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21:勝敗の行方

 王子が剣を投げ捨てた。


 グレアムもそう思った。

 が、現実は少し違った。


 投げた木剣は目眩まし。

 剣を投擲すると同時に、王子はジェラルドに向かって突進する。不意打ちでジェラルドの態勢は崩れたままだが、しかし。


「捨て身のつもりか!? 甘いな、フィリップ!」


 素早く木剣を構え直し、目標に狙いを定める。


(王子!)


 華奢い体が吹き飛ぶ(さま)が目に浮かび、グレアムはギリッと歯を噛みしめる。

 だが審判を任された以上、決着がつくまでは止めるわけにはいかない。途中で止めてしまうのを王子も良しとしないのは、グレアムもよくわかっている。

 投了を認め、今にも挙がらんとする腕を必死で抑えつけながら、思う。


(だったらせめて、最後まで見届けなければ)


 狙いすました一撃のはずだった。


 だが王子の紫瞳は、その軌道を完全に捉えていた。


 身を屈め、紙一重でそれを躱し、深く踏み出された足を払う。細い指がジェラルドの襟首をむんずと掴み、バランスを失った大きな体をその勢いのまま引き倒す。

 ジェラルドが無様に石床に転がった。


「……ッ、くそっ!」


 身を起こそうともがくジェラルド。だが、それは王子が許さない。ジェラルドの手にした木剣を勢いよく足で踏みつけ、もう片方の足をゆらりと上げる。


 ジェラルドの顔面めがけて硬いブーツが踏み下ろされる――。


「――そこまで!」


 グレアムが叫ぶ。

 ブーツの踵はすんでのところで軌道をずらし、ジェラルドの耳を掠めて着地した。


「勝負あり」


 張りつめていた糸が切れるように、王子がカクンと片膝を着く。




***




(……危なかった)


 剣を投げたのは、ジェラルドを油断させ間合いを詰める、一か八かの賭けだった。

 結果、斬撃は放たれたので、賭けには負けたことになる。


(でも、勝った)


 まぐれであっても、勝ちは勝ち。クレオの体からどっと力が抜けていく。

 一息ついて石床を見やると、ジェラルドは腕で顔を覆い隠して、なぜかクツクツと笑っていた。

 奇妙なものでも見るようなクレオの視線に気が付いたのか、ジェラルドは笑うのをやめ、身を起こす。


「まさか足でとどめを狙うとは、さすがは下賤の剣というべきか」


「どんな手を使ってでも、と言ったはずです」


 クレオがジェラルドに手を差し伸べる。


「そうだったな」


 ジェラルドはそれを無視して、クレオの頭に手を伸ばす。

 ぐん、と頭を抑えつけるように力を込めて、ジェラルドが立ち上がる。

 ぐしゃりと髪を混ぜられたのは、気のせいかもしれなかった。


「いいだろう、負けを認める。指南役の件は、フィリップ、お前の好きにしろ」


 それだけ言うと、ジェラルドはくるりとクレオに背を向けた。

 従士からジュストコールを受け取ると、バサリと羽織り振り向きもせずに歩き出す。


「兄上!」


 クレオの声に、その歩みはぴたりと止まった。


「王族の剣、しっかり学ばせていただきました。私の我儘を認めて下さり、ありがとうございます」


 手加減はされていなかったと思う。

 正々堂々、真っすぐな、力強い剣だった。まさに正統派。本来であれば、体格も力も劣るクレオが、真正面から挑んで敵う相手ではなかった。

 だからこそ、クレオは自分の選択が間違っていたとは思わない。


「……お前の婚約者であるカサンドラ王女だが、彼女は商船を保有して自ら船を駆ると聞く。伴侶ともなれば、お前も一緒に船に乗ることもあるだろう。航路は安全とはいえず、海域によっては海賊に襲われることすら珍しくない。海賊が相手なら、お前のその下賤の剣も、多少の役には立つはずだ」


 ジェラルドは振り向かない。

 真っすぐ前を見据えたまま、相変わらず嫌味たらしくそう言った。


「精々頑張ることだな」


 さすがはジェラルド、捨て台詞まで憎たらしい。

 でもその声は、来た時よりもほんの少しだけ、柔らかく聞こえた。


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