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48:飛竜(1)

 倉庫街での大捕り物から数日。倉庫の担当者であった貴族の汚職があったと伝えられたものの、その騒ぎもあっけなく治まり見せた。


 果たして、フィリップの婚約を阻もうとする貴族たちの一角を崩せたといえるのか。怪しいものだが、ともあれ園遊会に向けて何事もなかったかのように日々は過ぎているように見えた。


 そんなある日のこと。


「ねぇジーク、後でちょっと稽古に付き合ってくれない?」


 クレオからの突然の誘いに、ジークはパチパチと目を瞬いた。


「そりゃかまわないけど……そういや最近グレアムと一緒に鍛錬してないよな。何かあったのか?」


 クレオを見やると何から妙な顔をしている。


「実は最近、連絡が取れてないんだ」


「グレアムとか?」


 妙な顔のままクレオがコクンと頷いた。


「まぁ、グレアムは憲兵だし。宰相の懐刀っていうくらい優秀なんだから忙しいのは当たり前だよね。何か重要な仕事が入って連絡できないんだよ、きっと」


 まるで自分を納得させるかのような口ぶりだ。手をパタパタと動かして元気を装うクレオを横目に思案する。


(妙だな……)


 倉庫街の騒ぎは、表向き担当者であるスタンリーの単独犯であるとして一旦の治まりを見せている。その後もグレアムが内偵を続けているはジークも知るところだが、あれ以後ウッドウィル伯爵ら結婚反対派に目立った動きがあったとは聞いていない。


「ジーク?」


ハッとして視線を上げると、クレオが小首をかしげてこちらを見ているのに気がついた。きっと返事を待っているのだろう。


「グレアムほどうまくないけど、俺で良ければ付き合うよ」


「やったね!」


元気のなかった顔にパッと輝くような笑顔を浮かべる。


「ジークのお手並みも拝見してみたかったんだよね」


「期待してくれてるところ悪いんだけど、あいにく荒事は苦手でね。お手柔らかに頼むよ」


 ジークも騎士の端くれなのでそれなりに戦えるが、あくまでもそれなりだ。曲がりなりにもジェラルドから一本とった人物にのされる未来しか見えない。


「それじゃあ、シーラ女史の講義の後でね。約束だよ!」


 ウキウキと図書館へ行く準備を始めるクレオを眺めながら、ホッと溜息を吐く。少しは元気が出たようだ。とはいえ、グレアムと連絡が取れないというのも気にかかる。何があったのか、グレアムに探りを入れてみたほうが良さそうだ。


(……久しぶりに酒にでも誘ってみるか)


 迷惑そうな顔をする不愛想な親友の顔が脳裏に浮かんで、ジークはこっそり苦笑いを零した。




***




 園遊会まであと一か月に迫り、シーラ女史による講義はますます熱を帯びたものになっていた。もちろんクレオも集中しようとは思うのだが、そう思うほど雑念が浮かび上がり、本をめくる手がぴたりと止まる。


 あの倉庫での一件以来、グレアムとはすれ違ってばかりいる。連絡がないなら、直接会いに行けばいい。そう思って毎日修練場に通っているのに、それでも会えないなんて――。


(ジークにはああ言ったけど)


 本当に仕事が理由で連絡がとれないのだろうか。彼の性格からすれば、それならそうと一言事付けがあってもいいものなのに。


(もしかして避けられてる?)


 確かに倉庫の一件では迷惑をかけはしたが、それで見限られたのだとしたら悲しすぎる。謝ろうにも会えないのでは、どうすることもできない。


(それとも、連絡できないほど危険な任務についてるとか)


 まさかまた、宰相に潜入捜査でも命じられたのだろうか。背筋にヒヤリと冷たいものが走り、ぐるぐると思考が定まらなくなっていく。

 

 彼は今、一体どこで何をしているのだろう。


「……プ様、フィリップ様」


「えっ、あ、はい!」


 シーラの声で我に返る。


「先ほどから難しい顔をしてらっしゃいますが、何かご質問でも?」


「あ、いや、ええと、あの……」


 机の上に広げてあった適当な書物をわたわた漁る。考え事をして講義を聴き飛ばすなんて、あってはならないことだ。まずはこちらに集中せねば。


「こ、このページについてもう少し詳しく説明お願いします」


 シーラはずり落ちそうな瓶底眼鏡をくいと持ち上げ、クレオが差し出した本を覗き込んだ。 


「ああ、これは家紋ですね」


 図鑑らしきその書籍には、美しい紋章が一覧になって記されていた。


「家紋とは一族を象徴する紋章のことをいいます。多くの場合、モチーフとなるのは植物であったり動物であったりするのですが、四大公爵家だけは王家から特別な紋章を与えられております」


「特別?」


「建国神話に登場するドラゴンです」


 インクで汚れた人差し指が示すのは竜の紋章。


(これ……この模様……)


 翼の生えた飛竜の意匠――これとそっくりなものを、クレオはよく知っている。


(似ているだけ? それとも……)


 気が付くと、胸元に隠したペンダントをきつく握りしめていた。

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