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10:王妃の思惑

 声が、出ない。


 それに答えられるほど、フィリップのことをクレオは知らない。


(このままじゃ……)


 真っ白な頭の中にぐるぐると言葉は巡るが、そのどれもこれもが偽者で。やっぱり口は開けずに、ただ時だけが刻一刻と流れていく。

 いつまでも続くと思われた、息苦しいほどの沈黙。それを破ったのは――。


「いつから気付いておいでで?」


 何を、とは言わずともわかる。

 弾かれたように隣を見れば、観念したというよりは、随分とさっぱりとした表情で、ジークが王妃を見つめていた。


「はじめから。フィリップのお目付け役はあなた一人じゃなくてよ」


「……ルーシーのやつ」


「彼女を責めるのは筋違いというものよ。あの子には、王子に何かあったらすぐに知らせるよう言ってあるの。彼女は役目を果たしただけ」


「わかっております」


 ジークは口元に優しげな笑みを浮かべ……すぐにそれを引き締めた。

 そうして、背筋を伸ばし姿勢を正す。まるで、王妃の断罪を待つように。


「ジーク・アドキンス。護衛騎士の身でありながら、王子の出奔を許したばかりか、謁見に別人を立て王を欺こうとするなど、言語道断。逆賊として捕らえられても弁明の余地はありませんよ」


「覚悟のうえにございます。しかしながら、これは私の一存でしたこと。この娘にはなんの(とが)もありません。全ての非は私にあります。どうぞなんなりとご処分を」


「そ、そんな……」


 ――安心しろ、俺がついてる。


(確かにそうは言ったけど!)


 彼のしたことは王妃の言うとおり許されたことではない。でも、一番悪いのは日銭に目が眩んで手を貸してしまった自分なのだ。

 あの時、あんな誘いに乗りさえしなければ。なんとしてでも撥ねつけていれば。そうすれば、人のよさそうなこの男が罪に問われることもなかったのに。


(私が王子の真似事なんてしたから!)


 ジークとクレオ。

 目を細め、双方を眺めていた王妃は、そんな二人の様子に深く溜息を吐いた。


「六十点」


 艶やかな唇から滑り出たのは、いかにも不満気な声だった。


「ジークあなたね、ちょっとかまをかけられたくらいで、簡単に尻尾を出すものじゃないわ。それにそこのあなた、瞳がキョロキョロ動いて、動揺していることが手に取るようにわかります。仮にも王子(フィリップ)であるならば、もっとドーンと構えなさいな。でも、姿形はまさに生き写しね。立ち居振る舞いもなかなかのものだわ。けれど、ちょっと優雅さが足りないかしら。これからは、もっと貴族としての基本的なマナーを学ばなければね。それに……」


(一体何が……)


 混乱した頭では何が起こっているのかよくわからない。しかしそれは隣のジークも同様のようで、額を押さえ状況の整理に必死のようだ。


「あ、あの、王妃、王妃……?」


「え? ああ、なにかしらジーク」


「もしや王妃は、彼女に身代わりを続けろと?」


 何言ってんだこいつ――と思ったのも束の間。


「察しのいい子は嫌いじゃないわ」


 弧を描く妖しい紫瞳に射抜かれて、クレオはピシリと固まった。


「一体何をお考えなのです」


 ジークの眉間に深く皺が刻まれる。


「それをあなたが問いますか」


 ジークを見据える王妃の眼差しは、氷のように冷たいものだった。


「フィリップは現在、カサンドラ王女との婚約を控えた身です。王子の出奔が明らかになれば、式典の延期どころか、婚約そのものが危ぶまれることになるでしょう。婚約の解消、それすなわちクディチとの国交の危機に他なりません。あの国との同盟がリザヴェールにとってどんなに重要なものか、勿論わかっておりますわよね?」


 視線はクレオにも向けられる。


 軍事面はからっきしだが、商人の端くれとしては、クレオも王妃の言うことを少しは理解できるつもりだ。

 紅柘榴亭でもクディチの商品はたくさん扱っていた。しかし、それ以上に目玉となっていたのはクディチの商船からもたらされる舶来の品だ。陶芸品などの美術品はもとより、遠く東の海から渡ってきた奇妙なカラクリや、砂漠の国から産出された世にも不思議な燃える石など、一体に何に使うのかよくわからない奇妙な品が所狭しと置かれていた。


 世界中の珍しい品々がクディチ経由で手に入る。それはつまり、リザヴェールの鉱物がクディチを経由して世界中に行き渡るということでもある。


 現在クディチとの交易は定められた商会のみに許された限定的なものだが、婚約を期に大幅な規制解除が見込まれている。販路の拡大という意味でも、クディチとの同盟は喉から手が出るほど欲しいものに違いない。


「残念なことですが、有力貴族たちの中にはこの婚姻の重要性を理解せず、不服を申す者達が未だにいることも事実。フィリップ出奔にかこつけて何をか企まれても困るのです。あなたもそう思ったからこそ、危険を冒してこの娘を身代わりにたてたのでしょう?」


 おそらく図星であったのだろう。ジークは顔を顰めたまま、何も言わずに俯いた。


「王子の行き先の目途は立っているのですか?」


「いいえ、まだ」


「ならば急ぎなさい。この娘のためを思うなら、騒ぎを大きくしてはなりません。秘密裏に……一刻も早く連れ戻すのです。いいですね」


「……承知いたしました」


 ジークは席を立つと、胸に手を当て敬礼する。

 去り際クレオに小さく「すまん」とだけ呟いて、足早に部屋を出て行った。

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