3.至高の生き物
「こ、ここは…」
真っ暗の中落ちると言う恐怖に軽く意識を失っていたのかそれともこれが夢だからなのか、落下後の衝撃を受けることなく、真っ暗闇の中倒れていた。
目が見えないと言う訳ではない分かるのは、大小赤い光がちらほら見えるからだ。
「クオォー…クオオォー…」
「この声…近い?」
さっきまで遠くで聞こえていた声がより近くに聞こえ近づこうと、立ち上がり一歩踏み出した所で大きな何かに躓いた。
「ったー…なんだ…?石…いや、鉄…?」
何に躓いたんだろうと、足元に落ちて居たモノに触れたとたん石の様な鉄の様な冷たく固い感触は消え、辺りが薄っすら明るくなった。
「…これは…鎖?」
少し明るくなったことでぼんやりと床に落ちていた物が見えた。
鎖、と言っても僕が両手を広げたくらいの大き過ぎるソレはもはや鉄の置物と言ってもいいかもしれない。
幾つにも輪が繋がっていなけれ鎖とは思わなかっただろう。
そして僕の目の前にある所だけ不自然に鎖の輪が一つ無い。
さっき触った物がこの鎖だったのか確認する為に近くの鎖に触れてみる…すると鉄の感触を感じた後すぐに鎖はさっきと同じように消えてしまった。
そしてさっきと同じように少しだけ明るくなった気がした。
「このまま消していけば明かりが戻る…のかな?不思議な鎖…。」
早速、視界に入る鎖にどんどん触れていく。
消していくうちに終点が見えた。
「あの赤い光…この鎖を抑えてるモノだったんだ」
僕の身長…と言っても160ちょいよりも大きい赤い水晶の様な綺麗な石。
恐る恐る触ってみると僕が触れた所からヒビが入り一気に全体にヒビが入ったと思ったら粉々に砕け散ってしまった。
「わっ!ど、どうしよう!壊しちゃった!!べ、弁償しなきゃ…だよね…けど、一体誰に…?いやいや、これは僕の夢だし…大丈夫…か…?」
高価そうな大きな水晶を壊したことで一人焦っていたら、少し離れた所に一筋の光が差し込んでいるのが分かった。
そして思わず叫びそうになる。
そこには大きな鎖で四体を絞められた巨大なブラックドラゴンがいた。
さっき見た小さなドラゴンが幼体ならばこっちは成体…もしくは完全体だろうか。
光が差し込んだ事に気づいたのかドラゴンが天を仰いで小さく唸る。
「クオォーン…」
「あっ!…あの声の持ち主はあのドラゴンだったんだ。」
一筋の光の下で天に向かい声を出すドラゴンの姿は今まで創作物で見てきたどのドラゴンより神々しく儚く美しかった。
「あぁ…あぁ…なんて美しい…最高の夢じゃないか…僕の夢。」
美しいその黒い姿を見ていたら自然と涙も溢れ出る。
思わず拝みながらこんなに素晴らしい映像を見せてくれた僕の夢に感謝した。
黒い鱗に赤い瞳、さっき見た小さなドラゴンとは瞳の色は違えど、甲乙つけがたい美しさだ。
「…う~ん、やっぱ邪魔だなぁ…あの鎖。」
大きな鎖も巨大なドラゴンの前には普通の鎖に見えるが、その鎖がドラゴンの手足の自由を奪い、翼を縛り付け、ドラゴンの美しく伸びた首にも醜く巻き付いている。
もしかしたら何かを守る為に封印されているのかもしれない…と、一瞬思ったが、僕の直感なのか、ブラックドラゴンという最大の僕の推しへの愛なのか分からないが「それは絶対に無い」と、思った。
ならばやることはただ一つ。
大分明るくなったこの空間にはさっき消した赤い水晶と同じものが4本あった。
ドラゴンを囲うように立っている赤い水晶からは先ほどと同じく巨大な鎖が伸びていてドラゴンへと巻き付いている。
善は急げと、一番近くの赤い水晶の元へ行き、ブラックドラゴンを苦しめる悪しき鎖を消す為、赤い水晶に触れる。
1本、2本、3本と順調に破壊し、残るはブラックドラゴンの首を縛り付けている鎖だけになった。
「はぁ…あ、後…1本…。」
夢の中の筈なのに猛烈に襲ってくる倦怠感。
まるで自分の限界までマラソンをしたかの様なダルさと息苦しさ。
そしてなぜか薄くなっている僕の身体。
「ゆ、夢ってこんなにリアルなのかなぁ…でも、リアルならあのドラゴンもリアルなんだよなぁ…ふ、ふふ…泣き言なんて言ってられないっ!あの美しいブラックドラゴンの穢れ無き姿を見るんだ!僕!!がんばれ!」
重たい足を引きずりながら最後の1本へと辿り着き、触れて目的を達成させた。
「やった!全部鎖が消えた!」
全ての鎖が消えたお陰なのか美しいブラックドラゴンのお陰なのか、明るいを通り越して眩しい世界。
その眩しい世界で雄々しく麗しくその翼を広げるブラックドラゴンの姿に僕は唯々感動するしかなかった。
「あぁ…やっぱ美しい…もっと…近くで見…たいな…けど…身体がもう…動かないや…」
夢とは言え、今までに感じた事の無い身体の重さに何となく死のイメージが湧いてくる。
これで僕は死ぬのかもしれない…夢だけど。
けど、これが僕の最後の光景なのだとしたら推しを拝んで死ねるという最高のシチュエーションではないか。
「推しの美しい…姿が…最後に…見れるなんて…なんて…幸せ…なんだろう…」
涙でぼやける視界、現実では絶対にありえない最後までブラックドラゴンの美しい姿を見ていられる最高の最後を僕は迎えようとしていた…
「しっかりして下さい!あぁ、なんという事でしょう…まさかこんなことになっていたとは…今、力を少し分けます!」
幸せの光景から一転、どアップの知らないぽっちゃりした優しそうなお爺さんの顔が視界いっぱいに広がった。
「いや!流石にそれは無いだろ!」