38:失せ物は何処に
「……ごめん、勝手に私物を持ち込んだりして」
一部始終を話し終えて、クレオは勢い良く頭を下げた。
「でもあれは、大事な母の形見なんだ」
ペンダントをここに持ち込んだのは、確かに不可抗力であった。ならばせめて、そんなクレオの正体がバレる切欠になりそうなものを持ち歩いたりするべきではなかったのだ。
(誰にも見せちゃいけないよって、おばあちゃんが言ってたのに)
ましてやそれをどこかに落としてしまうなんて。
いつの間にか危機感が薄れてしまっていたのだろうか。この生活はクレオとジーク、二人の命のかかった大事な任務であったはずなのに――。
クレオの耳に、ジークの深い溜息が届く。
「今朝まではたしかにあったんだな?」
気まずさに顔をしかめたまま、クレオは折り曲げていた体をふと起こした。
「ベッドの上で首にかけたから、間違いないと思う」
「視察の前に移動したのは、朝の散歩で庭園と……」
「あとは修練場。散歩のその足で朝の鍛錬もしたよ」
よし、と膝を打ちジークが椅子から立ち上がる。
「クレオは外に出ると目立つから、この部屋の中を探すんだ。ルーシーは庭園を、俺は修練場の辺りを探す」
ジークが指示を飛ばすと、ルーシーが扉に向って足早に歩き出す。なのに、クレオは動けない。
(早く、早く見つけなきゃ)
すぐにでも探し始めなきゃいけないのに、気持が急くばかりで体がついてこない。
重い足音が近づいて、床を見つめるクレオの視界にジークの爪先が映る。
(怒ってる? 呆れてる?)
彼は今、どんな表情をしているのだろう。怖くて顔をあげられないでいるクレオは、頭上に迫る何かの気配に思わず体を竦めた。
「大丈夫だ」
ポンと乗せられた大きな手がぐしゃぐしゃとクレオの頭を強く撫でる。
「ミスなんて誰にでもあることさ。大事なのはそのミスをどうやってカバーするかだ。落としてそう時間は経っていないんだろう? なら、きっと見つかるよ」
そんなジークの言葉とは裏腹に、ペンダントはどこを探しても見つからなかった。
シーツの中も、棚の裏も、ベットの下まで覗き込んだのに。
庭園と修練場を探し終えた二人も見つからないと首を横に振った。
ジークは腕を組み首をかしげる。
「これだけ探して見つからないということは、視察の最中にでも落としたのかな。どこか心当たりはあるか?」
「視察……? 」
しばらく考え込んでいたクレオだったが、やがて弾かれたように顔をあげる。
「最後に見た空き倉庫で、釘に襟を引っかけた!」
「そこだ!」
二人で顔を見合わせたものの、あれからもうだいぶ時間が経ちすぎている。
ジークが思案気に顎を撫でる。
「とはいえ、時間も時間だ。これから対応してもらうのは無理だろうな。でもまぁ場所の見当もついたことだし、明日にでもあの責任者に落とし物がなかったか聞いてみるから、あまり心配するな」
だが、それを聞くクレオはこぶしを強く握り締める。
(……ダメだ)
明日では遅すぎる。
あの倉庫街がミラグ偽装の現場であるなら、今夜にも倉庫で動きがあるかもしれない。
そうなれば、床に落ちたペンダントなど、荷物の下敷きになってしまう。それならまだいい。万が一誰かに拾われたりしたら、それこそもう二度とペンダントはクレオも元にもどってはこないだろう。
――なんとしても、今日中にとりに行かなければならない。
(こうなったら……)
俯いたままのクレオに「いいか、ちゃんと寝るんだぞ」と念をおしてジークが部屋を後にする。眠る準備を整えると、やがてルーシーも部屋を去っていくのだった。
***
ネグリジェを脱ぎ捨て、いつもの白いシャツとズボンに着替えたクレオは、城中が寝静まったようなそんな静けさの中、物陰に隠れるようにして廊下を歩いていた。
目指すは城門、こっそり城を抜け出そうというのだ。
辺りを窺いながら角を曲がろうとしたその時。
「こんな夜更けにどこに行くつもりなのですか?」
ハスキーボイスに呼び止められて、クレオはギクリと足を止める。
なんてことだ、早くも見つかってしまった。
恐る恐る振り返ると、そこにはなにやら荷物を抱えたあの目隠れ侍女の姿があった。
キャシーの滞在する貴賓室からはだいぶ離れているはずなのに、どうしてこんなところにいるのだろう。あの手に持った荷物はなんだ。それよりなんて言い訳しよう。そんなクレオの動揺などおかまいなく、侍女はおもむろに口を開く。
「外へ出るおつもりなら、そんな恰好ではすぐに連れ戻されてしまいますよ」
「な、なんでそれを」
慌てるクレオの手を引いて、侍女は廊下を引き返す。
「こちらへ」
「ちょっと!!」
「お静かに。従者が来たら面倒なことになります」
確かにその通りなので、クレオはしかたなく口をつぐんだ。




