【file1】本当は怖いココミック星人
子種をくださいまし
レジーナさんが部屋に入って来た。
『はぁい、ルパートさん。またお会い出来て嬉しいですわ』
ゴージャスなブロンドヘアーを揺らして、笑顔が食虫植物のように眩しい。
ソファーに座り紅茶を楽しんでいた私は立ち上がると、恭しく、しかし親しみも充分に込めて、一礼した。
「地球はどうですか? 楽しんでらっしゃいますか?」
私が聞くと、レジーナさんは嘘を微塵も感じさせない毒花のように笑い、気持ちのいい声で、答えた。
『ええ! 地球の皆様って、とってもお優しくて、私、とっても楽しく過ごしていますのよ!』
「それはよかった」
私は安心した声を出し、微笑む。
「その地球のドレスもよく似合っていますよ」
お世辞である。
セクシーな白いナイトドレスが似合っているのは本当だ。しかし、その下に相変わらず穿いている真っ黒な、派手に膨らんだ提灯ブルマーみたいな半ズボンはどうしても見慣れない。
ココミック星人は誰もがこの奇妙なズボンを穿いている。きっと彼女らにとっては当たり前のファッションなのだろう。地球人にとってのスカートのようなものなのだ、きっと。
ドレス姿を褒められたレジーナ・ド・メッチャ・ココミックさんは照れ臭そうに身をくねらすと、私のすぐ前まで歩み寄って来た。
『今夜はよろしくお願いいたしますね』
「私のほうこそ」
私の顔は期待と恥ずかしさで赤くなっていたかもしれない。
「あなたのお相手に選ばれて……心から光栄です」
ああ……。ココミック星人よ、私は心から貴女たちを歓迎する。
私だけではない。地球に一方的な要求を突きつけにやって来た彼女らを、今や地球人の誰もが歓迎していた。
ココミック星人が地球にやって来た時、誰もが侵略者だと警戒した。
アダムスキー型の飛行物体が世界各地に一斉に降り立った時、私は大半の人と同様、テレビでその様子を見ていた。歴史に残る人類初の未知との遭遇は、まず全人類に不安と恐怖と興奮を与えたが、それはすぐに陶酔と大興奮に変わった。
ココミック星人はすべて女性だった。しかも皆美しい。顔つきは様々だが、一様にほっそりとしていて、胸は小さめだが、無表情で、それがしかしエキゾチックな魅力をビームのように放出しており、老若男女問わず我々は、その美しさに一瞬にして心奪われ、その心を許してしまった。
彼女達は友好的だった。地球にやって来た目的は子種を貰いに来たとのこと。ココミック星は現在その人口の100%が女性なのだと言った。ある食品添加物が遺伝子に影響を与え、気づいた時には産まれて来るのがすべて女の子になっており、やがて男性は絶滅したのだそうだ。そこで彼女らは子孫を作るため、4年に1度、知的生命体の存在する惑星を訪れ、子作りをしているのだという。
彼女達全員が美しいわけだ。ココミック星からよりすぐられた、優れた遺伝子をもつ、いわば美の代表選手だったのだから。
地球からは元気のよい、性格的にも問題のない、容姿にもおかしなところのない、そして家柄のよい男を提供するよう、彼女達は要求した。
名家に産まれててよかった。私は親に感謝した。
レジーナさんは私と見つめ合い、その瞳を潤ませた。
恐ろしいくらいに美しい。
とはいえ、シーナ女王と比べれば親しみやすい。だがそれがいい。
日本に降りた飛行物体にはココミック星の女王、シーナ・ド・ココミック星人が乗っていたが、テレビ画面で見てもあの美しさは桁外れだった。あれはヤバい。あれほど人間離れして美しいと、かえって恐怖すら覚えてしまう。レジーナはそこまででもない。レジーナぐらいがちょうどいい。シーナ女王では私はもったいなさすぎると気圧されてしまうのでダメだ。
私は手を伸ばすと、レジーナさんの頬に触れる。
彼女は私の手に細い指を重ねると、嬉しそうにゆっくりと目を瞑った。
今夜の彼女は明らかにおめかしをしている。
しかしそれでも唇はいつものままだった。何もつけていない。
それがかえって私をうっとりとさせた。ルージュより美しいピンク色の唇。そこに私は自分の唇を近づけて行く。
びっくりしたようにレジーナさんが目を開けた。
『なっ……! おやめください!』
身を後ろに思い切り引いた。
『何をするのです? 汚い!』
私は激しくショックを受けたが、気を取り直した。ココミック星にはもしかしたらキスという行為が存在しないのかもしれない。
「地球では愛し合う男女はね、こうやって唇をくっつけ合うんだよ」
私は彼女の腰を抱き、再び唇を盗もうとして、思いとどまった。
「あ……、そうか。君は僕のことを子種提供者としてしか見ていないから拒むんだね?」
『こうするんですの?』
レジーナはそう言うと、おそるおそる唇を近づけて来た。
彼女のほうから、私にキスをしてくれた。
甘い、甘い中に、少しの苦味を感じるような、狂おしくなるようなキスだった。
『地球人って……、不思議な行為をされるんですのね』
レジーナは白い頬のまま、唇を紅潮させた。
『でもこれ……、気持ちいい』
「レジーナさん」
強くその瞳を見つめた。
「僕はあなたを……愛してしまった!」
『私……、男性というのはもっと粗野で、無神経な生き物だと思っておりました』
レジーナは私の目をじっと見つめ返し、告白した。
『でも私……、ルパートさん。貴方のことが、本気で好きになってしまったみたい……』
今度は私のほうからキスをした。
強く抱き締めて、聞く。
「僕の子供が欲しいかい?」
『欲しい』
「じゃ、その提灯ブルマーを脱いで」
『だっ……、ダメですわ!』
レジーナは身をよじり抵抗した。
『これは……脱ぐわけには……!』
「脱いでくれないと子供が作れないじゃないか」
私は優しく彼女の手を握る。
「優しくするよ」
レジーナは観念したように、
『わかりましたわ……。私、貴方の愛を信じます』
黒い提灯ブルマーみたいなズボンに自分の手をかけた。
『きっと貴方は私のこと、嫌いになりませんわよね?』
勢いよく脱いで現れた彼女の下半身には、カエルのような大きな顔がついていた。
その大きな口が動き、言う。
『さあ! ここへ子種を注いでくださいましっ!』
レジーナがくるりと後ろを向いた。ゴージャスなブロンドヘアーをごっそりと手で退けると、後頭部に車の給油口みたいな穴が開いていて、脇に矢印と英語の文字が書いてある。
『please Insert Here→●』
私は一瞬で理解した。
彼女の顔だと思っていたものは、実は高くもたげられたお尻だった。
口だと思っていたものはお尻の穴で、髪の毛だと思っていたものは豪快に生えた陰毛だ。
彼女は全裸になった。腕だと思っていたものが足で、二本の腕で立つココミック星人の全貌が私の前にさらけ出された。
『さあっ! 早くっ!』
レジーナは給油口のような穴を私に見せつけながら、焦れた声で言った。もちろん下のカエルが、だ。
『ここに子種をくださいましっ!』
幸い、部屋の鍵は内側から簡単に開けられた。
私は無言で部屋を出ると、長い廊下を急いで駆け出した。
その後、レジーナはあの部屋で、そのまま果物ナイフで手首の動脈を切り、出血多量で死んでしまったそうだ。
私のせいだろうか。いや、しかし、私の立場にもなって、わかってほしい。
怖かったのだ。めちゃめちゃ、怖かったのだ。