28:婚姻に臨む覚悟
「王の勅命には逆らえなかったという事だろう」
パーテーションの後ろからジークがひょっこり顔を出す。準備を終えたのを見ると、クレオの元にやってきた。
「この結婚はリザヴェールのメリットはもちろんだが、クディチにとっても不足しがちな鉱山資源を手に入れるための大事な取引なんだ。まぁ、商魂たくましいあの王女様なら案外乗り気かもしれないぞ」
「結婚って、そんな気持ちでするもんじゃないと思うんだけど」
無償の愛で互いを慈しみ、尊びあう、結婚とはそんな神聖なものではなかったか。
「政略がどうとか、利害がどうとか、それじゃまるで……」
まるで政治の駒みたい ――そう言いかけて口を噤む。
――王族ってやつはね「それが当たり前」なんだ。
まったく難儀なもんだよ、王族ってのはさ――お世話になった女主人のそんな言葉を思い出し、クレオはムスッと下唇を突き出した。
「実を言うと、この婚姻についてリザヴェールも一枚岩ではないんだ」
ジークは困ったように溜息を吐く。
「そういえば結婚反対派がいるっていっていたね。推進派の筆頭は確か宰相のオルドリッジ卿だったかな。だとすると、反対派筆頭は誰なの?」
「十家紋筆頭ウッドウィル卿だよ」
「十家紋……」
さっきシーラの口からそんな言葉を聞いた気がするが、途中で連れ出されてしまったのでよく思い出せない。とにかくお偉い貴族様だということだけは理解した。
「リザヴェール王室は確かに古い歴史を持っている。王の血統は永く四大公爵家やそれに次ぐ貴族との婚姻によって守られてきた。新興国から姫をもらい受け、その血を穢したくない――という彼らの意見は、真っ当に見えてその実ただの隠れ蓑にすぎない」
「というと?」
反対勢力の裏の顔とはいったいどんなものなのか。俄然興味が湧いてきて、クレオはジークに顔を近づける。
「現状、クディチとの交易は限られた商会にのみ認められているは知っているな? その特権を利用して、交易品で不正を働いているやつらがいるんだ」
「つまり、その不正を行っている商会から賄賂を貰ってる貴族が反対派の中にいるってことだね」
「さすがは元商人、話が早くて助かる」
ジークがにやりと笑うので、クレオは照れ臭くなり、くしゃりと顔を歪めた。
町はずれの商店で店子として働いていただけで、そうたいそうなものではない。
「ただの見習いだってば」
それはそれとして、賄賂の話だ。
お偉いさんを味方につけておけば不正も行いやすくなるのは当然として、もし査察が入ったとしても誤魔化すことも容易だろう。
貿易する国が限られているリザヴェールにとって、クディチからもたらされる品々はどれも希少で値の張るものだ。しかし、クディチの交易船が自由に出入りするようになれば、希少価値は下がり今ほどの旨味は無くなる。他の商会を出し抜くのも難しくなるはずだ。とすれば、王子の結婚をなんとしても阻止したいと思うのは当然のことだろう。
賄賂をもらう側としても、商会に泣きつかれたらなんとかせざるを得ないというわけだ。
「あいつらときたら、紛い物を売りつけたり、値を不正に吊り上げたり、後ろ盾があるのをいいことにやりたい放題だ」
「その有力貴族とやらは捕まえることはできないの?」
「法の目を掻い潜るような奴らだ、そう簡単にはいかないさ。なかなか尻尾を掴ませてくれない」
そこまで聞いて、クレオは「なるほどね」と頷いた。
「私がコケると、奴らの思う壺ってわけか。それじゃ、ますます気は抜けないな」
だが、そう思えば思うほど不安は募る。
カサンドラはきっと王族としての覚悟をもってこの結婚にのぞんでいる。鍛えあげられた商人の目で、自分の伴侶となるフィリップを品定めするに違いない。
果たして自分は、その目利きに耐えることができるだろうか――。
黙り込んでしまったクレオの様子を覗うように、ジークがちろりと視線を流す。
「そう緊張するなって」
そんなこと言われても。クレオはツンと唇を尖らせた。
「無理言わないでよ」
「カサンドラ様とフィリップ様が直接お会いするのはこれが初めてだ。変わり者どうしだったから、始めに絵姿を交換したきり、手紙での交流もほとんどなかった。よほどのことがなければバレることはないだろうから心配するな」
「……ジークに言われると、かえって心配になる」
「なんだと!?」
「なによ!」
しかめ面のクレオの頬をジークが両手でむにゅっと挟んだ。
「ひゃっははへ!?」
クレオも負けじとジークの頬をむんずと掴んで、さしずめにらめっこのようになってしまう。
鼻を押し上げ、口をぐいっと横に広げると、とうとうジークの変顔に堪えきれず、クレオがプハッと吹き出した。
笑い声と一緒に、胸に溜まったいろんなものが全部外に飛び出していく。ひとしきり笑ったあと、最後にふうっと深く息を吐き出した。
気が付けば、まんまとジークの狙い通り。すっかりいつも通りの余裕を取り戻していた。
「……もう、大丈夫みたいだな」
ジークが優しく目を細める。
クレオはこっくりうなづいて、両手でピシャリと頬を叩く。
「よし、いくか!」




