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09:本音と建前

「いやぁ、さっきは驚いたよ! 素晴らしい、百点満点の答えだった」


「鍛えられていますから」


 今日この日ほどカミュに感謝したことはない。特訓の成果がまさに実を結んだ瞬間だ。

 脳内でカミュがぐっ、と親指を立てている。ありがとう……ありがとう……!!


(……でも)


 「王子」として模範解答ではあったけれど、「フィリップ」としてあの答えは本当に正解だったのだったのだろうか。

 フィリップの人となりは事前に少しだけレクチャーを受けていた。しかしどうにもその心内が掴めない。ジークの語る彼の姿は真の意味で「無私」なのだ。自分の意思が全くない。そんな人、本当にこの世にいるものだろうか。


(もしかして、そうふるまっていただけなのかも)


 その辺り、長年王子に使えているというこの男は一体どう考えているのだろう。


「君がこんなに出来るヤツだったとは。全くついてる。僥倖、僥倖!」


 その従者ジークはといえば、いかにも上機嫌といった様子でクレオの肩を組んでいる。


「離してください」


「そう固いこと言うなって。俺と君との仲だろぉ」


「そんな近しい関係になった覚えはありません」


 頬にかかる鬱陶しいアッシュブロンドを睨みつける。

 だがそこで、クレオはうっかり見てしまった。機嫌の良さそうに見えたその横顔が、ほんの少しだけ寂しそうに歪むのを。


「……あの言葉、できれば王子の口から聞きたかったな」


(心根を見せない王子に一番傷ついているのは、案外こいつなのかもしれないな)


 ジークの太い腕が首にのしかかって、重たくて仕方がない。それでもクレオは払いのけることもせず、ジークのされるがままになっていた。


 なにはともあれ、これにてクレオの任務は完了。

 首も繋がったことだし、いただくものをいただいて、さっさと我が家へ帰りたい。こんなところに長居は無用だ。


「お待ちください」


 背後から聞こえた女性の声。

 肩を組む二人が恐る恐る振り返れば、そこには一人の侍女が立っていた。


「フィリップ王子、ジーク様、王妃様がお呼びです」




***




(私はただ、家に帰りたいだけなのに)


 侍女が待合室を離れてから暫く経つ。

 暫くといってもほんの五分程度なのだが、それでもやたらと長く感じてしまう。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。


「……誰ですか、絶対バレないっていったの」


「いやまだバレたと決まったわけでは」


「王子失踪の罪を着せられて死なばもろともなんて、冗談じゃないですからね」


 きっと想像してしまったのだろう。ジークの横顔が情けなく歪んでいく。


「俺だってヤだよ! 頼むから、さっきみたいになんとかうまくやってくれよぉ」


「あれはまぐれみたいなもんなんですから、そんな簡単に言わないでください。ただの小娘に一体何を期待してるんですか」


 ジークは驚いたように眉をひそめ、パチパチと目を瞬てみせる。


「え……娘……?」


「こういう切羽詰ったときにボケるのって、本当にタチが悪いと思いますよ」


 ボケじゃなかったらなお悪い。たぶんこいつは、クレオの胸についているモノを未だにオデキと勘違いしているに違いなかった。


 その後もボソボソとジークに苛立ちと肘鉄をぶつけていたクレオだったが、ノックの音が聞こえ我に返る。

 そうだ、まだ終わっていない。自暴自棄になるにはまだ早い。


「お待たせいたしました。どうぞ、こちらへ」


 侍女に促され、廊下を少し歩いたところで、ある扉の前に止まる。

 侍女が扉のドアを叩くと、お入りなさいという艶やかな声が聞こえた。


「お入りくださいませ」


 扉が開かれ、部屋に足を踏み入れる。待っていたのは、涼しげな目をした気品漂う女性だった。


(この方が王妃様)


 オリヴィエ・サンクトゥス・リザヴェール殿下。

 先ほどは陛下のほうにばかり気取られてよく見ることも出来なかったが、目の前にいる王妃は「凛とした」という言葉がぴったりの美しい人である。


「お座りなさい。謁見をすませてお疲れでしょう。まずはお茶でも召し上がれ。あなたの好きなケーキも用意してあるのよ、うふふ」


 王妃は何故かとても上機嫌だ。椅子に座るクレオの様子をテーブルの向かい側からニコニコと眺めている。王曰く「ぼんやりしている」王子様が謁見の場で見せた姿がそんなに嬉しかったのだろうか。


「グリフィスがね、あなたをとても褒めていたわ。ようやく王族としての自覚が出てきたようだって。大臣達もきっとあなたを見直すことでしょう。わたくしも鼻が高かいわ。あのフィリップが本当に立派になって」


 もしかしたら、純粋に息子を労うために呼び出したのかもしれない。

 そう思うと再び罪悪感が胸に湧く。

 口元の歪みに気取られぬように、クレオはティーカップを口元に運んだ。ふんわりとハーブの香りが鼻をくすぐる。ソーサーの隣には真っ黒な木苺がぎっしり乗った綺麗なタルトが置かれていた。


「美味しそうでしょう?」


 クレオの視線に気がついたのか、王妃は笑みを深めると、ついとフォークを手にとった。

 ゆっくりとタルトの木苺に狙いを定める。


「この木苺、ボイセンベリーというらしいの。ブラックベリーを切らせていたらしくて、その代用品とのことだけど」


 プスリ、と刺さる銀の矛。


 串刺しになった木苺を、クレオの目の前でくるりとひっくりかえして見せる。


よく似ているから(・・・・・・・・)、言われないとわからないわよねぇ」


 何やら含みを持った言い方に、思わず王妃の方を見る。

 口元に笑みを湛え……だがしかし、その印象的な紫の瞳は、柔らかく細められているばかりで、ちっとも笑っていなかった。おそらく、そう最初から――。


 ゾワリ、と。全身の毛が総毛立つ。


「あなたが結婚に対して前向きになったのは、王妃としてとても喜ばしいことだわ。でも変ね。フィリップあなたこの間、わたくしに結婚はしたくない――なんて、こぼしていたと思ったのだけれど」


 王が問うのが「王族の建前」だとしたら、王妃が問うのは「王子の本音」。子を持つ母として当たり前のその問いに、代用品(クレオ)が何を言えるだろう。


「……一体どういう心境の変化かしら」

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