7.夢じゃなかった…。
ふわふわと意識が上昇していく。
暖かい布団の中、心地よい微睡みに後もう少し…なんて思ってしまう。
今日は日曜日だし予定は何もないからこのまま昼まで寝てしまおう…それで起きたらまずは…
「あ!ファジレンのBlu-ray!!」
「あぁ、起きましたか。良かった。」
「え?あれ?お、お爺さん…?ん?まだ夢?いや…ここ、僕の部屋…だよね?んん???」
まだ開封すらしていないファジレンBlu-rayboxの事を思い出し、慌てて飛び起きベットの上の定位置に置いてあった眼鏡を探している所で聞き覚えのある在り得ない声にその方向を見ると見慣れた自分の部屋に座っているぽっちゃりお爺さんと見覚えのない黒髪の美少年がいて頭が一気に混乱する。
お爺さんと僕の部屋を交互に見る。
見慣れた部屋の風景、その見慣れた部屋中央に置いてあるテーブルの脇には正座をして僕を穏やかな表情で見つめる夢の中で見た白いスーツを着たぽっちゃりとしたお爺さん、お爺さんの隣には黒髪の綺麗な赤い眼をした見た事の無い美少年もいて、目を見開いて僕を見ている。
いや、僕の方が驚きたいよ。
「…まだ夢の中に居るのかもしれない…そうだ、眼鏡を掛けてなくてもはっきり物が見えるんだし…うん、そうだ。きっとそう…」
「ここは夢の中ではありませんよ。」
目の前の状況から逃げる様に嗅ぎなれた自分の匂いがする布団へもう一度潜り込もうとするとお爺さんが穏やかな表情で僕を引き留める。
「まだ混乱していますね、まぁ仕方ないです。さて、時間があまり有りませんのでお話を進めます、よろしいかな?」
「え?は…はぁ…。」
「色々ドタバタしてしまい自己紹介が遅れてしまいましたが、改めまして私はこの世界の創造・管理をしているグラディアドと申します。この度は私共の手の届かない所に囚われていた黒竜を救いいただき大変感謝しています。」
そういい深々と頭を下げるお爺さんと黒髪の美少年。
思わず僕も布団を足元へ戻し、思わずベットの上で正座してしまう。
「いやっあの…あ、頭を上げてください…ん?世界?そうぞう??管理??」
「はい、そしてここは君の居た世界ではない異なる別世界になります。」
「ん??異なる???」
別世界?ってどういう事?
ファジレンが楽しみ過ぎてファジレンの設定に引きずられた夢を見てるのか??
ベットの上で頭を抱える僕の事を気にもせずお爺さんは話を進める。
「本来ならば、人は死ねばその世界の管理者の元へと還るのですが、丁度貴方の世界から魂の譲渡を行う転魂の儀をおこなっていまして…本来ならば在り得ないのですが君はその儀式の余波に巻き込まれて私の世界に迷い込んでしまった様なんです。」
「死ぬっ…って、そんな…僕は…あれ?荷物を受け取ってお風呂に入ってからそれから…あれ??」
飲み会から帰って煙草や香水臭い自分の身体を綺麗にしてからファジレンの開封の儀をしようとお風呂に入ってそれから…あの夢を見ていたんだ。
布団に入った記憶は…ない。
「君の死因は泥酔状態で湯舟に浸かり、そのまま寝てしまい溺死…だそうです。」
「でっ!?えっ!?ほっ本当に僕死んだんですか?!?」
何処からか光るガラス板を取り出し僕にそれを差し出す。
タブレットにしては薄く、只のガラス板の様に見えるその板に光文字が表示されている。
僕の生年月日や年齢、様々な情報がネットの某情報サイトの様に書かれている。
そして、その情報の中には享年・死亡原因と言う文字。
ここまでならば只のいたずら…だと思うのだが、ガラス板に映し出されているLIVEと表示されたリアルな動画がそれを許さない。
その映像には僕の部屋に警察が集まっており、TVドラマでよく見る現場検証の様な事が行われている。
玄関ではマンションの管理人の田代さんとアルハラでお馴染みの年下上司の木島さん…それぞれ青い顔をして警察の人と何かを話している。
ドッキリにしても余りにもリアルなその映像に血の気が引いてくる。
