6.解放された者~コクシュ視点~
身体が軽い、心が軽い。
視界に入る物全てが美しく見える。
たとえそれが己を縛り付けていた憎き場所だとしても…。
「神殿になっていたのか…。私が儀式を行った時は只の洞窟だったのだがな。」
里の為と死した後も脅威から里の者を守る為この身を捧げたが…何処からおかしくなったのか。
外へと繋がる扉の前に立つ。
大きな扉には見覚えのある封印の紋様。
「“里の繁栄を願い里に仇なす邪なるモノを封印”…か、おかしな話だ…本当に」
私の力は“悪しき力”から里を守るモノだというのに。
手を添えれば簡単に開く扉。
一体何から里を守っていたのか。
守っていたのは里か?それともー…
目の前に広がる光景に怒りを通り越し悲しみの感情が押し寄せる。
(救世主殿の慈悲が無ければ私はここで怒りを爆発させていただろうな…。)
神殿前の広場ではまるで神聖な儀式でも行うかの様に神官達が集っている。
完全武装している兵もいる。自分が生きていた時代よりも強化されている様だ。
更には何かに憑りつかれた様に恐ろしい形相で集まる人々の手には松明、武器を持つ者もいる。
その武器で一体何を攻撃しているというのだろうか。
人だかりの中心には石柱に括りつけられた目隠しをされ傷だらけになった男が二人。
その柱から伝う縄に括られた私と同じ黒い鱗を持つ小さなドラゴン。
その小さな体には無数の弓矢が刺さっている。
滴る赤い血はその真下に置かれた銀のツボへと落ちている。
(…やはり目的はソレか…なんとも悪趣味な。)
そしてそのボロボロな姿の者達を囲いまるで祭りの様に興奮する里の民。
悍ましい光景に我を忘れ暴れたくなる気持ちを抑え、救世主殿の願いを叶えるべく一歩を踏み出す。
外に出てすぐに入口を守っていた門番の男が私の事に気が付き、驚いた表情でこちらを見ている。
(これは…大いなる主様の御力のお陰か。)
魂だけの存在ならば魂の力を見る能力がある者にしか私の姿は見えないはずだが、その力を持たない者でも私の姿を見る事が出来るらしい。
「な…き、貴様何者!?一体どこから…。」
「なんとも悍ましい光景だと思わないか?」
「は?何を言って…邪竜封印の儀だぞ?悍ましくなどあるか!これで里は…この世界は“黒の脅威”から救われるのだぞ!神聖なる光景だ!」
「…そうか。」
直ぐ近くに居た男は幼い同胞を殺すこの儀式に何の疑問も持たない様だ。
私の知っている心優しき神竜の里の民は…もういないのかもしれない。
「お、おい!止まれ!」
男の言葉を無視して儀式の行われている中央へ進む。
異変に気付いた者達が私を止めようとするも私の力を感知したのか、間合いを取っている。
「良い判断だ。」
高揚していた民も何事かと騒めきだす。
その騒めきを無視して足を進めると周りの者よりも強い赤い魔力を放つ男。
「貴様。神聖なる儀式を遮るなど…何者だ、名を名乗れ。」
赤い力を持つ男が目の前に立ちはだかる。
朱と黄金の鎧、かつて我が弟が身に着けていた鎧と同じモノ。
そして私に呪詛を掛けた憎き男と同じ鎧でもある。
(薄いが“黒”の力を感じる…なるほど、この男が…。)
幼竜以外の者からは感じ取れない筈の“魔力色”が薄っすら目の前の男の中から感じ取れる。
なのに素知らぬ顔で私に剣を向けるとはあまりにも滑稽な姿だ。
「おかしな話だ。ふふ、私の事はお前たちが一番良く知っているのではないか?神聖な儀式などとよくも言えたものだ。私には私利私欲の為の幼子を手に掛ける蛮行にしか見えない。」
「なっ!神聖な儀式を蛮行だと!?侮辱するのか!…いや…まさか…貴様は…!」
背中から翼を出せばその色に驚き顔色を変える赤の男。
「…もはやこの里を守る意味などもう私には無い。返してもらうぞ、同胞の運命を。」
「封印されし…邪竜…っ!と、捕らえよ!この者は悪しき竜の力を奪いに来た悪しき使徒だ!!」
「奪う?悪しき使徒?我らから“奪った”のはお前の方ではないのか?私の正体を知る者よ。」
「っ…!黙れ!」
男の剣が私に向かうが張り合うつもりは毛頭ない。
見覚えのある剣に懐かしさを覚えるも、哀れさに涙が出そうになる。
(剣と鎧、どちらも引き継がれているのにこのありさまか…にしても、随分とお粗末な剣技だな、力はあれど技がないさらに加えて心も無い。このままでは剣が可哀想だ。)
これ以上弟の愛剣を悲しませない為に剣を壊してやろう。
この位ならばあのお方も許して下さるだろう。
