【愛人と奴隷と心理士と諜報員】後編
「で? ヒロコ殿・・・食品を介しての“才”の証明に関しては、アーチュウと協力して内密に研究を進めておくとして、お願い・・・とはなんじゃ?」
私は侍女のクレーと、料理長のギヨムに協力してもらい、私の料理が食べた人の体力上昇や潜在能力を引き出す作用を調べてみたのだ。
ギヨムの伝手で調理後の食品の成分に危険な変化がないか数値などで表した資料を作成し、元々、アーチュウとマテオGに頼んでこの席を設けることは既に準備していた。
そこにひょっこり、ヴィヨレが偶然にも参加した形になってしまったのだ。
ちょうどアーチュウが検証したかった、私の涙を呑んだ貴重な実験体1号。
隷属契約が成立してしまったのは偶然だが・・・飛んで火にいる夏のヴィヨレである。
ソラルさまの息子であるイスマエルにはできるだけ秘密にしたかった。
何故なら、イスマエル自身が一番・・・私とソラルさまに近しい人間であり、彼自身が諜報員の観察対象だからだ。
移動の多い騎士団長であるソラルさまを絶えず付け狙うのは難しい。
ならば、行動範囲が狭いイスマエルを調査するのが妥当だろうと普通は考えるだろう・・・。
けれど・・・彼の“地味の才”は、諜報員を巻くのに素晴らしい能力を発揮していたらしい。
左右に並ぶ彼らの顔を見まわしながら、決意を込めて私は言った。
「この度は私の独断により、皆様にご迷惑をおかけしました」
私は静かに頭を垂れる。
「あ・・・いや、ヒロコ様の場合は不可抗力なのでは?」
アーチュウが当惑したような声を上げ、私をフォローしてくれた。
「いえ・・・後付けになりますが大変申し訳ありません・・・私のヴィヨレの行動が混乱を招いたのは事実です」
「「「私の・・・」」」
世話係達が、微妙な表情で同時につぶやく。
「私の?」
ヴィヨレは自分の顔を指さした。
緩い笑顔で、私は彼に向って頷く。
「先ほど、ヴィヨレは自分の・・・本来は秘密であるはずの自分の能力を正直に公開しました。これは、完全に我々に降伏した証とだと思います。悪用すれば、この国を混乱に陥れた事でしょう」
「・・・・・・・いや、もう少しで本当に危なかったんだけど?」
「主にヒロコがね・・・」
ナトンとマクシムのツッコミはスルーしておく。
「ヴィヨレ、あなた・・・読み書きは得意な方?」
「・・・はっ、馬鹿言っちゃいけねーよ! オレぁ、そんじょそこらの貴族のボンボンより博識だぜ? でなきゃ貴族や医者のふりして忍び込めねーって」
「――――だそうですよ?」
感情のない笑顔を浮かべたまま、私はアーチュウと視線を合わせ、頷いて見せた。
「なるほど・・・」
些か呆気に取られながら、私の考えを察してくれたようだ。
「彼の類まれなるその能力には今後期待できそうではありませんか? マテオ様」
「・・・う・・・うむ・・・、だが、彼の罪を問わない訳には・・・」
私は膝の上にあった両手をテーブルの上に乗せ、するりと組み、細めた鋭い眼差しで前を見据えた。
「よって・・・ヴィヨレには、しかるべき罰を与えます」
プレゼン能力は慣れである。
人の視線に刺されながら、自分の声だけが響く状況はとても緊張するのだ。
けれど、注目される視線を快感と感じる人間も少なくはない。
でも、例外もある。
自分の通常モードを無視し、脳のリミッターを外すのである。
成功する為に不慣れな事をする場合は、その場限りの“仮面”をかぶる。
要するに、私の場合は“演じる”のではなく“無理をする”のである。
そう、120パーセント無理しちゃう。
あくまで私個人の考えだが、うつ病になってしまった人間は、これを意志的に何度も行ったが為に脳疲労が半端ないのではないのだろうか。
周囲の期待に答えねばならないと言う状況に晒され、能力以上の仕事をこなそうとする真面目な性格が災いし、自分を追い詰めてしまうのだと思う。
けれど・・・あたしゃ、やる時はやるよ!
