14:修練場に行ってみよう!
「ところでルーシー、王子って鍛錬はしないものなの?」
「鍛錬……でございますか?」
紅茶を注ぐ手を一寸止めて、ルーシーがパチパチと目を瞬く。
本日最後の講義を終えて、今はのんびりお楽しみのティータイム。テーブルに置かれたケーキスタンドは焼きたてのお菓子でいっぱいだ。
今後のスケジュールに目を通していたクレオだったが、ふんわり漂う甘い香りに耐え切れず、スタンドのフィナンシェに手を伸ばす。
「だって、このカリキュラムには体術や剣術がどこにも入ってないじゃない」
弁論術、算術、幾何学、天文学、絵画、音楽、歴史に語学――座学は苦ではないといいつつも、こうして長らく椅子に座りっぱなしでは、どうにも体がなまってしまう。
身代り生活を始めばかりのころはピッタリであったはずのズボンが、心持ちきつくなってきたような気もする。
「そうですね。王子は昔から体を動かすのがお嫌いで、修練場には近寄ろうともしませんでしたから」
「なるほどねぇ」
ルーシーが用意してくれる、この焼き菓子も原因の一つだろう。
摘まんだフィナンシェに歯を立てる。表面はカリッとしていながら、中身はしっとり、もっちりとした楽しい食感。もぐもぐ口を動かせば、アーモンドと焦がしバターの豊かな香りが鼻を通り抜けていく。小麦もバターも市井に出回るそれとは段違いであることが、貧乏舌のクレオでさえもよくわかる。
勉強の疲れを癒そうとしてくれるルーシーの心遣いを無下にもできず、その美味しさも相まっていつもペロリと平らげてしまう。動かないで食べてばかりいれば、肉がつくのは必然だ。
「ご希望であれば、指南役をお手配いたしますが、いかがなさいますか」
「うーん……」
クレオは腕を組んで考え込んだ。
鍛錬ともなれば、大勢の男たちと一緒に行動することもあるだろう。そうなれば王子の正体がバレる危険性も増す。そう考えたから王妃もあえて入れなかったのかもしれない。とはいえ、このまま座学ばかりを続けていたら、スボンのボタンが弾け飛ぶ。
「その修練場に行ってみたいんだけど」
「今からでございますか?」
「うん、今から。みんながどんな鍛錬をつんでいるのか、試しに見てみたいんだ。指南役をつけるかどうかは、そのあとで決めるよ」
そろそろ空が茜色から群青色に塗り替わろうとするそんな時刻。もう遅いからと引き止められるかと思いきや、ルーシーは「わかりました」と存外あっさり頷いた。
「この時間であれば、まだ誰か残っているかもしれません。修練場はこの王宮を出てすぐに見える建物の中にございます。本当であれば護衛騎士をお付けになるべきなのですが……」
(護衛騎士ねぇ)
――安心しろ、俺がついてる。
(だから、なんであいつの顔が浮かぶんだ)
クレオはぶるんと首を振って、勢いよく席を立った。
「大丈夫! 場所もそう遠くないみたいだし。ちょっと見てみるだけだから、一人で行けるよ」
せっかく許可をもらえたのだ。ルーシーの気が変わらないうちに、早くここを出なければ。
「じゃあ、行ってきます!」
「いってらっしゃいませ」
きっちり一つにまとめ上げたお団子頭を深々と下げて、ルーシーがクレオを見送った。