51:ペンダントの秘密
「ねぇ、ジーク」
一通り鍛錬を終えて休憩していたクレオは、隣に座るジークにそっと話しかけた。
「私たちって相棒だよね?」
ジークは汗を拭きながら、キョトンとした顔でクレオを見ている。
「なんだよ、急に改まって」
「あのさ……」
図書館での講義を終えてから、ずっと考えていた。母の形見であるこれが、本当はなんなのか。公爵家の家紋そっくりの彫り物が、一体なにを意味しているのか。
祖母は誰にも見せるなといった。ならどうしてそんなものをクレオに託したのだろう。怪しい危険な品であるなら、そのままそっと隠しておけばよかったはずなのに。何かあった時のために持たせたのだとしたら、それはきっとクレオの出生に関わることに違いない。だが、そんなことよりも――。
思うのは、ペンダントの元の持ち主。クレオが生まれたばかりに死んだ、顔も知らない母のこと。
父も祖母も、母がどんなに素敵な人だったのかはよく語るのに、母の出自について話したことは一度もなかった。
父の家が没落した話は何度も聞いたことがあるのに、母のことは何一つ知らないなんて、考えてみればおかしな話だ。
知りたかった。
母がどこで生まれ、どこで育ち、どんな生き方をした人なのか。父の語りだけではなく、自分の目で確かめてみたかった。
これが母の形見であるならば、これを知ることは母を知ることにもつながるはずだ。
「部屋に戻ったら見てもらいたいものがあるんだ」
一人で調べることもできるだろう。だが、そうはしたくなかった。
(もう、秘密は作りたくない)
今のクレオには、信頼できる仲間がいる。
(大丈夫、ジークならきっと……)
話せばきっと、力になってくれるはずだ。
胸元のペンダントをギュッと握りしめた。
「それで、見て欲しいものってなんだ?」
部屋に戻るなりジークが訊ねる。ルーシーは今、部屋にはいない。お茶の準備をするために席を外している。ルーシーを信用していないわけではないが、彼女に知られるということは、これが王妃の耳にも入るということだ。事実がはっきりしないうちに知られるのは避けたい。
話を切り出すなら今だろう。クレオはおもむろに胸元からペンダントを取り出した。
「これなんだけど」
「ああ、以前言っていた君の母親の形見だな」
「見て欲しいのはこの中身なんだ」
パカリとロッドの蓋を開ける。
「これは……」
白瑪瑙に彫られた竜の意匠を凝視して、ジークが言葉を失っている。
クレオはゴクリと唾を飲み込む。
「どう思う?」
口元に指をあて黙り込んでいるジークに、おそるおそる訊ねた。
「建国の翼竜……それにこの眼の赤い宝石……おそらく、アリオスト家の紋章で間違いないだろう。これを君のお母さんが持っていたというのか?」
うなづいてクレオは答える。
「おばあちゃんがそう言ってた。絶対、誰にも見せるなって」
「君のおばあちゃんが?」
ジークはピクリと片眉をあげて、何かを考えるように言葉を区切った。
「……それは賢明な判断だ」
「図鑑で公爵家の家紋を見た時からずっと気になってて。これがもし本物だとしたら、私のお母さんは――」
急くように訊ねるクレオをなだめるようにジークが言う。
「待て待て、その前に事の経緯を順を追って話してくれないか」
ジークに詰め寄っていたクレオは、ハッとしたように彼から身を離した。
「それとこれはしまっておいた方がいい。もう十分見せてもらったから大丈夫だ」
戻されたペンダントを受け取り、再び胸元にしまい込む。
「経緯という経緯はそうないんだ。だって、私もお母さんのことは何も知らないんだから。私が聞いているのは、お母さんは私を産んですぐ亡くなったっていうことだけ」
「それだけ?」
「うん。絵姿もないから、顔も見たことがないし。わかっているのはコーデリアって名前だけ」
「コーデリア……」
そう呟くと、ジークは再び言葉を区切る。
「貴族が宝飾品に家紋を刻むのはよくあることなんだ。あのペンダントがお母さんのものであるなら、お母さんはアリオスト公爵家の血に連なる者だということで間違いないだろう。君のおばあさんが誰にも見せるなと言ったのは、それが公になることを防ぐため。問題は、なぜその事実を君にさえ秘密にしていたかということなんだが――」
トントン、と扉が叩かれる。
ルーシーが戻ってきたに違いない。
「今ここで全てを説明するのは難しい。明日、図書館での講義が終わったら詳しく話そう」
小声で話を打ち切るジークに、クレオもこくんと頷いた。




