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12:王宮生活

 王妃の言った通りだった。


 王子がすりかわっていることに全く誰にも気づかれることなく――それはそれで複雑な気持ちを抱えたまま――クレオの身代わり生活は早くも一週間が過ぎようとしている。


 パチリと目を開け、時計を見やればまだ六時。


 いつもであれば寝坊というべき時間なのだが、ここでの起床時間にはまだ早い。二度寝でもしようかと、クレオはふわふわの羽枕に顔を埋めた。


 枕を抱え、そのままゴロンと寝返りを打つ。スプリングの利いた、クレオが両手を広げても余るほど広いベッド。とてつもなく寝心地がいいはずなのに、我が家の硬い板のベッドがなぜだか無性に恋しくなる。


(花瓶に入れていたあのお花、萎れちゃったよね)


(戸締りはちゃんとしたはずだけど、泥棒なんて……入るわけないか)


(マーゴおばさん、どうしてるかな)


 人のいい彼女のことだ。いつまでたっても戻らないクレオのことを心配しているかもしれない。

 せめて何か、無事を伝える手段でもあれば……。


(って無理よね)


 言付けを頼めるとしたらジークくらいのものなのだが、その彼はあの王妃の部屋で別れたきりで、もうずっと姿を見ていない。


(……俺がついてるって言ったくせに)


 今もまだ、消えた王子を探しまわっているのだろうか。


 閉じた瞼の裏側に、とりとめのない映像が次々、次々、湧いてくる。


 硬いベッド。


 萎れた花。


 懐かしい木の扉。


 人懐っこいジークの笑顔――。


(あー、ダメよ、ダメダメ)


 なんとか気持ちを落ち着かせようと、クレオは顔に枕を押し当てたまま、あるはずもないものを探して、ナイトドレスの胸元を握りしめた。


(ペンダント……盗られたままだ)


 肌身離さずつけていた母の形見のペンダントは、あの日あのチンピラどもに給金と一緒に奪われたきりになっている。


 ロケットに填め込まれている白瑪瑙の龍の意匠と、瞳にあしらわれた紅い石。大切なものだから、誰にも見せてはいけないよ――そう祖母から言われていたものだから、価値は定かではないけれど、それなりに高価な物であったはずだ。


 憲兵に連れていかれたあのチンピラが、あの後どうなったのか知る由もないが、素直にあのペンダントを引き渡したとは思えない。のらりくらりと言い訳をして、自分のものにしていたとしてもおかしくない。

 釈放されれば、すぐにでも換金に走ることだろう。


 できるなら他の誰かの手に渡る前に取り戻したいところなのだが、今のクレオは王子の自室を出ることすらも叶ない。

 なにせ王妃の組んだ鬼のような王子育成カリキュラムとやらのおかげで、机から立ち上がることさえできないのだから。


(うじうじ考えていても仕方がない)


 ペンダントを探す手段ならいくらでもある。質に流れたのなら、買い戻せばいいだけの話だ。諦めなければいつかきっと見つかるだろう。

 今、大事なのは「王子」としてこの生活をいかに乗り切っていくか、それだけだ。王子の代役を務めあげ、無事にここを出られなければ、ペンダントを探すことだってできないのだから。


「っしゃあ、今日もいっちょやったるかぁ!」


 クレオは枕を放り出し、ガバッとベッドから飛び起きる。その声を聞きつけたのか、寝室の扉がトントンとノックされた。


「おはようございます、王子」


 やってきたのは王子付きの侍女である。ここへ連れてこられたばかりの頃、クレオの乳を鷲掴みにしたあの侍女だ。


「おはようルーシー!」


 寝すぎて固まった体をほぐすように、ぐいぐいと体を動かしながらクレオが応える。

 口調も仕草も気にするなと言われたからには、クレオとていつも通りに振る舞うまでと、態度もすっかり砕けたものだ。


 お付きの侍女は、今のところ彼女だけ。

 秘密を知る者は極力少ないほうがいいという王妃の采配だ。クレオとしても数多の侍女に囲まれるより、そちらのほうがやりやすい。


「今日もお元気そうでなによりでございます。さあ、さっそくお支度をいたしましょう」


 能面のような表情で、だが口ぶりだけは飄々と、ルーシーがクレオの背を押した。


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