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16:宵闇色の再会(1)

 茜と藍の境界線に、小さな一番星が瞬いている。


 仕事帰りによく眺めていた、見慣れているはずの空の色。改めて見れば、こんなに綺麗なものだったのかと、クレオは細く息を吐く。


 王宮内を歩くのは、ジークに連れてこられて以来のことだ。久しぶりの部屋の外、久しぶりの単独行動。心が少し浮き立っている。


(ここだな)


 ルーシーの言ったとおり、修練場はすぐ見つかった。


 たどり着いたのは無骨な石造りの建物。ここは主に、王宮に務める近衛兵たちが鍛錬を行う場所だという。格子窓から仄かに灯りが漏れている。だいぶ暗くなってしまったが、まだ誰かいるだろうか。


 重たい木の扉に手をかけると、軋んだ音が響き渡る。

 開けた扉の隙間からこっそり中を覗き込んだ。


「おじゃましまーす……」


 シュン、シュン、と何かが(くう)を切る音がする。音の方向を見やれば、ガランとした薄暗がりの室内に男が独り佇んでいた。

 一心不乱に剣を振るうその姿に、クレオはハッと息を飲む。


(あの人だ)


 ひと目見ただけですぐに分かった。漆黒の瞳が放つ、射抜くような眼差しを忘れるはずがない。

 あの日クレオを助けてくれた憲兵だ。


「……誰かいるのか」


 低く、静かな声だった。

 慌ててクレオも声をかける。


「ごめんね、練習の邪魔をするつもりはなかったんだけど」


 現れたクレオを見ると、憲兵は構えていた剣を下ろして、すんなりと頭を下げた。


「これは王子。こちらこそすぐに気づかず、大変失礼いたしました」


(憲兵さん、あなたもか)


 やっぱり彼もクレオを王子と信じて疑わないらしい。

 誇らしいような、ガッカリするような――代役としての完成度があまりにも高すぎて、自分で自分が怖いくらいだ。

 とはいえ、やはり念には念を入れておきたい。なんといっても、教授ら以外の第三者との初めての会話だ。ここで違和感を感じられては、先行きが不安どころの話ではない。


(私は王子、私は王子、私は王子……)


 心の中で 繰り返しながら話し出す。


「鍛錬の様子を見に来たんだけど、みんな帰っちゃっみたいだね」


「近衛兵は朝が早い者が多いので、この時刻には宿舎に戻ってしまうのですよ。もう少し早ければ皆も挨拶できたのですが」


「ううん、いいんだ。急に来た私が悪いんだから」 


 騎士たちが鍛錬する様子を見れなかったのは残念だが、これはいい機会だ。彼とは一度、会って話がしたかったのだ。


「ありがとう」


 唐突なクレオの言葉に、憲兵が目を瞬いた。


「助けてくれたのに、まだお礼を言ってなかったから」


 何も言わず突っ立ったままの憲兵を見て、クレオは少し不安になった。もしかして人違いだっただろうか。いや、こんなこんな印象的な人物を見間違えるわけがない。とすればまさか、彼はあの日、クレオに会ったことを忘れてしまったのだろうか。

 しばらくして、ようやく憲兵は口を開いた。


「……そのような言葉は、迂闊におっしゃらないほうがいい」


 不思議そうに首を傾げるクレオに、淡々と憲兵は言った。


「いらぬ詮索を招く恐れがありますので」


 あ、とクレオは口を押さえた。

 憲兵に助けられた場所は、いかがわしい店が立ち並ぶ繁華街の路地裏だ。やんごとなき身分の、しかも婚約を間近に控えた人物がみだりに出入りしていい場所ではない。

 あの時自分がどう見られていたのかに気がついて、クレオは穴にでも入りたい気分になった。おそらくは独身最後の思い出に、こっそり花街に向かった人騒がせ王子とでも思われているに違いない。


「……それでも、礼くらい言わせてほしい」


「騎士として当然のことをしたまでです」


 なんとか声を絞り出したクレオに、憲兵は素気無くそう言った。

 仕方のないこととはいえ、言い訳もできないのが歯がゆくてたまらない。


「ここには鍛錬を見に来たとのことでしたが、王子も参加なさるのですか?」


「鍛錬というか……剣術を教えてもらおうかと思ってね」


 それを聞いた憲兵は、精悍な顔を歪ませて「はぁ」と微妙な返事をしたきり黙り込んでしまった。


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