田代さんはふざけた事が嫌いなお爺さんだし、第一誰も気にしない冴えない男にドッキリを仕掛けても誰が笑うのだろうか。
そして日付、僕が帰ったのは金曜の深夜だったのに、月曜日の12時過ぎとなっている。
「その映像は君が居た世界の現在の様子です。もっと早くに気づければ魂を元に戻す事が出来たのですが、君を発見できたのが君が魂の力を使った後でしたので元に戻す事が出来ませんでした…。本当に申し訳ありません。」
「あの…これって…本当に夢じゃ…。」
「はい。これは現実です。」
「でも、この部屋…。」
「これは私も驚いていますが…この部屋は恐らく君が無意識下に創り出した見た目そっくりの空間です。元々は君たちの弱った魂を回復させる為の回復装置以外ありませんでした。けど、君を休ませ、この子を迎えに出て戻って来た時にはこの状態でしたので恐らく無意識に帰りたいという君の意思が魂の力と反応しこの状態に変化させたのでしょう。私は君の世界の事も知っていますが、ここまで細かく再現することはできません。」
「ぼ、僕が…?あ、Blu-raybox…」
1人用の小さなテーブルの上には昨日帰ってきて開けずに置いておいた段ボール箱が置いてある。
「じゃぁ…これも…僕の想像…。」
宅配ボックスから取り出した状態のままだった段ボール箱を持ち上げると最初に持った時と異なる軽い重さ…。
「軽い…そう…だよな…僕はこの中身をまだ見てないんだ…う…うぅ…!」
「だ、大丈夫ですか?あぁ、無理もないですよね…。」
お爺さんが優しく僕の背中を撫でてくれる、突きつけられた死亡宣告よりも発売発表から今日まで指折り数えて楽しみにしていたファジレンBlu-rayboxを一生見れないという事実の方が大きく絶望する。
「この為にどんなに嫌な事だって耐え来たのに…僕の唯一の楽しみ…出演者同窓会トーク…監督・脚本家の秘蔵映像と共に振り返る思い出トーク…蔵出し映像ぅうううう!!!」
他にも特典は様々あり、作中に登場するアテナが持つアクセアサリーと思い出のオルゴールやBGM集など入っている筈、だが手の中にある軽さが偽物だという現実を僕に突き付けられる。
…あぁ…最後まで僕は本当にツイてない…
「グラディアド様、どうにかならないのでしょうか。」
それまで静かに様子を見ていた黒髪の美少年が初めて口を開く。
僕なんかの為に懸命に訴えてくれるがこの子は一体…あの赤い眼…そういえばどこかで見た様な…
「こればかりは私にも…この世界の物ならば問題無いのですが、ここにある物はすべて彼の居た世界の物…私にはどうすることも…いや、待ってください。そうだ、兄様に掛け合ってみましょう。丁度報告がてら連絡を入れる所でしたし。」
そういって懐から紙と羽ペンを取り出すと何やら魔法陣の様なモノをすらすらと書き始めるお爺さん、それを不安そうにその紙を見つめている少年…サラサラストレートの長い綺麗な黒髪…赤い眼…白い肌…
(あ、そうかあの人に似ているんだ。)
僕の視線に気づいた少年が思い出したように僕の傍へと近寄り、片膝をついて頭を下げる…この綺麗な所作はやはりさっき見た光景とよく似ている。
「救世主殿、貴方の導きのお陰で罪なき幼き同胞を無事助け出すことができ、長きにわたり我らを苦しませ続けた悪しき呪縛から解放されました。感謝してもしきれません。」
「へっ?きゅ、救世主って??」
「力を少々使い過ぎた様でこの様な姿になってしまいましたが、先ほど封印の間にて助けて頂いたコクシュにございます。憎しみに飲まれたまま消滅を待つだけの私を慈悲の心でお救い頂き…まさに私の救世主…」
「そんな救世主だなんて…って、えっ!コクシュってあの黒い竜の??」
子供とは思えない程の穏やかな大人びた表情で笑う姿は大人の姿で僕の前に居たあの美しい姿を彷彿とさせる…やっぱり夢じゃないんだ…。
(彼も現実…という事は、あの美しいドラゴン…あの可愛らしいドラゴンは…現実に存在…する???)
