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18:麗しの王子様

 果たして王子は本日も、約束の時間にやって来た。


「グレアム、今日もよろしくね!」


「……よろしくお願いします」


 明るく大きく元気よく、王子の挨拶はいつもながら気持ちが良い。グレアムも素振りの手を止め頭を下げる。

 鍛錬も今日で五日目に突入する。

 三日坊主を二日過ぎただけだが、どうせ長続きしないだろう、そうと思っていたグレアムは、その事実を多少の驚きをもって受け止めていた。


「それでは始めましょうか」


「了解!」


 王子はそう返事をするが早いか、軽い準備運動をすませ、軽やかに場内を走り出す。

 二十周の走り込みを終わらせると、すぐに訓練用の木剣で素振りを始める。もちろんこの後、王子の望む実戦的な訓練も行うが、今のところ姿勢の取り方や、剣の振り方など、基礎的な訓練にも嫌な顔一つせず取り組んでいる。手っ取り早く剣を扱えるようになりたいと、駄々をこねる様子もない。


 地道に木剣を振り続ける王子に、一人の騎士が近づいていくのが見えた。

 二言三言会話を交わすと、剣の構え方でも教えるように王子の体に手を伸ばす。


「終わりましたか」


 少し大きめに声をかける。


「うん、あともう少し!」


 剣を構え直し、王子が応える。

 その声に振り向いた騎士はグレアムの形相に気付くと、ビクリと体を震わせて慌ててその場を去って行く。

 その様子を、数人の別の騎士たちが遠巻きに奇異の目で見つめていた。


 いつもであればこの時間帯にグレアム以外の騎士がいることは稀である。

 だがここ最近、グレアムとあの無気力王子が手合わせしていることを聞きつけて、噂の王子を一目見ようと物好きたちが集まっているのだ。


 だが、当の王子はどこ吹く風でそんな視線を気にした様子もない。日課にしてある素振り百回を終わらせると、木刀を携えて、グレアムの前にいそいそとやって来た。


 さっそく手合わせが始まる。

 

「王子は他の者たちに比べ体格に劣りますから、まともに打ち合っても勝てません」


 打って出た王子の木剣をグレアムが軽く弾く。木がぶつかり合う、カンッと乾いた音がする。次いで振り下ろした木剣を王子がひらりと斜めに躱した。目は良いらしく、剣の軌道をよく捉えている。


「避けて、防いで、相手が隙を見せるまで、なにがなんでも凌いでください。反撃はそれからです」

 

 再びカンッと音がして、王子がグレアムの木剣を受けた。


「でもそれじゃ、ジリ貧だよね?」


 グレアムはそのままぐんっと木剣を払い、細い体を押し退ける。王子はその反動を利用して、素早く後ろに飛び退いた。

 グレアムから距離を置き、再び木剣を構える。


「王子の場合、腕力はそこまでですが、太刀筋は鋭い。身のこなしも悪くないので、懐に潜り込んでカウンターを狙えば格上の相手でも倒すことは可能です」


「ホント!?」


 王子が嬉しそうな声を上げる。


「相手が一人であれば。だが、実際の戦闘で一対一で戦うことなど、まずありえない。倒せても精々二人まででしょう」


「二人!? じゃあ、相手が大勢の時は? そのあとはどうすればいいの?」


「例え相手が複数でも、救援が到着するまで持ちこたえれば我々の勝ちです」


「救援が望めないときは?」


「隙を見て逃げてください」


 グレアムの打ち込む木刀を必死に防ぎながら、王子が小さく舌打ちする。


「……ったく、言うことはみんな同じだな!」


「何か言いましたか?」


「なんでもない!」


 よく頑張っているが、手元に意識が行き過ぎて足元がおろそかになっている。グレアムは王子の脇腹を抱え込むと、スパンッと足を払い退ける。華奢な体がコロンと面白いように転がった。


「あー、またやられた」


 悔しそうにそう言うと、石畳みに両手を投げ出して寝転がる。受け身はきちんととれていたようだが、なにせ大事な婚約を控えた御身である。グレアムの心配をよそに擦り傷、切り傷、なんのそのの王子だが、万が一大きな怪我でもしたら大変だ。


「大丈夫ですか、王子」


「うん、平気、平気」


 グレアムが手を伸ばすと、王子はそれをしっかと掴んで、勢いよく体を起こした。


「ありがとう、グレアム」


 紫色の大きな瞳が柔かな弧を描き、艶やかな唇がほろりと綻ぶ。眩いほどの微笑みを真正面から受けてしまい、さすがのグレアムも低く呻く。


 もともと美しい容貌を持つ王子であるが、表情を持つとこうも印象が違うものか。


 彼の美貌を人を惑わす妖精(ニンフ)に例える者もいるが、そんなものとはわけが違う。年相応のあどけなさが残る微笑みは、見るもの全てを魅了する麗しの天使そのものだ。


「おい、見たかあの顔……お美しい」


「聞きしに勝るとはこの事だな。本当に男か?」


「全くだ。 あの堅物が鼻の下を伸ばすのもわかる気がする」


(伸ばしてない)


 ひそひそ騒めく声の方角をグレアムがギロリと睨みつける。顔を赤らめた騎士たちは、エヘンオホンと咳払いして、そそくさと修練場を出て行った。


(あいつらめ)


 宿舎に戻って余計なことを言い触らさなければいいのだが。


 物見遊山の居残り組がこれ以上増えるのは、グレアムとしてもあまり嬉しくない事態だ。だが、その騎士たちと入れ違いに入って来た人影を見て、グレアムはさらに顔を顰めることになる。


 リザヴェール国第一王子、ジェラルド・サンクトゥス・リザヴェール殿下のお出ましであった。


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