15:らしくない男
「――さて」
扉が完全に閉じきってしまうのを見計い、ルーシーがおもむろに声をあげる。
「王子は出ていかれましたが、そこにいらっしゃる貴方様は、いったいこれからどうなさるおつもりで?」
ゴゾゴソと物音がしたと思うと、部屋の奥にある扉がガチャリと開いた。
きょろきょろ辺りを確認しながら顔を出したのは、ここにはいないはずの男――王子の従者ジークである。
「隠れるにしても場所を弁えていただかないと困ります。そこは風呂場ですよ」
虫けらを見るような目で見つめてやれば、違う、そんな意図はないとばかりに、ジークは激しく首を横に振るった。
「仕方ないじゃないか、ここくらいしか隠れる場所がないんだから!」
確かに王子の部屋にある物陰と言えば、ついたてかクローゼットの中くらいのものだ。ジークの巨体を隠すには、どちらも手狭と言わざるをえない。
ベッドという手がないでもないが、中身が異様に盛り上がっていれば不自然だし、天蓋を閉じるわけにもいかない。消去法で、部屋に隣接した風呂場を選ぶのはやむを得ない――と納得しかけて、ルーシーは自分の考えを打ち消した。まず前提が間違っている。
「そもそも、なぜ隠れなければならないのです。なにか王子に姿を見せられない理由でも?」
ルーシーに問われると、ジークは下唇を突き出して、ぷいっとそっぽを向いてしまう。言いたくないなら仕方がないが、大人げないにもほどがある。
ジークは確か、王妃の命令で王子の捜索にあたっていたはずだ。それが今朝がた不意に現れたと思ったら、クレオの隙を見計らいこうして部屋に入り込んできたのだ。
巨体を丸めて壁際をこそこそ移動していたが、じっとり見つめるルーシーと目が合って、慌てたように「シーッ!」と唇に指をあてた。だからルーシーも、あえて声もかけなかったのであるが。
「腐っても護衛騎士なら正々堂々、王子のお傍についていればいいでしょう」
「失礼だな、俺は腐ってなんかいないぞ!」
「口先だけならなんとでも」
表情こそ変わらないが、ルーシーの声に呆れたような響きが混ざっているのに気が付くと、ジークは面白くなさそうにますます下唇を突き出した。
「しかし、ジーク様がここにいらっしゃるということは、フィリップ殿下の捜索に何か進展がおありになったのですか」
「……殿下については、別な奴に引き継ぐことになった。後のことはそっちにまかせて、俺はここに戻れとのご命令だ」
「ということは、クレオ様はこのまま、王子としてお過ごしいただくということでよろしいのですね」
返事もせずに、ジークはむっつりと黙り込む。
彼の「クレオに姿を見せられない理由」とやらになんとなく察しがついて、ルーシーは「ほう」と小さく息を吐いた。
(何を今更……)
こんなことになるとは思わなかった、とは言わせない。
クレオを身代わりに仕立てあげた時から、こうなることは少なからず予測できたはずだ。
ジークが何を思ったところで、王子が戻ってこない限りこの現状は覆らない。
そんなこと、王妃が許すはずもない。
「承知いたしました。私は仕事に戻ります。ジーク様も、さっさと従者としての責務を果たされたほうがよろしいのでは」
「言われなくともそうするよ!」
小言は聞きたくないと言わんばかりに顔を歪めて、ジークはやっぱり辺りを気にしながら、こそこそ部屋を出て行った。
(まったく、らしくなったらありゃしない)
面の皮の厚い人たらしを自認するなら、それらしく振る舞うべきだ。
クレオが折れずに頑張っている以上、巻き込んでしまった張本人がくらだない罪悪感に負けていいはずなどないのだから。