1.おかしな夢
僕はごく普通のサラリーマンだった。
ただ、人より人付き合いが苦手で40手前で親しい友人も恋人も居ない傍から見れば寂しい男に見えたかもしれない、だが、僕には好きなモノがあった。
そのお陰で寂しいとか、侘しい…と思ったことは無い。
特撮、子供向けに作られた番組。
そのお陰で僕の人生は最高に潤っていた。
どんなに仕事で辛いことがあっても、大好きな特撮がればそれだけでよかった。
そしてその特撮のお陰で出来た僕の人生の推し、この二つのお陰で楽しい日々だった。
特にその日は僕にとって最良の日だった。
僕が特撮にハマるきっかけになった子供の頃に放映していた戦隊作品、その作品の30周年の記念に特別販売されたBlu-raybox、その発売日。
どんなに会社で嫌なことがあっても、年下の上司からのアルハラを受けてもそんな事全てがどうでもいいと思える程の最高の時を僕を迎えるべく、届いた荷物を開封する前に身を清める為、僕は熱い湯舟に入った。しかも、いつもは入れない入浴剤も入れて。
しかし、そこから僕の記憶は曖昧になっていった。
気付いたら神殿のような場所に一人立っていた。
あぁ、夢なんだ…これは。
と思った次の瞬間、目の前に居たモノを見て衝撃を受ける。
「えっ…小さい…黒いドラゴン?!」
大理石の台に小さなドラゴンが寝ている。
その姿は愛らしく、その鱗は宝石の様に美しい漆黒…
「なんて…素晴らしいんだ…僕の理想が今…目の前に…!!」
そう、僕の人生の最推し…それはドラゴンだ。
大好な特撮のお陰で知ったファンタジー界の王者。
しかも、ドラゴンの中でも一番カッコいいと思っている黒い色のドラゴンが目の前に!こんなに美しい生き物を見れるなんてありがとう!僕の夢!
心の中で自分自身に賛辞を送りながら目の前の置物の様に動かない小さなドラゴンを良く観察した。ゆっくりと肺のあたりが動いているから寝ているだけなのだろう。
夢なんだし…と、恐る恐るその身体に触れてみる。
「トカゲ…とはまた違うな…あぁ、すべすべしていて触り心地最高…。」
撫でてると小さな体がピクリと動き、閉じられていた瞼が静かに開いていく。
「わぁ…綺麗な金色の瞳…本当にこれは世界の最高傑作では??」
「ギュァ!」
「うわっ!」
起きたドラゴンに見惚れていると僕の姿に驚いたのか撫でていた僕の左手をそのドラゴンに噛まれてしまった。
が、痛みは来ず、ドラゴンも噛んだ感触がなかったのか目を見開いて僕を見た後、怯えるようにあとずさりをしてしまう。
「あぁ、怯えさせてごめんねぇ…って、僕が見えてるの?」
「キュァ…キュアァ…」
驚かせてしまった事を申し訳なく思いつつ、怯えるドラゴンを宥めようとしているといつの間にか鎧を着た人達に囲まれている事に気づく。
「えっ?!あのっ、こ、これはその…」
夢だけど言い訳をしていると僕を囲んでいる人達は僕に気づかないまま何か慌てている様だ。
「口が動いてるけど…声が聞こえない…なんだ?これ…」
向こうには僕が見えていない様だが、何となく慌てている人達の邪魔にならない様一歩下がると一人冷静な男が手刀で小さなドラゴンの首の後ろを叩き気絶させた。
そのまま誰かに指示を出し、周りも慌ててドラゴンに手を翳し何かを唱え始める。すると淡い黄色の光がドラゴンを包む。
続いて赤いローブを着て金糸で模様を描かれた白い布で顔を隠した人たちが4人ドラゴンを囲み同じ様に手を翳すと見る見るうちに淡いピンク色の檻が小さなドラゴンを囲ってしまった。
更に冷静な男が周りに指示を出し、6人掛かりでその檻を担ぎそのまま部屋を出て行ってしまった。
「…あぁ…いっちゃった…なんだったんだ…?」
夢…だからなのか、傍観者視点の夢にしては小さなドラゴンは僕に気付いていたみたいだけど、他の人は僕の存在すら気付いている様子もなかった。
こちらの声も聞こえてないみたいだし、僕もドラゴン以外の声は聞こえない。
ドラゴンに噛まれたが痛みも無い。
ふと、ドラゴンに噛まれた左手を見ると左手の指が半透明になっていた。
「なんだ?これ。あの子に噛まれた…から??」
変な夢だなぁ…。
なんて思っていると今度は部屋の奥、ドラゴンを連れて行った人達とは逆の方から誰かの唸りにも似た悲しい声が聞こえてきた。
連れ去られたドラゴンも気になるが、追いかけようにも見えない壁に遮られている様で先に行けない為、取り合えず声のする方へ向かってみる事にした。