「うぬ・・・して、罰とは?」
すっと左手を上げ、マテオはクレーに紅茶のお替りを要求した。
「・・・アーチュウ先生、看護塔は年中人手不足ですよね?」
「は~い・・・体力・精神力ともに必要ですし、それなりの知識も要ります。その上、人の死に目に会うのが日常茶飯事ですからね。希望する人間はなかなかいません」
そうなのだ、だからこそ・・・失敗したり、上司に嫌われたりした侍従などの墓場・・・反省させる苦行のような部署と化しているようだった。
とゆーワケで、それを逆手に取らせてもらう。
「では、罰としてヴィヨレを三食昼寝付きで雇って頂けませんか?」
「は~い! 喜んで! ちなみに・・・・・・・」
その代わり・・・と言わんばかりにアーチュウの目の奥が光る。
「本人が嫌がる人体実験は却下です。もちろん人権侵害になるような行為も止めて下さい。必ず7時間以上の睡眠と、労働時間が8時間を超えない範囲で3時間ごとの30分以上の休憩、労働契約書を作成願います。彼の体組織を採取する場合は、私とマテオ様とイスマエルに必ず許可を取って下さい・・・ただし」
「ただし?」
応答の度に、世話係三人とヴィヨレ達の眼と頭がピンポン玉を追うように、私とアーチュウを行ったり来たりする。
「看護塔内での人の死に際に、望む幻影を見せる役目を・・・ヴィヨレに命じます」
私の声が広いテーブルの上を、冷たい風のようになぞった。
「・・・・・・なんだよ、それ・・・」
ヴィヨレは「理解できない」と言わんばかりに表情を失っていた。
「その場合は食事中でも、休憩中でも、眠っていても叩き起こして結構です」
「遺体を棺桶に入れるのも仕事なのか?」
「違います。あなたは死に際の人間の望む幻影を見せる事が仕事になります。それに、罪人に棺桶は準備されないのでしょう? あくまで、看護塔内での救命・看護・死亡時の立ち合いを私は望みます」
「罪人だと? ヒロコ・・・罪人にまで望む幻影を見せるのか?」
私を見つめるイスマエルの瞳が揺れている。
理由は何となく分かっている。
彼の常識(正しさ)と、私の常識(正しさ)は違うのだから。
「イスマエル、私達にとっての“罪人”だとしても、真実は分からないでしょう?」
熱い紅茶に薔薇ジャムをひと匙いれたティーカップをマテオは一気に空にし、ひとつ息を吐いた。
「アーチュウ・・・この後、この青年を軽く尋問するが、すぐにそなたの助手として正式に雇えるかの?」
ちょうど診療記録の整理をする人間を必要としていたアーチュウには、人間の観察能力に優れたヴィヨレの存在は渡りに船のようだ。
「ええ、大丈夫ですよ。空いている仮眠室を彼専用に整えましょう。それに・・・彼は既に聖女様から離れる事はできませんからね。逃げる事も不可能でしょう」
アーチュウのいい方から察すると、どうやら聖女の奴隷は一定距離以上離れることができないらしい。
遠方の出張は頼めないとは残念だ・・・。
「ふ~む・・・・・・看護塔の仕事は、きつい・汚い・危険を伴う。しかも死に際の人間を始終見送り続け・・・自分の意志で逃げる事もかなわんのか・・・大層な“罰”じゃ・・・誰も文句は言うまいて」
「え? 危険が伴うんですか?」
「“口封じ”の為に忍び込む殺し屋も忍び込むからね」
マクシムがあっさりと私の疑問に答えた。
そりゃあ・・・確かに危険だわ!
