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54:無礼な闖入者

「最近、どのお茶会でもお見かけしなくて、とても寂しかったのですよ」


 マージェリーは真っ赤な唇を綻ばせてそう言った。彼女の笑顔は美しかったが、その眼には嘲笑と軽蔑が宿っていた。

 十家紋の中でも指折りの力を持つウッドウィル家の娘である彼女は、社交界においても中心的な存在である。かたやシーラはといえば、秘書官としての仕事を理由に社交界から遠ざかって久しいのは誰もが知るところだ。


『あんたにお誘いの手紙を送る物好きなんているわけないわよね?』


 上品に見える顔からそんな本音がのぞいて見えて、クレオの背中に怖気(おぞけ)が走る。


「そうですか」


 シーラの声は冷静だった。


「仕事に追われる日々が続き、皆様のご厚意にこたえることが出来ず心苦しく思っていたのです。マージェリー様から皆様にそうお伝えいただけますか」


 マージェリーの口元がひくり、と引きつる。


『私には仕事があるの。暇つぶしにお茶会に出かけるあなたと違って、そんなものに時間を割く余裕など私にはないのよ』

 

 いつも以上に冷ややかな表情のシーラから繰り出される強烈なカウンターパンチを目の当たりにして、クレオは再び慄いた。貴族って怖い。 


 しかし、さすがはシーラ。寡黙な秘書官に見えても、そこはやはり貴族のご令嬢である。しかしどうにも居心地が悪い。平民として過ごした時間の長いクレオにとって、こういった遠回しな嫌味の応酬は最も苦手とするところだ。


「第二王子殿下もご機嫌麗しゅう」


 ようやく気付いたようにマージェリーが声をかけてくる。

 静かに紅茶を啜っていたクレオは、その矛先がようやく自分に向いたことを悟り、静かに手にしたカップを置いた。

 マージェリーに殊更ニッコリと笑いかける。


「気づいていただけて光栄です。よく存在感がないと言われるものですから」


 精一杯の嫌味のつもりだったが、マージェリーは「うふふ」と優雅に笑みを零し、歯牙にもかけない。


「申し訳ございません。なつかしい顔をお見かけしたばかりに、ご挨拶が遅れてしまいました」


 なんて白々しい。十家紋筆頭の元には、王位継承権もない王子など怖くもなんともないということなのだろう。

 シーラはほんのりと眉をしかめ、視界の端にはむっつりとしたジークの顔が映る。みんな、マージェリーの不遜な態度にイラついている。もちろん、クレオも同じ気持ちだが、接客で鍛え上げた上っ面でその場をしのぐ。


「それにしても、お二人でお茶をなさるなんて、ずいぶんと仲がよろしいのですね」


「母上のお計らいで、園遊会に向けシーラ嬢から講義を受けているところなのです。今はその息抜きに」


「園遊会といえば、もちろんシーラ様もいらっしゃるのでしょう?」


 クレオとの会話を早々に引き上げるように、マージェリーは再びシーラに目を向ける。


「私は……」


「宰相閣下もご出席なされるでしょうし、ジェラルド殿下の婚約者でもあられるのですから、もちろんいらっしゃいますわよね」


 ジェラルドの名を出された瞬間、シーラの顔色がサッと変わるのが見えた。


「園遊会に参加なさるなら、新しいドレスが必要ですわよね。どちらでお作りになるのですか? 国を上げての催しものですもの、きっと素晴らしいドレスをお召しになるのでしょうね」


 何か言いかけるように口を開いて、だがすぐに押し黙るシーラをマージェリーが楽しげに見下ろしている。真っ赤な唇から悪意に満ちた笑みがこぼれ落ちる。


「その眼鏡にぴったりのドレスを仕立て上げられるデザイナーがおりましたら、わたくしにも是非教えてくださいませ」


 不格好な瓶底眼鏡に合うドレスなんてありはしない。そう言われているのは明らかだった。

 クレオは、はっきり意識した。この女は好きになれない。他人の容姿を揶揄するのは、人として一番やってはいけない事だ。言い返そうとしたクレオを遮るように、シーラが口を開く。


「お話はそれだけでしょうか」


 少しの動揺も見せずに、淡々とした口調でシーラが訊ねた。ガラスの向こう側の瞳には何の感情も感じられない。


「え、ええ」


 気勢を削がれたようにマージェリーがうなづく。


「であれば、講義の続きがありますのでこれで失礼いたします。殿下、参りましょう」


「あ、うん」


 マージェリーに一瞥もくれずに席を立つシーラを追い、クレオもまた東屋を去るのだった。  


「なぜ言い返さないのですか」


 あんな侮辱を受けて、どうして黙っているのだろう。シーラであればいくらでも言い返せたはずなのに。

 

「彼女の言うことももっともですから」


 それは本心なのだろうか。

 シーラの横顔を覗き込むが、つんと顎を上げ、瞬きもせずに真っすぐ前を見据える彼女の顔は平静そのもの。この程度のことは慣れっことでもいうのだろうか。

 クレオもそれ以上のことを問うことはできず、図書館に戻るとその日はそのまま講義を終えることとなった。


 それにしても、マージェリーのあの失礼な態度はどうだ。いくらウッドウィルという強固な後ろ盾があったとしても、傲慢にもほどがある。ジェラルドは一体なにを考えてあんな女と親しげにするのだろう。


(確かに綺麗だし、胸もこう、ボリューミーではあるけど)


 いくら高貴な身の上であっても、男は男。中身は居酒屋にたむろする下世話なやつらと変わらないということなのか。


(グレアムみたいな人でも、やっぱり大きい人が好きなのかな……って、なに考えてるんだ私は!?)


 ふと浮かんだ生真面な顔をかき消すように、クレオはぷるぷると首を横に振った。


(そんなことより)


 マージェリーがジェラルドの名を出したあのとき、ほんの少しではあるが、シーラの動揺が見て取れた。もしかしたら講義の帰りにでも二人の姿を見かけたのだろうか。いや、あの女ならわざと見せつけるくらいはするかもしれない。

 いくら冷めた仲と言われていても、婚約者の不誠実な姿を目の当たりにするのはショックが大きいに違いない。シーラの心中を思うと胸がキュッと苦しくなる。


(ああ、ダメだ)


 考えれば考えるほどモヤモヤしてしまう。ここはひとつ、体でも動かして鬱憤を吹き飛ばしたいところなのだが、ジークは用事があるとかで、さっさと帰ってしまったところだ。


「……ちぇ、つまんないの」


 ふん、と鼻息を一つ吐き、机に広がった本を閉じた。

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