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53:東屋のお茶会

 知りえた情報の衝撃が大きかったせいだろう。その夜はほとんど一睡もできなかった。シーツの中でもぞもぞと寝返りをうちながら窓のほうに目を向けると、カーテンの隙間から朝の光が漏れている。

 眠るのを諦めて、クレオはベッドから身を起こした。


(少し早めに出て、講義の前に昨日の続きを調べてみようか)


 だがすぐに、考え直すようにクレオは首を横に振る。


(今は自分のなすべきことを一番に考えるべきだ)


 こうしている間にも園遊会は刻一刻と近づいている。園遊会の成功なくして王宮からの生還は叶わない。滞りなく終わらせるためにも、残された時間を余計なことに割くべきではない。


(どっちみち、王子が戻らなければここから出ることはできないんだし)


 焦らずとも、まだまだ機会はあるはずだ。

 今は任務に集中すべき――と、気持ちも新たに講義に臨むも、やはり睡眠不足は否めない。気を抜くとカクンと頭が揺れてしまう。


「……王子、王子!」


 こそこそとジークの囁く声がして、ガバッと机から跳ね起きる。どうやら意識を失っていたようだ。顔のあった部分にはあろうことか小さな水たまりまで出来ていた。ジークが手渡したハンカチで、慌てて机の水滴を拭う。


「あああ、私ったらすみません!」


 シーラが瓶底眼鏡を中指で押し上げこちらを見ている。クレオの頭上にシーラの細いため息が落ちた。机を擦るハンカチのスピードが一段と早くなる。ああ、恥ずかしい。穴があったら入りたい。


「今日の講義はこの辺にしましょう」


「う、え、でも先生」


 大事な講義で居眠りなんて、呆れられてしまったのだろうか。恐る恐る顔を上げると、シーラが意外なことを言った。


「学びには休息も必要です。よろしければ、少しお茶でもいかがですか」


 季節の途切れなく花の咲き乱れる王の庭園には、いくつか東屋が設けられている。図書館から修練場に向かう時、こんな場所でのんびり休めたら最高だろうなといつも横目で眺めていたものだが、いざ機会が訪れるとその状況に恐縮してしまう。


 なにせ目の前ではあのシーラ女史が、無言で紅茶を啜っている。いつもなら講義が終われば無駄話もなくさっさと仕事に戻ってしまう彼女なのに、今日に限って一体どういう風の吹き回しなのだろう。


 息抜きのはずに、なんとなく息苦しい。


 休息も必要だ――という彼女の言葉を額面通りに受けとってもいいものか。どういうつもりで誘ったのか、瓶底眼鏡に阻まれてシーラの表情はイマイチ読めない。


「急にお茶に誘ったりして、ご迷惑ではありませんでしたか」


 クレオの動揺を見透かしたようにそんなことを言う。


「まさかそんな。私のほうこそ、先生にはせっかくお忙しいなか時間を割いていただいてるのに居眠りするなんて……申し訳ありません」


 頭を下げたクレオに、シーラはだいぶ驚いたようだった。ティーカップを置くと、慌ててクレオに頭を上げるように促した。


「謝らないでください。殿下は十分、頑張っておいでです」


 クレオはパチパチと目を瞬いた。まさか褒められるとは思ってもみなかったのだ。そんなクレオをよそに、シーラはバツが悪そうに目を伏せている。


「連日の講義でお疲れなのは仕方ありません。もしかして私が、急かせすぎたのではないかと心配で」


「講義の件は母上のご命令だし、それこそ仕方ありません。先生が頑張って教えて下さっているのですから、私がそれに応えるのは当たり前のことです。それでも、先生のような素晴らしいかたに努力を認めていただけるのは、とても嬉しい」


「殿下……」


 シーラがそっと顔を上げる。クレオが微笑むと、気難しげな彼女の表情が、ほんの少しだけ解けたかに見えた。二人の間にほのぼのとした空気が漂い始めたと思ったのも束の間、シーラの表情が再びピシリと凍りつく。


「あら。誰かと思えば、シーラ様ではありませんの」


 クレオを素通りして声をかける不躾な声の主を見やり、ギョッとする。あからさまに顔を歪めなかった自分を褒めてあげたい。


「こんなところで奇遇ですわね」


 マージェリー・ウッドウィル伯爵令嬢が、ニコリとよそ行きの笑みを浮かべた。


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