クレーが淹れ直してくれた熱い紅茶に、私ははじめて薔薇ジャムをひと匙入れた。
くるくると匙で回している隙に、クレーがひと匙ブランデーを何も言わず落とす。
ふいに・・・がたりとテーブルを揺らし、ヴィヨレは立ち上がった。
「何が・・・罰だよ・・・」
私は紅茶を静かに啜る。
うん、我ながら絶妙に美味しい。
そして、私はこう付け加えた。
「あ、ごめんなさい。週休二日も労働条件に必ず入れて下さい」
「承知しました。後で労働契約書を作成してこちらにお持ちします」
「・・・・・・私も今日は東側聖女専用の事務室に待機していますので、確認作業に加わります」
「うぬ、一度ヴィヨレの身柄はこちらで確保させてもらおう」
淡々と、イスマエルも加わり業務的な会話となった。
「オレはもっと・・・重い罪で・・・」
彼に・・・ヴィヨレに的確な言葉を投げ駆けることはできなかった。
重い罪で裁かれれば、きっとその所在は自分を雇った者の耳に入る。
そして、願わくは自分を捨てた両親にも届くであろう・・・という憶測も感じた。
彼にとっては一世一代の、自分の能力の限界を試したかったのだろう。
けれど、それは成功もせず、失敗とも言えない歯がゆい状態となった。
私は、彼の矜持を傷つけたのだろうか。
ヴィヨレの身柄は一度マテオ宰相が預かる事となり、念のため彼の両手には枷を付けられ兵士達に連行される運びとなった。
私はただ、どう見送っていいのやら分からず、席に着いたまま冷めた紅茶を啜っていた。
そんな私を薄目を開けてヴィヨレはちらりと視界に入れる。
「おい! あんた!」
兵士が「無礼者!」と、声を上げたが、誰もがその続きを聞きたいが為に兵士の方を黙らせた。
「・・・・・・なあに?」
「聖女様ってのは・・・あんたみたいに底抜けなお人好しなのか?」
「ん~・・・・・・さあ? あ、アーチュウ先生・・・忘れてましたぁ!」
「はいはい、なんでしょう?」
「ヴィヨレは正式登用なんですよね?」
「はい、そのつもりです」
「では、正式な給与で雇って下さい」
「・・・・・・・随分と寛大な処置ですね」
「ちなみに、ヴィヨレは私のものなので、給与は私の口座にお願いします」
「あ・・・はい、わかりま・・・した・・・」
キョトンとした目でアーチュウは私を見つめると、すぐに脱力して見せ、ふわりと少年のような笑顔を見せる。
眼の下にクマがないと、さらに若く見える人だった。
その言葉を聞いたヴィヨレは打って変わって眼を見開いた。
「あんたぁ!? それでも聖女かあぁあぁあっっっ!」
いや、知らん――――。
そもそも・・・この世界の“聖女”の定義が良く分からん。
不法侵入者を連行するのを慣れているのか、兵士達はきびきびとした動作で、素早くヴィヨレを部屋から退出させた。
私はティーカップに残った薔薇ジャムの残りを口にした。
その直前に、クレーがブランデーをもうひと匙追加してくれたことは黙っていよう。
私は、座ったままティーカップに指を添えながら静止していた。
「ねぇ~、僕、薔薇ジャム食べれないんだけどお・・・」
「存じております。今回はあえてナトン様が口にしないように薔薇ジャムにしました」
クレーが私の代わりにナトンにそう答えた。
「・・・・・・・・どうしてえ?」
「ナトン様には必要ないからです」
「そうだな、勉強や訓練で疲れた様子もないもんな」
「ぶう~! んもう、ヒロコぉ・・・今度僕にもお菓子作ってよ?」
「うん、わかった」
首から下は動かないので、精一杯の笑顔で答えた。
「俺は昨日の寝不足が吹っ飛んたんで、これから訓練場で自主練してくるよ」
「あ、マクシム! せっかくだから、五十人抜きしてから対戦しようよ!」
「五十人抜きって・・・本当におまえには回復薬なんか必要なさそうだな」
立ち上がったマクシムと合わせて、ナトンも椅子から腰を上げた。
部屋には私とイスマエル、クレーとギヨムが残った。
具はないが、栄養が凝縮されたコンソメスープと一口サイズのサンドイッチが、準備された。
