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31:王女のお誘い

「まぁ、そつなくやっているようだし、元気そうで安心したよ」


 艶やかさと凛々しさが掛け合わさった頼もしい笑顔。クレオの口から思わず溜息が零れ出る。


「キャシーさん……」


「一応、あんたの婚約者なんだ、キャシーでいいよ」


 やっぱりキャシーはかっこいい。こんなの男じゃなくとも惚れてしまう。そういえば、船乗りの間では「姐御」なんて呼ばれていたっけ。クレオがうっかり真似をしたら、烈火のごとくカミュに叱られたのだけれど。


 ハッとしてクレオは訊ねる。


「あの、このこと、カミュさんは……」


「カミュ、だろ」


 キャシーがパチンとウィンクする。


「もちろん知ってる。おまえが王宮でやらかしはしないかとヒヤヒヤしてたよ」


カミュにとってクレオは、今も変わらず不肖の弟子であるらしい。気恥ずかしさと嬉しさで思わず苦笑いしてしまう。


「カミュには王子様は及第点だと伝えておくよ」


「あ、ありがとうございます……」


 閉じた貴賓室とはいえ、ここは王宮の真っただ中。リザヴェール王国第二王子フィリップとして振る舞わなければいけないのに、こうして話していると、懐かしさでどうしてもいつもの自分に戻ってしまいそうになる。

 仮にも隣国の王子を頭ごなしに叱りつけたりはしないだろうが、あのカミュである。ますますもって気が抜けない。師匠(カミュ)のスパルタは健在だ。


 目隠れ侍女が淹れてくれたお茶はまだ温かい。緊張の連続ですっかり乾いてしまった喉を潤そうと、カップに手を伸ばす。


 そうしてこのまま和やかなお茶会が続くのかと思いきや――。


「さて、あんたもこんな王宮でずいぶん窮屈な思いをしただろう。久しぶりにパアッと街でデートと行こうじゃないか!」


 飲んでいたお茶をゴフッとのどに詰まらせた。


「え、デート?」




***




「王子はカサンドラ殿下と違い、王宮の外に慣れていないのです。 勝手に連れ出されては困ります!」


 案の定ジークは突然の提案に大慌てだったが、対するカミュはしれッとしたものだ。


「貴方様は主であるフィリップ殿下に厚い忠義の心をお持ちなのですね。このカミュ感服いたしました。しかしながらカサンドラ殿下は、フィリップ殿下ともっと親睦を深めたいとおっしゃっておいでです」


「それならばこの王宮内でも可能なはずだ」


「もちろん、こちらからも護衛の者をつかせましょう。お忍びということで目立たぬように配慮させていただきます」


「っ……しかし!」


「ジーク様」


 ジークの言葉を遮るように、カミュがビシリと声を上げる。


「我が主はアラファート商会の長でもあります。ご成婚後はフィリップ殿下もカサンドラ殿下とともに広い世界へと繰り出されることもあるでしょう。これを機に見聞を広げられてみてはいかがでしょうか」


 いかにもへりくだった口調だが、完全に嫌味である。「いつまでも甘やかしてんじゃねぇぞ」と言外に喧嘩を売っているのだ。怖すぎる。


 最後まで反対していたジークだったが、カミュのほうが一枚上手であった。

 結局は慇懃無礼に押し切られ、今は横に並ぶカミュを渋顔で睨みつつ、クレオたちの街中探訪に同行している。


 ジークが外出に反対するのは、クレオの正体が二人にばれるのを恐れているからだ。この入れ替え騒動がフィリップの仕組んだ茶番であることに、おそらくジークは気づいていない。


 本当の事を伝えられればいいのだが、フィリップの思惑がわからない以上、いかに相棒(ジーク)であっても秘密にしておいたほうがいいと、キャシーからきつく口止めされている。


(とんだ秘密をつくっちゃったな……)


 後ろめたい思いはあるが、王宮の外に出られたことは素直に嬉しい。こうして無理やりにも連れ出されなかったら、まだまだ軟禁状態が続いていたはずだ。


「しかし変わらないねぇ、ここは。なんとも活気に溢れているじゃないか」


 いい天気ということもあり、緑豊かな噴水広場は人々で大いににぎわっていた。元気な子供たちの笑い声や、道行く人々を呼び込む露天商の声であふれ、カフェテラスからは食べ物のいい匂いまで漂ってくる。

 広場の周囲は騎士団の庁舎や貴族御用達の店が居並ぶ一等街だ。そんな目抜き通りのずっと奥、繁華街の外れにキャシーの紅柘榴亭はあった。


「なんだい、嬉しくないのかい?」


 浮かない表情に気づいたのか、キャシーがクレオを横目で見やる。


「そういうわけじゃないんですけど……」


 見上げる街路樹には青々とした葉が生い茂っている。クレオが最後に見たときは、白い花が咲き乱れていたというのに。


「私たちがいなくとも、この街はなんにも変わらないんですね」


 小麦肌の美人店主に、しっかり者の使用人頭、そして気のいい店子たち。天涯孤独のクレオにとって紅柘榴亭は大切な心の拠り所だった。

 いくらクレオが大事にしても、この大きな街からすれば潰れてしまった雑貨屋など気にするほどものではないのだろう。それがなんだか、酷く寂しい。


「……そろそろ帰るとするか」


「そうですね」


 今、クレオが帰るべき場所は王宮だ。


 しかし本物の王子が戻ったその時、この街にクレオの帰るべき場所はあるのだろうか。



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