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42:悪漢との対峙

「いるなら出て来い!」


 じりじりとこちらへ近づいてくる複数の足音。


「王子」


 麻袋の影からゴロツキたちの様子を覗いながらグレアムが言った。

 

「私が囮になりますから、その隙に入口まで走ってください」


「なんでそうなるのさ!」


 グレアムを置いて逃げろというのか。クレオは思わず声を荒げた。


「二人であいつらを捕まえればいい話だろう」


「あの程度の輩であれば私一人でなんとかなります。あなたは自分の身だけを気にしていればいい」


「私が足手まといになるとでも言いたいのか?」


「そうは言ってません。それでも今、あなたを危険に晒すわけにはいかないのです」


 グレアムは正しい。ここでフィリップの身に何かあれば、いろいろと面倒なのは間違いない。間違いはないが、しかし。


「残念ながら、今の私は『王子』じゃない。ただの『侍女』だから、気遣いは無用だよ」


 ここで彼を見捨てて一人逃げ出すことだけはしたくなかった。


「屁理屈を言わないでください」


 グレアムの言葉を無視して、クレオは訊ねる。


「グレアム、向こうは何人いるの?」


「……中にいるのはおそらく五人」


「外の様子は?」


「わかりません」


「なら、私一人がむやみに外に出るのは得策じゃない。騒ぎになる前に中にいるやつらをなんとかして、夜が明けるまでで様子を見たほうがいいんじゃないのか?」


「それは……」


 黙り込んでしまったグレアムに、クレオはずいっと手を突き出した。


「得物が欲しい。短剣くらい持っているだろう? ほら、早く」


 ためらうグレアムだったが、クレオが急かすと仕方なく短剣を手渡す。マインゴーシュといわれる、短くて幅の狭い両刃の直剣。それを腰のベルトに捻じ込んで、見えないように背中のほうへと潜ませた。 


「今の私はただのか弱い侍女(・・・・・)だから、相手も油断するはずだ。そこを狙えば二人くらいは倒せるだろう」


 不意を突けば二人はいける――そう言ったのはグレアムだ。


「大丈夫、絶対に無茶はしない」


 それになにより、今はグレアムがいてくれる。


「残りは私に気取られているうちにグレアムがなんとかしてくれ。頼んだよ!」


「王子!」


 止めようとするグレアムの手をすり抜けるように、クレオは麻袋の影から飛び出した。

 突如現れた人影に男たちが気が付き、叫ぶ。


「なんだおまえは!」


「待ちやがれ!」


 かけられる怒号に目もくれず、クレオは入口とは反対の方向を目指して一目散に走り出す。

 背後からバタバタと追いかけてくる足音。

 壁際に追い詰められ、クレオはくるりと男たちに向き直った。男たちの掲げるランプがクレオの姿を照らし出す。その灯りを頼りにクレオも暗闇に目を凝らした。


 グレアムの言った通り、男は五人。強面の無精ひげに、いやらしい笑みを浮かべた小男、入れ墨のスキンヘッド……残り二人は闇に紛れて良く見えないが、みるからに柄の悪そうな男たちがじりじりと間合いを詰めてくる。


「バカだな、逃げられるとでも思ったか」


 入れ墨の入った太い腕がクレオの手首をがっちりと掴んだ。


「バカはどっちだ」


 クレオは男にむかって一歩踏み出す。相手の手首を握り返すと、男の腕を捻り上げ流れるような仕草で男を地面に引き倒した。


「ぎゃあっ」


 留めとばかりに蹴り上げた足の脛を押さえながら、男が床をのたうち回る。


「なにしやがる!」


「近寄るな」


 群がる男たちから油断なく距離をとりながら、クレオは背中の短剣をスラリと抜いた。リーダー格らしい無精ひげの男が嘲るような笑みを浮かべる。


「おいおい嬢ちゃん、物騒なものはしまいなよ」


 手に握られた得物を見ても動じることなく近づいてくる。


「そんなちっぽけな剣で何ができるってんだ」


「近寄るなと言ったはずだ」


 果敢に短剣を突き付けるクレオだったが、そこまでだった。多勢に無勢、横に振るった短剣は空を切り、あっさり腕を取られてしまう。そのまま背後から押さえつけられ身動きが取れなくなってしまった。


 クレオの頬をぐいっと掴み、男が無理やり顔を近づける。生臭い息がもろにかかって思わず眉間に皺を寄せるが、男はそんなクレオを見てにやりといやらしく笑う。

 一体何を考えているのか、その顔だけで察しがついてクレオはますます顔をしかめた。


「へぇ、なかなか可愛い顔してるじゃないか。ここで何をしていたか、ただ吐かせるのはもったいない……があっ!!」


 鈍いうめき声を残して、髭面が横にすっ飛んでいく。


 あっけにとられるクレオの目の前には、無表情ながら憤怒の気配を巻き散らすグレアムが立っていた。

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