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最終話

 ユーリの意識が戻ったとき、目の前に広がっていたのは漆黒の宇宙でも青く光る地球でもなく、真っ白な世界だった。

 一瞬、ここは天国なのかと思ったが、次の瞬間襲いかかる衝撃でそうでないことを知る。


「ユーリ!」

 ユーリに飛びついてきた妻はベッドの上に座るユーリの膝の上で泣いている。そんな彼女の頭を撫でているとようやく自分は生きて地球に帰還したのだと実感した。


「ヴァレンチナ……」

 しかし、自分はどうやって戻ったのだろう。確か、高度百キロまで到達して司令室との通信が切れて、それで……。


「痛つっ……」

 こめかみのあたりに鋭い痛みを覚えた。念のために痛みのあったあたりを撫でてみるが、それ以上の痛みは感じられないし、傷などもなかった。


「ようやくお目覚めか、英雄」

 そんな声に目をやると、病室の入り口に人影が見えた。その人物の名をユーリは呼んだ。


「ゲルマン! 無事だったのか!」

 喜色を浮かべるユーリに当のゲルマンは病室の入り口にもたれかかりながらおかしそうにくっくと笑う。


「何がそんなにおかしい?」

「何がって……俺よりもお前の方がよっぽど重症だったんだぞ?」

 そう笑うゲルマンは片手に松葉杖を持ち、もう片手は吊り下げている。どう見ても重傷だ。


「お前……今日が何日かわかって言ってるのか?」

「なんだって……?」

「今日は四月二十七日だ」

「そ……そんなバカな……! おれは二週間も寝ていたのか?」


 だとすると、ヴァレンチナのこの取り乱しようも理解できる。ユーリは本当に二週間眠っていたのだ。


「正確には病院ここに収容されてからは一週間弱だ。お前が見つかったのは今から一週間前の二十日、シベリアでだ」

 そう説明してくれたのはゲルマンの後ろに立っているコマンダーだ。


「シベリア……? どうしてそんなところに?」

 コマンダーは彼の権限で語れるところまでを語ってくれた。といっても、軍でもわかっていないことだらけらしい。


「本来の計画であれば念話が切れたあと、四十分ほどで念話は回復するはずだった。しかし一時間経っても念話は回復しなかった」

 司令部は総力を挙げてユーリの行方を捜した。このミッションはおそらく米帝も補足している。そんな中、対象を見失ったとあっては帝国空軍の恥だ。


 しかしそんな必死の捜索にもかかわらず、ユーリの行方は知れず、四時間後、捜索は打ち切られた。

 帝国空軍はこの件に関して何も公表はしなかった。現場――司令部やコマンダー、技術者達、そしてゲルマンの猛抗議にもかかわらずユーリの偉業はなかったことにされたのだ。

 水も空気もない宇宙空間で人間が生きることはできない。捜索が打ち切られ、ユーリの生存は絶望視された。


 事態が大きく動いたのはそれから十日後の四月二十二日のことである。

 遡ること二日前、二十日にシベリアで発見されたボロボロの軍服姿の男がユーリであると判明したのだ。


「念話の接続が切れてからシベリアで発見されるまでの君の足取りはこちらでは掴めていない。君の副脳に収められているデータも調べたが、何も残されていなかった。ユーリ中佐、一体、何が起こったのだ?」


 どうして帰ってこられたのか、とは聞かなかった。ヴァレンチナのいる場所でそれを口にしないくらいの分別はあったようだ。


「…………」

 コマンダーの問いにユーリは目を閉じて考える。膝の上では今もヴァレンチナが泣いており、その頭をゆっくりさすってやった。


「おれにも……自分にもよくわからないんです。念話が切れたあと、この景色を目に焼き付けようとして……それで……」

 時折やってくる鋭い頭の痛みを堪えながらあの時のことを思い出そうとしても何も思い出せない。高度百キロの宇宙空間から自分はどうやって帰還したのか。


 結局、ロシア空軍はその真相を解明することはできず、二日後の聖暦一九六一年四月二十九日、統一ロシア帝国は人類最初の宇宙飛行を成功させたと公式に発表した。アメリカ連合王国が有人宇宙飛行を成功させるわずか一週間前のことだった。


 ユーリの帰還から三ヶ月あまり経った八月七日、ゲルマンが有人宇宙飛行を成功させた。彼は一日後の八月八日に帰還し、帝国で初めて管理された状態で宇宙から帰還した人物となった。

 ユーリはその後、人類初の宇宙飛行師として世界をまわり、未来と魔法の可能性について論じている。




 ――うん。問題なく記憶は消せたみたいだね。めでたしめでたし。

 ――めでたし……ではないわ! お主、あの者が腰につけていた魔法装具マジックアイテムを見落としておったじゃろう!


 ――え? そんなのあったっけ?

 ――彼のものの腰につけてあった四個の箱の中身は複製された脳じゃった。そこには我らの存在を証明する記録が山のようにあったぞ。改竄するのに骨を折ったワイ。


 ――で、でもちゃんと記憶は消せたんでしょ? だったら問題ないよね? ね?

 ――ダメだこれは。まったく反省しておらんようでござるな。やはりことの顛末をあの方に報告してきっちりお説教してもらわねばならぬでござる。


 ――えぇ!? それはそれだけは勘弁してよぉ! お願い、もうしないから許して! ああっ、待ってよぉ……!


 ……………………

 …………

 ……


 ――地球人類よ、そなたらが自力でこの星の海に漕ぎだしたとき、われらは再び姿を現そう。その時歓迎するか、敵対するかはすべてそなたら次第だがな。


 その日、地球近傍を多くの巨大な超生命体が通過していったが、当時の人類の魔法技術でそれを探知することはできず、また、宇宙のいかなる記憶にも残っていない。


 それから数百年ののち、太陽系全域に居住権を広げた人間、エルフ、ドワーフ、魔族、竜人、その他多人種から構成される“地球人類”が恒星間宇宙へと足を伸ばしたとき、新しい世界が開かれるのだが、それはまた別の物語。


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