「なんて…素晴らしい世界なんだ…。」
『ほぉ、素晴らしいと思えるかね。我が弟の世界は』
「ええ、とても素晴らしいです、夜であまり見えなかったですけど美しい景色…それに何と言ってもあんなに美しい竜が現実に生きている世界なんて、僕にとっては正に夢の様な世界…って、え?」
僕の小さな呟きを何処からか聞き覚えの無い低く威厳のある渋い声が聞こえてくる。
僕も思わず返答してしまったが…一体…
『はっはっは。そうか、そうか。転魂の儀に巻き込まれたと聞いたときは申し訳ない事をしたと思ったが、これなら大丈夫そうだな。弟よ。』
声のする方を見るとそこには小さなイケオジマッチョの小さな立体映像が紙の上に浮かび上がり、僕の方を腕を組み見ていた。
『さて、黒部結人…と言ったな。早速話を進めるぞ。』
「えっあの…はい。」
低く威厳のある渋い声の持ち主…小さなイケオジマッチョさんは明るく笑った後、急に真剣な表情へと変わる。
思わず僕もベットから降り失礼のない様に正座をし向き合う。
『お前、弟…グラディアドの創造したその世界に移魂する気はないか?』
「い、いこん…ですか?(な、なんだろう…いこんて)」
「魂の留まる世界を変えるという事です。元居た世界に魂を戻すのではなく、今いるこの世界の住人として転生し、その世界の輪廻に加わる事です。」
「転生…。」
『本来ならば我らの力を使わずに異界渡りをするなど在り得ぬ事。しかし、お前は巻き込まれたとは言え己の力のみでそれをやってのけた。私はこの世に偶然などないと思っている。故にお前がそちらの世界へ単身行ったのならばそこにお前の行く意味があるはずだと思っている。』
「は…はぁ。」
『まぁ、こちらの輪廻に戻りたくともお前ほどの弱い魂力ではこっちに戻す途中で空中分解してしまいそうだがな。まぁ一からやり直すのも悪くはないだろうがな。がっはっはっは。』
「く、空中分解!?い、一からって…。」
「兄様、彼が怯えてしまいます、お言葉には気を付けてください。」
『あぁ、すまんすまん。でだ。どうする。移魂するか?ん??』
「兄様、それでは脅している様に受け取られますよ。」
『ぅん?そうか?』
小さい立体映像だが迫力のある姿に緊張が更に高まってしまうがお爺さんが優しく僕の手を握り落ち着かせてくれている。
柔らかい手は他人のお爺さんの手なのにどこか懐かしかった。
そ、創造…ってことは創造主?僕の居た世界の…神様?????
「余り気を張らず、己の思う事を素直に言ってくださいね?」
「は…はい…あああああの…。」
もしかして、僕は凄い人たちに囲まれているのでは?!
『何を迷う事がある。先ほども弟の世界は素晴らしいと言っていたではないか。』
「えっ!あっ!は、ハイ…そう…なんですが…なんだか、も、申し訳ないなぁ…と思いまして…先ほど意味があるとおっしゃって下さりましたが…ぼ、僕に出来る事なんて何もないでしょうし…。」
「何を言っているのですか!もう既に救世主殿は私たちを助けて下さったではありませんか!」
「そ、それも…偶然…と、言いますか…確かに美しいドラゴンがあんな酷い目に合ってるのなんて見過ごしたくは無かったです…が、無意識…でしたし…その…あの…」
『煮え切らんな。はっきりせんか!』
イケオジマッチョからの圧が更に上がる。
「ひぃっ!す、すいません!そのっ…」
「落ち着いてください、大丈夫です。ゆっくり呼吸をしてください。」
あ…この感じ…死んだ田舎のばーちゃんと一緒なんだ…
(ゆーくん、大丈夫よ。ばぁばが一緒にいるかんね。)
懐かしい既視感をそのまなざしと手のに感じ、緊張が少しほぐれていくのが感じた。
「っ!…ふぅー…ふぅー…す、すいません…。」
「ふふ、ならばこういうのはどうですか?このまま永遠にドラゴン達の存在しない世界に戻るかドラゴン達の存在する世界に留まるか…どちらがいいですか?」
「それは勿論!ドラゴンの居る世界に決まってるじゃないですか!」
「ふふふ、だそうですよ。兄様。」
『うじうじと遠回りをする男だな…よし、言質は取った。これより移魂を正式なものとする為の作業に入る。弟よ準備は出来ているか?』
「兄様、作業に入る前に一つよろしいでしょうか?」
『ん?なんだ。正式な儀式にする為に時間が掛かる。余り時間は作れんぞ。我もそれほど暇ではない。』
「この部屋を幻ではなく現実の物としたいのですが…兄様の御力添えを頂きたいのです。」
『この部屋?ん?我が世界の一部にも見えるが…幻…という事はお前が創り出したのか。』