私は水だけ先に口にし、それを確認したイスマエルが食事を始める。
上品だが、男性らしい食べっぷりだ。
それを見越してか、イスマエルのサンドイッチは私の分よりボリューム感があった。
先ほどから私と目を合わさずにいた彼は、ようやく異変に気が付いたのか、動かない私を不思議そうに見つめた。
「ヒロコ・・・食べないのか?」
「・・・あ、ごめんなさい。下げてください、後にします」
「ヒロコ様、せめて温かいうちにスープだけでも・・・栄養を凝縮してあります」
「うん・・・」
ギヨムもクレーも承知の上で、余計な事は一切せず、当然のようにスープと水以外を下げた。
「どうした・・・私が不機嫌な態度を取った事を気にしているのか?」
少しばつが悪そうな表情を浮かべて見せた。
「ううん・・・そうじゃないの。クレー、今日の予定は?」
「はい、今日はこの後何も予定は入れていませんので、ご安心して休息をお取り下さい。私が、おそばにおります・・・ヒロコ様」
前かがみに私の顔を覗き込んだクレーが、寂しげな笑顔を浮かべる。
「だ・・・だいたい、あの男が偽物だと気が付いていたのなら・・・直ぐに私に言えばよかったものを! 何故わざわざ、こんなあぶない真似をしたのか・・・そ、そりゃあまだ、私達の関係は信頼度が足りないとは思っているが・・・相談してくれても良かっただろう? 軽率ではないのか?」
さっと顔を上げたクレーが、イスマエルをひと睨みした。
「・・・・・・・・お言葉ですが、思慮が浅いのはイスマエル様の方でございます」
「なにっ?」
「今回、ヒロコ様は私の立場を護って下さいました。それは・・・私に相談すれば、イスマエル様の知る事となり・・・あの男を待ち伏せしてでも有無を言わさずにお切りになったでしょう」
「当然だ!」
「そして、事件の要因はうやむやにされ、解決しなかった事でしょう」
冷たく響くその声は、誰よりも強い説得力を持っていた。
イスマエルはみぞおちを打たれたように声も立てられなかった。
「私からも一言、言わせていただきます・・・この薔薇ジャムは、あなたの為にヒロコ様が液体で服用しやすいようにと開発しました。最近、朝早くから仕事の準備をされ、体術の訓練を挟み、ヒロコ様と勉学に励み、ご自宅で魔術の研究やお身体を鍛え直しているとお聞きしております。周囲の者が目で見てわかるようにお忙しいあなたをご心配しておられました・・・そんなイスマエル様に、正しい判断ができる状況ではなかったと私も思います」
「何を言っている! それが私の仕事だ! やって当たり前だ!」
「・・・・・・・・・・大きなお世話よ」
「ヒロコ!?」
下を向いたまま、首も動かせなくなっている私は言葉だけで彼に語る。
「私を危険に晒さない為に、片っぱしから“悪”とあなたが判断するものを排除している」
「だからそれはっ――――」
「あなたが私の為に切りたくないものまで、切り捨てる必要なんかないのよ」
「私が切りたくないもの・・・・・・」
「あなたはっ! 自分の父親にそっくりな姿をした人間を殺せるの? 切りたくもない少年を切り捨てて苦しくはないの? 顔見知りに対して殺すとか、拷問するとか平気で言わないでよ!? そんなの私の為なんかじゃないし、そんなのが仕事だなんて言って欲しくない!」
身体が冷えていく、呼吸が浅く早く・・・自分の心臓の音が耳に響いて、目の前が・・・暗くなっていく――――。
ぐらりと椅子ごと倒れかかった私を、安心感そのものの長い腕と広い胸で受け止めてくれたのは・・・・・・。
「父上っ!?」
暖かく爽やかな春風のように現れた、ソラルさまだった。
そっと横抱きの・・・お姫様抱っこのまま、椅子に私ごと腰掛け、子供をあやすように頭をナデナデしてくれた。
「よしよし・・・よく頑張ったな、私の小さな聖女・・・」
彼が触れた場所から、温かくなり、冷えてこわばっていた身体が段々楽になった気がした。
ああ、なんて・・・安心、安全、安定のトリプルAのソラルさま。
スンスン・・・ええ匂い・・・。
なんだろこれ、牧草っぽいかな?
