻んだ眼差しは、心から子を愛おしく思う優しい父親そのもので、幼い頃に亡くした父の笑顔をふと重ねてしまいそうになる。


(……ごめんなさい)


 本来であれば、この暖かな賛辞も、称賛も、王子が受け取るべきものであったはずなのに。

 軋む心を押し隠し、敬意を表す一礼をする。


 これにて謁見は無事に終了。クレオはその場を辞したのだった。


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