「いえ、彼が無意識に力を使い創り出したようです。ここは安らぎの間なんですよ、兄様。」
『安らぎの間だと!?なんと!神界において魂力を使うとな!はっは!無意識とは言えなんとも無茶をする!!』
「はい、そんな無茶をする彼の最後の願いを叶えてあげたいのです。兄様どうぞ無力な弟の願いを叶えて頂きたく…。」
「私からもお願い致します!」
『ほぉ?お前が失われしの最高傑作か。ふむ、確かに美しいな。』
「兄様。」
『いいではないか。私の世界にはもう存在せぬ貴重な竜種だ。眺めても罰は当たるまい。なんせ神だしな!罰を与える者もおるまい!がっはっはっは!しかし、そこは神界なのであろう?協力するのは構わんが転生後は戻ることは叶わぬぞ?』
「えぇ、兄様の力が加われば地上には持ち運ぶことは出来ません…ですが、まだ彼はここにいます。彼の悔いの残らぬ様にしてあげたいのです。」
『そうか。ならば助力しよう。なかなかに興味深い魂力の使い方も見せてもらったしな。弟を助けた礼と含め受け取るがいい。』
「ありがとうございます。兄様!」
イケオジマッチョは眩しい白い歯をにっかりと見せながらどこからか厳つい大きな杖を取り出し足元に突き刺した。
するとそこから光が溢れ部屋を侵食するように広がっていく。
光はすぐに収まり何事も無かった様に落ち着く。
『そのものを持ってこれないがコピーして同等の物にしてやったぞ。電気、水道、それにインターネットもついでに使える様にしてやったからな。』
何が変わったのかよくわからず、取り合えず目の前の段ボール箱を持ち上げるとさっきは軽かった段ボール箱がずっしりと重みを感じる、この重さは荷物を受け取った時と同じ重さに戻っていた。
「…!あ、あの…開けてみても…」
「えぇ、確かめてみてください。」
3人の視線を感じながらカッターを取り出して慎重に段ボールを開ける。
開封の儀の為に色々と準備したのだが興奮していた所為で全て吹っ飛び震える手で普通に段ボールの蓋を開ける。
「あ…あぁ…。」
段ボールの中の梱包材から薄っすら見えるイラストは発売発表時から何度も見たファジレン作中に出てきた武器を模したモノ…。それから特別特典の小さなオルゴールに白い四角い箱。
「ほん…ものです…本物の幻想戦隊ファジレンジャー…30周年記念Blu-raybox…です…。」
「あぁ、良かったねぇ。」
「良かったです…本当に。」
「ありがとうございます…ありがとうございますぅうううう…!」
梱包材に包まれたBlu-rayboxを抱きしめながら泣く僕にグラディアドさんとコクシュさんが暖かい言葉をくれる、久しく触れていなかった他者からの温かみに更に僕の涙腺は崩壊していく。
『ふむ、こんなものか。さて、黒部結人よ。これより我らは正式な手続きをせねばならぬ。しばしこの部屋で消耗した力を取り戻せ。あぁ、そうだ。食べ物や飲み物は我の世界の物という事でこの部屋にあるモノならば口にできるから最後の晩餐を楽しめ。神界の物を食べたら地上へ送り出すことは出来なくなるからな。この部屋のもの以外は口にするなよ?』
「わ、わかりまじだ…何から何まで…ぐすっ本当にありがとうございまじた…。」
『なに、気にする事はない。お前のお陰で弟の長年の悩みが一つ消えたのだ、これぐらい容易い事よ。では、もう会う事は無いが、達者でやれよ。』
「はいぃい!」
イケオジマッチョなグラディアドさんのお兄さん…僕が住んでいた世界の神様は白い歯を輝かせながら消えていった。
あんなに厳つい人だったんだなぁ…神様って。
「さて、私も急ぐとしましょう。兄様の仰った通り、兄様の力のお陰でこの部屋の中の物ならば飲食可能ですし、ゆっくりと魂の力を回復させてくださいね。それから、安らぎの間…いや、この部屋と言った方がいいでしょうね、ここからは決して出ないでください。ここより外は我々の領域になりますので。何かありましたら…そうですね、こちらを使ってください。握りしめて私の名前を呼べば私と連絡が取れます。」
そういって手の平サイズのガラス板をくれるグラディアドさん。
「何から何まで本当にありがとうございます。」
「ふふ、それではまた。準備が出来次第また迎えに来ますので。」
グラディアドさんが玄関へと向かうので僕もお見送りの為に立ち上がる。
「それでは、ゆっくり魂を休めてくださいね。」
グラディアドさんの笑顔が扉の向こうへ消え、コクシュさんと二人だけになってしまった。
さて、これからどうしよう。