そうそう、あれあれ・・・安心、安全、安定品質のオー〇〇ビーフ・・・。
なんか急に食欲が出て来たような気がする。
「父上・・・どうしてここに・・・」
「何を言ってるんだ。おまえが指示を出したから戦力補助の為に協力したんだろうが? だから、先ほど怪しい者を拘束したのをマテオ様に報告しに来たのだ。事情は先ほど少し聞いたのだが・・・」
「けれど何故、私の指示に父上が関係あるのですか?」
「“戦闘能力の高い者”と協力して、城内と城外に怪しい人間や馬車の類がいないかと重要事項として指示を流しただろう」
「ああ・・・そうですが・・・まさか騎士団長であるあなたが直接動くなんて、思いつきませんでした」
「・・・・・・・・知らんのか?」
「何をです?」
「そうか、まだまだ自覚が足りんな・・・・・・聖女の為の世話係の権力は、私の仕事よりも上なのだ。王と宰相の意見が最重要事項として優先されるように、聖女を護るための世話係の指示は、それらに近い! 覚えておけ、今、自分の立たされている立場を!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え」
「まあ・・・・・・・聖女は滅多な事では出現しないからな、無理もない・・・か?」
「私の指示が、騎士団長の仕事より優先事項なのですかっ!?」
何だか今日は、気苦労の絶えないイスマエルに美味しいお酒と何か気の利いたつまみでもご馳走してあげたい気分になった。
いつも真面目で、少し所作が気障っぽいイスマエルは、自分の父親に扮した曲者のせいで今回の事件の一番の被害者・・・かもしれない。
言わずもがな、その父親であるソラルさまも・・・自分の姿をした偽物が聖女をかどわかしたのである。
これはちょっと西側聖女育成チームとして世間的な立場が危ぶまれるので、やはり妙な噂が立たないようにマテオGに内密に処理して貰わなければならないだろう。
私はいつもの体力マイナス臨界点に達してしまい、細かい説明は無理な状態なので、この辺は最強上司のマテオGから上手く言ってもらわないとまずそうだ。
プライドの高い男性って、年下女子から何か指摘されると素直に聞いてくれないからね。
クレーとギヨムの先ほどの援護射撃には感謝である。
けれど何故だか二人の言い方では私がさもご立派で思慮深く、イスマエルを思いやっている聖女キャラのような感じになってないかい?
みんなごめん、私の行動は行き当たりばったり要素盛沢山なのだよ。
結果オーライ!!
「ギヨム・・・ヒロコにこのコンソメスープを飲ませたいのだよな? とりあえず、この状態のヒロコに飲ませるのであれば皿ではなくティーカップに移してくれないか?」
「は・・・ただいま!」
二人は親し気に、けれど上下関係を配慮した会話を二言三言挟んだ。
そうか、イスマエルを「坊ちゃん」と言っていたのだから、そりゃあ父親であるソラルさまもその関係性に絡んでるはずだ。
追い追いその昔話については、興味があるので今度聞いておこうと思う。
ギヨムがティーカップに注いだスープをソラルさまは手に取ると、私の口元に持って来た。
「飲めるか? 何ならイスマエルがく・・・・」
「のめる・のめる・のめる・のめる・飲めます!」
ソラルさまが言いかけた言葉に私はかぶせるように答え、赤べこのようにガクガクと首を上下に振った。
「そうか・・・」
いたずらっ子のような笑みを浮かべながら、彼はカップのふちを唇に触れさせたので、私は首の角度を調節して、要介護状態でスープを少しずつ口に含んだ。
「父上・・・今、なんと・・・?」
「いや、だからこの状態のヒロコに――――」
ソラルさまの大きな手をがっしりと両手で外側から押さえ・・・・・・。
ごくごくごくごくごくごっくん!
はい、ごちそうさまでしたぁあぁあぁあああああっ!
