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26:図書館での邂逅

 お茶会は終始和やかな雰囲気で行われたが、それでも相手が国妃ともなれば緊張もする。

 オリヴィエとのお茶会を辞したクレオは、気晴らしついでに明日の講義場に指定された王立図書館に向うことにした。


 ここに来てからというもの、詰め込み過ぎの座学のせいで、一日のほとんどを部屋の中で過ごしてきた。鍛錬場に向かうのはいつも日が暮れてからなので、太陽の下での散策なんて本当に久しぶりだ。


「ここかぁ」


 中央庭園を抜けてすぐのところにある豪奢な建物を見上げ、クレオは溜息を吐いた。

 大きな両開きの扉を開け、中に入ってまたあんぐりと口を開ける。林立する大理石の大きな柱、天井にはみたこともない美しい絵画が描かれ、壁際の本棚にはぎっしりと本が詰まっている。


 この図書館は王宮に務めるものなら誰でも利用できるらしく、辺りには貴族や文官の姿もある。

 天井の絵画に見とれたまま歩いていると、ドンッと誰かにぶつかった。


「よそ見をして歩くな。危ないではないか」


「すみません!」


 反射的に謝ると、頭上から不機嫌な声が降ってくる。


「王族だというのに、ずいぶん腰の低いことだな。少しは威厳を持ったらどうだ」  


「え」


 驚いて視線を上げれば、そこには眉間に皺を寄せたジェラルドが立っていた。


「兄上!」


 ジェラルドから離れて、慌てて姿勢をと整える。


「こんなところで何をしている」


「今度ここで講義を受ける予定なので、どんなところか見学に」


 クレオがそう答えると、ジェラルドの瞳は訝しげなものから憐れなものを見るような目つきに変わった。


「なんだ、お前は図書館にも来たことがなかったのか」


 フィリップはどうだか知らないが、クレオは初めてなのだから仕方がない。

 ムッとはするが、ここは図書館。本を広げる人々の目が「お静かに!」と訴えてくる。


「なにぶん出不精だったもので」


 そう答えると、さっさと会話を切り上げるべく、クレオはペコリと頭を下げた。


「心を入れ替え、明日よりまたこちらで勉学に励みたいと思います」


 踵を返すクレオをジェラルドの声が呼び止める。


「フィリップ」


 クレオは振り返り小首をかしげた。


「なんでしょう」


「お前に一つ言っておくことがある」


 そういうことを言い出す輩は、たいてい一つでは収まらない。文句を言い出すと止まらなくなるのをクレオは経験上よく知っている。

 ただでさえ疲れているのに、これ以上疲れる話はご勘弁願いたい。


「勝利のために手段を選ばないのはかまわない。だが、試合の最中に剣を放るなど、お前の無鉄砲さはどうにも目に余る。いいか、自分が王族であることだけは忘れるな。王族たるもの」


「王家のために命をはる者のためにも、むやみに危険を侵してはいけないんですよね」

 

 そんなこと、ジェラルドに言われるまでもない。先日の手合わせのあと、グレアムに散々説教されたばかりだ。

 先回りして答えたので、ジェラルドは言葉に詰まった様子を見せたが「その通りだ」と小さくうなづき話を変える。


「いいか。手合わせにしてもそうだが、奇策に頼るばかりでは本当の実力は得られない。剣の道は、たとえ遠回りに見えても正しき道に勝るものはないのだ。あのグレアムとやらの手に余るのであれば、この俺がじきじきに……」


 なんだか話が怪しくなってきた。

 このままではまた、ジェラルドと手合わせする羽目になってしまう。ここには気晴らしに来ただけなのに、これではとんだ藪蛇だ。


「兄上のおっしゃるとおりです」


 クレオはジェラルドの言葉を遮り、努めて笑顔でわかっておりますと言わんばかりに答えた。

 

「次こそは兄上に正攻法で勝てるよう、私も精進いたします」


「フィリップ!」


「大変申し訳ありませんが、先を急ぎますので、私はこれで」


「待て、まだ話は」


 クレオは慇懃に頭を下げると図書館の入口に向って歩き出す。

 ジェラルドはまだ何か喚いていたようだったが、その声は大扉に遮られクレオの耳には届くことはなかった。


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