「なっ…!代々受け継がれてきた聖剣がっ!」
振り下ろされた剣を受けとめると粉々になる剣。
本来の使い方が出来る持ち主が持っていればこんなに粉々になる事は無い筈だ。
使い方すら伝わっていなかったのか。
砕けた剣の破片はどこか嬉しそうに煌めいている…お前も苦痛だったのだな…。
「良かったな、これでもう誤った使い方をされる事もない。」
「なっなっ…!貴様…!!!」
粉々になった聖剣を見て悲鳴を上げる者、怒りをあらわにする者、怯える者、絶望する者…。
あぁ、本当に何処で道が逸れてしまったのか。
優しかった我が弟よ…お前の想いまで穢されてしまうとは…。
そうか…私の行いの所為か…ならば私の手で終わらせる義務がある。
「早くこの愚かな呪縛から解放してあげなければ。」
私を捕えようと衛兵が周囲を囲うも実力差を理解しているのか一定距離を空けている為、難なく目的の場所へ着く。
「さぁ、もう大丈夫だ。」
痛ましく縛り揚げられ傷つけられたその小さな体を解放すると、気が付いたのか小さく鳴く幼竜。
その声は親を求める悲しき声だった。
視線の先には石柱に縛られる男二人。ピクリとも動いていないがまだ息はあるようだ。
「あれらはお前の両親か?」
「キュゥ…」
小さな手が二人に向かい伸びている。
「そうか…ならば彼らも助けよう。」
魔力で石柱を破壊し、捕らえられていた二人を助け出す。
「まだ間に合いそうだ…安心しなさい、もう大丈夫だ。…しかし、私より大柄な男と私と同じ位の男か、ふむ二人をこの姿で抱えるのは大変だな。」
ドラゴンの姿になり、三人を手の平に収めると騒めいていた周囲が凍り付いたように静かになる。気にせず三人の様子を見ると、どれだけの攻撃を民から受けたのだろうか、生命力・魔力の尽きかけている。特にガタイの良い獅子の様な金色の髪をした男は一番酷いもので、今にもその命が尽きようとしている。早急に三人に回復魔法を掛ける。が奪われる魔力量に慌てて微調整を行う。
(っ…思ったよりも酷い状態だ…早急にこの場を去らなければ私の力が先に尽きてしまいそうだ。)
幼竜だけならば問題は無かったが、成人した大人の神竜族の男を二人回復させるとなると相当な力が必要となる。ましてや瀕死の状態など…。
生前ならまだしも、今の状態では空を飛ぶ力しか残らなくなってしまった。
「こ…ここは…。」
「目が覚めたか、もう大丈夫だ。」
「黒いドラゴン…。」
「キュァキュア」
「なんと…!」
早急に空へと飛ぼうと翼を広げた所で手の中で誰かが動く感触がする。
金色の髪の男よりも軽傷だった水色の長い髪を持つ男が先に目を覚まし驚いた様子で私を見上げている。
幼竜もちゃんと喋れる程体力を取り戻した様で懸命に両親に説明している。
それが通じたのか私の顔を見た後、私の手の隙間から下の様子を見て怒り、そして悲しむ男。
「やはり彼らの狙いは…恐れていたことが…しかし、どういう事だ…この子の言うよう貴方は本当に神殿から来たのですか?」
男が不思議そうな表情でこちらをうかがう。
「私は救世主殿の願いを叶える為、我が同胞をこの呪縛から助ける為、ここに居る。あぁ…下が鬱陶しくなってきたな。」
視界にちらほらと炎やら雷やら氷やらが飛んでいるのが見える。私を攻撃しているのだろうが、私には一つも当たらない。
恐らくあの御方の御力だろう。今の私では結界すら張る程の余力はもう無いのだから。
「貴殿らに問う。このままこの里に留まるか、私と共に幼竜の安寧の地へと向かうか。どちらか一つを選べ。」
「この子の…安寧…」
「あぁ、少なくともこの場所は…もう我らの安寧の地ではなくなった…どこで道を違えたか…」
水色の髪の男が子竜を優しく抱きしめる。
その姿だけでもう答えは分かった。
「この子の為に、里を出ます。どうか…どうかこの子の為の安寧を…。」
「良かった。」
この子の味方がいて安心した。
すぐ下で怒号が飛び交うが気にせず夜空へと翼を羽ばたかせる。
その反動で里の明かりは消え、月と星の輝きだけが目に入る。
地平線の色が赤く染まり始め明らみ始める、もう少ししたら陽が昇るのだろう。
暗闇に差し込め始めた輝く赤い光に偽物の赤ではなく本物の赤を思い出す。
(…あのお方は私を待っている者がいると仰っていたが…まさか…な。いや、まずは今果たさねばならぬ使命の為、動かねば。)
「行こう、約束のかの地へ…。」
向かうは遥か彼方、大いなる主様が最初に創ったと言われる聖なる山へ。




