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17:宵闇色の再会(2)

「もしかして、どういう風の吹き回しだって思ってる?」


 これまで修練場に近寄りもしなかった怠け者が、突然そんなことを言い出したらそんな返事も出るだろう。

 愛想がなさすぎて何を考えているかイマイチよくわからないが、怪しまれているとしたら一大事だ。


 憲兵団の任務は、王政に仇なす者たちを取り締まることにある。王子に化けたクレオなど、理由を知らない彼らから見たら格好の餌食だ。疑念を持たれたら最後、後々面倒なことになりそうな予感しかしない。


「どう思おうが勝手だけど、いつまでも苦手なことから逃げ回っているわけにもいかないからね。私だって『男』だ。婚約者の一人くらい守れるようになりたいじゃないか」


 もっともらしくそんなことを言うと、クレオは「ふん」と小さく鼻を鳴らして腕を組んで見せた。

 我ながら良い言い訳だ。


「そうだ! もしよかったら私に剣を教えてくれないか?」


「私がですか?」


「うん! 袖すり合うも他生の縁って言うじゃないか。助けてくれたよしみでね、お願い!」


 物は試しと誘ってみたが、憲兵はやはり素っ気ない。


「お断りします」


「どうして!」


「私のような一介の騎士が王子に剣を教えるなど恐れ多いことです。王子にはもっとふさわしい指南役がいらっしゃるかと」


 白々しい言い方にムッとして、クレオは憲兵に向って一歩足を踏み出した。


「さっきも言ったけど、あなたの鍛錬の邪魔をするつもりはないよ。ただ、ちょっと力を貸してほしいだけなんだ。剣術でも体術でもいい、身を守る術を身につけたいんだよ」


「尚のことお断りします」


「だからどうして!」


「憲兵団は、実戦に重きを置いて訓練しています。我々が相手にするのは、王国に蔓延る悪漢ども、正攻法など通じない輩たちです。ゆえにこちらもそれなり(・・・・)の手段を使わざるをえなくなる。王子にふさわしいとはとても」


 クレオは自分より頭一つ分も高い憲兵を下からじろりと睨みつける。


「そんなこといって、本当は『王子のお遊びに付き合っている暇はない』なんて思ってるんだろう」


「誤解させてしまったのであれば謝ります。決してそういうつもりで言ったわけではないのです」


 憲兵は淡々と答える。


「剣術といっても色々と流派があるのですよ。王族には王族の剣というものがあります。それを差し置いて、私がお教えできることなど……」


 憲兵の言葉を遮って、クレオはきっぱりと声を上げた。


「私はあなたに教えてもらいたいんだ」


 軽くでもいいから体を動かせれば――そう思っていたが、気が変わった。何が王族の剣だ。こんなふうに袖にされて黙っていられるクレオではない。

 眉間のしわをいよいよ深くした憲兵は、クレオから顔を背けて「はぁ」と深く息を吐いた。


「……どうして私にこだわるのです」


「そんなの決まってるじゃないか」


 クレオはドンと胸を張る。


「剣を振るあなたの姿が、とても綺麗だったから」


 クレオを助けたあの太刀筋に、見惚れてしまったのは本当だ。彼に教えを請おうと思う、クレオにとっては十分すぎる理由だった。それに、ここでこうして再会したのも、きっと何かの縁なのだ。だったらそれを大事にしたい。

 憲兵はそんなクレオを窺うように暫く横目で見つめていたが、やがて諦めたように口を開く。


「私の剣はかなり荒っぽいですが……後悔しませんか?」


「するわけないよ!」 


 見開いたクレオの瞳にメラメラと炎が宿る。


(見てなさい。やるからには徹底的にやってやるわよ!)


 握手をしようと手を差し出したまではよかったが、まだ名前を聞いていなかった。


「あらためてよろしく、えーと」


「グレアム」


 憲兵は短く答え、クレオの手を握りしめる。


「グレアム・ヴァーミリオンと申します」


「よろしく、グレアム!」


 剣を習うとは言ったものの、クレオにはすし詰めのカリキュラムもある。グレアムにも仕事があるので、毎日この時間に落ち合うように話が付いた。

 別れ際、クレオを呼び止めたグレアムが、ごそりとズボンのポケットを探る。


「王子、これを」


 クレオの手を取り、握っていた何かを乗せた。


「あっ、これ……!」


 銀の鎖が手の中でざらりと揺れた。急いでロケットを開けて、赤眼の龍がいることを確かめる。


「申し訳ありませんが、中身を確かめさせていただきました。あの者たちは自分のものだと言いはったのですが、きっと王子のものだろうと」


「うん、間違いない。――私のだ」


 そうぼんやりと呟いて、手のひらのペンダントを見つめる。


「いつかお会いしたときに渡せればと持ち歩いていたのですが……返すのが遅れてしまい申し訳ありません」


「いいんだ、そんなこと」


 クレオはふるりと首を振るい、ぎゅっとペンダントを握りしめた。


「ありがとう……本当に大事なものだったんだ」


 肌身離さず身につけていた、母の形見のペンダント。ここを出たら取り返そう、そう思ってはいたけれど、まさかこうして無事に戻ってくるなんて――。

 うっかり浮かんでしまった涙をゴシゴシと手の甲で擦る。


「お役に立てて光栄です」


 固く結ばれていた口角がふわりと綻んだ気がして、クレオは慌ててグレアムに背を向ける。


(今、笑った?)


 急いで振り向いた時にはもう、その微笑は幻影のように消え失せた後だった。



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