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50:庭園の密会

 修練場へは王宮庭園を横切るのが近道だ。白薔薇の生垣を抜け、庭園の噴水にさしかかろうとしたとき、ジークがハッとしたように立ち止まった。


「どうかしたの?」


 小首を傾げるクレオだったが、腕をグイッと引かれ、そのまま生垣に引っ張り込まれてしまう。


「ち、ちょっと! 急にどうし……むがっ」


 慌ててジークを見上げるが、大きな手が口を塞いだ。


「いいから静かに」


 むぐむぐと声をあげようとするクレオを抱えて、ジークがそうっと生垣の向こうを覗き込む。クレオも一緒に視線を向けると、そこには兄王子であるジェラルドともう一人、女性の姿があった。

 背を向けるジェラルドの表情はわからないが、女性は楽しげに笑っている。細い腕をするりとジェラルドの腕に絡ませるのを見て、クレオは思わず目を瞬いた。口を覆う手をプハッと抜け出し、小声で訊ねる。


「あの女性(ひと)は?」


「マージェリー・ウッドウィル」


「ウッドウィル? ウッドウィルってあの!?」


 フィリップの結婚反対派筆頭、ウッドウィル伯爵の御令嬢とジェラルドが、どうして? 返事を求めて上を向くと、苦々しく口を歪めるジークの顔が目に入った。


「あの二人、恋人同士なの?」


 寄り添う二人の姿に目を眇めながらクレオが訊ねる。


「いや、殿下には婚約者がいるからな」


「じゃあこれは不貞現場ってこと!?」


「そうとも言い切れないが……」


 そうジークは言葉を濁すが、見れば見るほど親密そうだ。マージェリーは今やジェラルドの腕の一部のようにくっついて離れようとしない。振りほどかないということは、ジェラルドもまんざらではないということだろう。婚約者にこんな場面を見られたら、一体どう言い訳するつもりなのか――。

 そこまで考えて、クレオは「はて」と首をかしげた。


「というか兄上の婚約者って誰なの?」


「さっきまで君も会ってたじゃないか」


「え、どこで?」


「図書館で」


 思わぬキーワードにクレオの目がくるりと回る。


「図書館……図書か……えええええええ!?」


「声が大きい!」


 再び口を塞がれて「むぐっ」と呻き声を漏らす。


「それって……もしかしてあのシーラ女史?」


 化粧っ気のない、瓶底眼鏡の宰相秘書官。

 手の内側で呟いた名前に、ジークがコクンと頷いた。 


「シーラ・オルドリッジは宰相であるオルドリッジ伯爵の娘で、宰相秘書官を務める才女だ。二人が婚約して久しいが、その仲は……まぁ、あまり良好ではないらしい」


 聞けばシーラ女史も仕事に邁進しており、結婚にはあまり乗り気ではない――という噂。それを知る女性たちは我こそはとジェラルドを落すのに躍起になっているらしい。とはいえ、シーラ女史がジェラルド殿下の婚約者である事には変わりなく。


「だからといって婚約者を蔑ろにして浮気するなんてありえないでしょ!」


「めったなことを言うんじゃない。まだ浮気と決まったわけじゃないだろ」


 ジークの言葉はもっともだ。兄王子への公然な批判など、誰かに聞かれたら大変だ。この伏魔殿ともいえる王宮で波風を立てるわけにはいかないのはクレオも承知している。だがそれはそれとして、婚約者に蔑ろにされている……かもしれないシーラの姿は見ていられない。


「あれが不貞行為かどうかはともかくとして……ウッドウィル伯爵が娘を使ってジェラルド殿下に取り入ろうとしているのは確かだろうな。現状、宰相閣下と実権を争っている状態だが、これから王太子となられる殿下と娘が結婚すれば、十家紋の長として王宮に君臨出来るからな」


「娘を政治の駒として使ってるってわけ?」


「マージェリー嬢の気持ちがどうかは知らないが、どこの貴族も大概そうだろ」


 肩を竦めるジークを見ながら、クレオはげんなりとしたように嘆息した。


「ああ、ヤダヤダ。どこもかしこも政略結婚……シーラ女史が嫌がったとしても無理はないよ」


「そういう君は結婚に興味はないのか?」


 ちらりとクレオを見下ろしてジークが訊ねる。


「あるにはあるけど……どうせするなら、心から愛し合える人と結ばれたい、とは思うよ」


 生前父は、亡くなった母をどれほど愛していたか、クレオがどれほど望まれて生まれて来た子なのか、クレオによく話してくれた。母のことを話すときの父は、とても幸せそうで、そして哀しそうだった。今でも母を愛しているのが、子供心にもわかるほどに。


 亡くなってなお愛し続ける――自分もそんな人と出会えたら、どんなに幸せだろう。そうは思うが、今はそんな夢みたいなことを言っている場合ではない。惚れた腫れたは生きて王宮(ここ)を出てからの話だ。


「それより、いつまでこうしてるつもり?」


 生垣の向こうに二人の姿はとうにない。にもかかわらず、いつまでも自分を抱きかかえるジークをじろりと見上げた。


「えっ、あっ、すまない!!」


 クレオを手放したかと思うと、ジークがガバっと両手を挙げた。顔まで真っ赤にさせて、そんなに慌てることでもないのに。それがなんだかおかしくて、クレオはくすりと笑みを零した。


「いいよ別に。それより早く鍛錬に行こうよ。暗くなっちゃう前にさ」


「お、おう! そ、そうだな! お手柔らかに頼むよ」


 なぜだかギクシャクするジークの背を押しながら、クレオは再び修練場へと向かうのだった。


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