41:潜入(3)
「そんな……」
倉庫の一角に、昼間はなかったはずの麻袋が山積みになっている。
視察が終わったのが夕方だから、その後すぐに運び込まれたのだろう。
やましいことがなければ、わざわざ荷物を移動させる必要はなかったはずだ。
キャシーの言ってた通り、やはりここが偽装の現場なのだ。
それにしても相手の動きが速すぎるのは、スタンリーが手引きしたのか、それとも別の誰かの仕業なのか。そんなことより、ペンダントはいったいどうなってしまったのだろう。
「暗いので足元に気を付け……王子!」
グレアムの制止も聞かずに窓から飛び降りる。着地するやいなや、暗闇に飛び込もうとするクレオの腕をグレアムが掴んだ。
「灯りをつけますから、まずは落ち着いてください」
「でも!」
「でないと見つかるものも見つかりませんよ。ほら、深呼吸して」
グレアムの言うことももっともだ。言われた通り、大きく息を吸って吐く。その間にグレアムが近くにあったランプに明かりを灯した。
「心当たりをよく思い出して、その周辺を探しましょう」
「うん、わかった」
こぶしを握り締め、こくんと大きく頷いて見せる。そんなクレオを見つめ、グレアムもほっとしたように頷いた。
***
「……あ、あった!」
ランプの灯りに照らされた床板を見つめ続けることしばらく。クレオは大きな柱のすぐ近くに落ちているペンダントを見つけた。視察の時、クレオが襟を引っかけたあの場所である。柱をなぞると錆びた釘が飛び出しているのがわかる。これでペンダントの鎖が切れたのだ。鎖は千切れてしまったがロットは無事だ。
「あったよグレアム!」
ロットを握りしめ立ち上がったクレオは、返事を求め薄暗い倉庫の中をぐるりと見渡す。
「……グレアム?」
床に置かれたランプを手にして辺りを照らすと、麻袋の付近でかがみ込むグレアムを見つけた。
ミラグ偽装の物証かもしれない麻袋。もしかして、グレアムがここに忍び込もうとした理由もそこにあるのだろうか。ゴクリ、と唾をのみ込んでランプを手にグレアムの元に向う。
(何をしているんだろう)
近寄るにつれ、当たりの様子がだんだんはっきり見えてくる。グレアムが見ていたのは、床に置かれた無数の壷だ。いくつか封も解かれているものもある。ふわりと刺激的な香りが鼻をつく。
揺れる灯りに気づいたのか、クレオが声をかける前にグレアムが顔を上げた。
「クディチ謹製のミラグ壷だね」
「よくご存じですね」
グレアムがクレオに探るような視線を向ける。
「婚約者の国の特産物くらい知ってるよ」
訝しげな眼に気づかぬふりをして「当然だろう」と鼻を鳴らす。グレアムの隣にしゃがみ込むと、壷の傍に散らばる黒い粒を一粒摘まんで、指の腹で転がした。
(このつるりとした手触り……ジュニパで間違いない)
キャシーは――クディチは、ミラグの偽装に気づいていた。では、リザヴェールは?
(この問題に全く気付いていないとは思えない)
不正が行われているであろうこの倉庫は国が管轄する場所に建っている。事が明らかになれば、国ぐるみの犯行を疑われ大問題に発展するのは想像に難くない。
今両国の関係が悪化すれば、間違いなくフィリップの婚姻にも飛び火する。クディチとの自由貿易推進派の旗手である宰相がこんな状況を捨て置くだろうか?
「ねぇ、グレアム」
宰相は憲兵団を指揮している。そしてグレアムはその宰相の懐刀といわれる切れ者だ。
「グレアムがここに来た理由はもしかして……」
その時、倉庫にガチャリ、と鉄の音が響き渡った。
「何!?」
ランプで音の方向を照らそうとするが、グレアムに奪い取られてしまう。グレアムはランプの灯を吹き消すと、クレオを麻袋の影に引き寄せた。
「本当に灯りを見たのか?」
「まさか見つかったわけじゃないだろうな。だからまだ運び込むのは早いって言ったんだ!」
「うるせぇな、もう視察はすんだはずだろ。誰がこんなところに来るっていうんだ」
扉が押し開かれる音と、わらわらと人の入ってくる気配。
「……あいつらは誰なんだ?」
声を潜め、グレアムに訊ねる。
「ルチアーノ一家――私が追っているマフィアの一味です」
その名前は紅柘榴亭でも耳にしたことがある。
大手商会と手を組んで、商売敵を潰してまわる質の悪いゴロツキの噂だ。
「やつらは城下町で暗躍する危険な犯罪集団で、密輸や賭博といったいくつもの犯罪行為に関わっているとして、ずっと内偵を進めていました。私が今夜ここに来たのは、やつらの犯罪の証拠を押さえるためです」
いろいろとあくどいことに手を染めているらしいと聞いてはいたが、まさかミラグの偽装にまで関わっているとは。
「なるほどね。いくら親友の頼みとはいえ、なんで視察の護衛なんて引き受けたんだろうと思っていたけど、グレアムにとっても渡りに船だったってわけか」
「あなたこそ、どうしてこんな辺鄙な倉庫を視察の現場に選んだのです。カサンドラ王女から何かお聞きになっていたのではありませんか?」
さすがはグレアムだ。スタンリーに語った建前なんて、彼に通用するはずがない。
「そ、そんなことどうでもいいだろ」
「どうでもよくありません。それからジーク、あいつは親友じゃありません。腐れ縁です」
大真面目にそんなことを言うものだから、クレオは思わず目を瞬いた。
「それってそんなに大事なことなの?」
「あたりまえです! 王子はあいつの厄介さがわかっておられないのです。親友なんて言葉を盾に俺が今までどんなに面倒なめにあわされてきたか……」
あのグレアムが、珍しく感情的になっている。
(ジークが絡むと本当に変わるなぁ)
普段は冷静沈着なのに、ジークの話題となると取り乱して一人称まで変わってしまうのがおかしくてたまらない。うっかり笑ってしまったクレオをグレアムがしかめっつらで睨みつける。
「笑ってる場合じゃありませんよ」
「笑わせてるのはグレアムのほうじゃないか」
「――誰かいるのか!?」
男の声にハッとして口を塞ぐ。確かに和んでいる場合ではなかった。




