20:王族の剣
「王子!」
グレアムが鋭く制止するが、クレオの耳には届かない。
頭にはとっくに血が昇り切っていた。
「彼らはこの剣で国の規律を守っているのですよ。それを下賤と見下すのは、王族としていかがなものでしょうか」
あーあ、言った。
言ってしまった。
沈痛な面持ちで眉間を抑えるグレアムには申し訳ないが、ここまで言われてしまってはクレオだって引き下がれない。
「王族の剣がどれほどのものかは知りませんが、私は彼の剣が下賤とは思いません。悪しきを挫き、弱きを助ける――口で言うのは簡単ですが、現実は綺麗事ではすまない。どんな手を使ってでも勝つ、それの何がいけないのです。彼の剣を馬鹿にしないでいただきたい!」
ポーカーフェイスをかなぐり捨てたクレオを見やり、ジェラルドは「ふむ」と尊大に腕を組んだ。
「ずいぶんとこいつの肩を持つのだな」
「そういうわけではありません」
「まぁいい」
そう言って、ジェラルドは身に纏うジュストコールを傍に控える従者に向って脱ぎ捨てた。
「どんな手を使ってでも勝つ、と言ったな」
地面に落ちていた木剣を拾い上げ、すらりと構える。
「ならば俺と手合わせをしろ、フィリップ。そこまでいうのなら、お前のその下賤の剣で、俺を打ち負かせるかどうか試してみろ。その代わり、できなかったら指南役は俺が指定させてもらう」
ジェラルドの構えは様になっている。剣を覚えたばかりのクレオが太刀打ちできる相手じゃないのは、見ただけでわかる。
ジェラルドはクレオに胸を貸すつもりなど、きっとない。初めから潰すつもりで飛び掛かってくることだろう。
逃げるなら、下手に出るなら、今しかない。
そう思うが、しかし。
「……わかりました」
自分のことならいくらでも聞き流せた。でも、自分の認めたものを貶されるのは、どうしても我慢ならない。
同じく木剣を構えるクレオを見て、ジェラルドがニヤリと口端を吊り上げる。
「決まりだな。お前の剣の腕前をじっくり見せてもらおうじゃないか」
ちらりとグレアムに視線を送る。思った通り『無茶なことを』とでも言いたげに、苦虫をかみつぶしているようだった。
クレオはてへっと笑ってみせるが『よそ見をするな』と目つきが更に険しくなって、慌ててジェラルドに向き直る。
「審判はそこのお前に任せる」
ジェラルドがついとグレアムを指さした。指されたグレアムはといえば、驚いたように目を見開いたが、すぐに「わかりました」と頭を下げる。審判をつけてくれるなんて正直、意外だ。
(大丈夫、グレアムなら誰かにおもねるような審判はしないはず)
降参するまで打ちつけられるような、そんな一方的な展開には、きっとならない。
クレオは少しだけ胸を撫で下ろす。とはいえ、事態が好転したわけではない。下唇をキュッと噛みしめ、気合を入れる。
「――ではいくぞ!」
そう声がして、ジェラルドが一歩踏み出した。同時に振り下ろされる一撃をなんとか受ける。木剣を握る手がじいんと痺れた。
(うはぁ、馬鹿力!)
ついでにスピードもある。
続けざまに放たれる攻撃を受けて、受けて、受け止める。
「防戦一方でなんとかなるなんて、思ってるわけじゃあないよなぁ?」
なんとかなるとは思っていない。だがグレアムは、隙が出るまで凌ぎきれと言っていた。
横薙ぎの一閃を身を屈めやりすごす。そのままくるんと転がって、身を起こしながら木剣を払う。脛を狙ったその一撃は、しかしかすめただけで躱された。
(今のは会心の一撃だったんだけどなぁ)
反撃が来る前に、素早く退いて距離を取る。
仕切り直しだ。
深く息を吐き出して再び木剣を構えれば、すかさずジェラルドの攻撃が飛んでくる。
風を切るような一撃。だが、受けなければなんてことはない。
ひらりと躱し、再び距離を取れば、ジェラルドが「ふん」とつまらなそうに鼻を鳴らした。
「身のこなしだけは一人前だな」
馬鹿にするような声になんて、耳は貸さない。視界の端のグレアムは口をぎゅっと引き結び、手合わせの行方を見守っている。
この剣を教えてくれたグレアムに、情けない姿は見せられない。見せたくない。
(絶対に、認めさせてやるんだから!)
クレオは木剣を構え――そのままそれをジェラルドめがけて投げつけた。
「何を!?」
ギョッとしたようにジェラルドが叫ぶ。
「剣を捨てるなどふざけているのか!」
飛んできた木刀を払い落としながら、その瞬間ジェラルドの目は、確実にクレオから逸れていた。
その一瞬があれば、十分だった。