「げふん、げふん、げふんっ――――ふげほっ!」
情けない事に、鼻から美味しいスープの一部が出てしまった。
ソラルさまはテーブルの上にあったナプキンで、私の鼻をサッとふき取った。
「よしよし、もう休めヒロコ・・・」
ナプキンで鼻の頭をこすられ、恥ずかしくて顔が熱を持った。
「いくら何でもイチャつき過ぎですよ」
「はあ・・・あのなあ・・・」
「なっ・・・馴れ馴れしいんですよ、あなたは! ヒロコに対して!」
ソラルさまはワザとらしい大きなため息をして、恨めしそうな目でイスマエルを見上げた。
「こんなに幼くて可愛い娘が居たら、父親は普通メロメロになるだろうなぁ・・・うちにはどうして年中反抗期の息子しかいないのか・・・お父さんは娘が欲しいよ・・・」
「む・・・むすめ・・・幼い・・・・・・・確かに」
そこは否定してくれないんだ!?
「・・・おまえもヒロコをそう扱っているのではないか? 可愛い、可愛い・・・手のかかる妹のように大事にしているのではないのか?」
そうなのだ・・・これが私に対するヴィヨレとソラルの決定的な差だったのだ。
小さな子供をあやすように、優しく触れている。
そこに男女の機微はない、私が勝手に・・・焦がれているのだ。
「聖女ヒロコは普通の女性ではありません。大切な国の宝なので、将来の事を考えて・・・・・・」
そうだよね。
イスマエルも私に対して、妹のように・・・いや、もっと尊い何かのように、程よく接していてくれている。
「そうだな、おまえがヒロコに対して異性として接していたら大変な事になる」
「・・・・・え? ソラルさま、それはどういう――――」
予想だにしない台詞に、私は声を出した。
「黙れ、騎士団長ソラル・・・それ以上は限られた室内と言えど冒涜罪である」
ヒヤリと、室内の温度が下がった。
なんだかおかしい。
世話係に決定した三人は世間的に“夫候補”とされている。
だから、婚約者扱いになるのはマクシムだけでなくていいはずだ。
だって、一生そばに居てお世話をしてくれる人間なのだから・・・確かに“夫”だよね?
“聖女の夫”と認められるには形式的な順番があるらしいのだが、何故か誰も教えてくれないし、それらしい“決まり”を知っているのはマテオGと世話係三人らしいのだ。
つまり、もしかして、聖女の意志では夫が選べない・・・と言う事になるのかな?
ソラルさまの「ヒロコに対して異性として接していたら大変な事になる」と言う台詞が、何だか頭の片隅に引っ掛かった。
「そうか・・・済まなかったな、気が利かなくて」
そう言って、私ごと軽々と椅子から立ち上がり、イスマエルに荷物のように私を差し出した。
年中父親への反抗期が止まないイスマエルは、やはり簡易的に私を横抱きのまま受け取った。
なにゆえ親子して・・・お姫様抱っこの受け渡しに慣れている?
そして、クレーの視線がぬるく刺さった。
うんうんと眉間に筋を立てて考えたが、すぐにクタリと脱力する。
もう、疲れて頭が回らない。
項垂れる頭を預けた先は、イスマエルのご立派な胸筋だった。
これも少しおかしいと感じた。
初めて会った時のイスマエルはもっと・・・優男風というか、策略家風というか。
もしかして・・・最近マジで鍛えてるのか!?
「・・・ヒロコ、気にするな、深い意味はない」
「父上が余計な事を言うからです」
「・・・・・・・・・気になります」
あれ? イスマエルは最初・・・私に選ばれるために・・・変な事を言ってた。
「はははっ! ・・・私がこれ以上言うと聖女への冒涜になるからな、イスマエルの覚悟次第だ。まずはキミが聖女として正しく育って欲しい・・・それだけだ」
「イスマエルの・・・覚悟?」
ひょんと、私はイスマエルの顔を見た。
不思議そうに首を捻って見せると。
「う・・・」と、言いながら一瞬だけ狼狽えた。
イスマエルはまだ・・・世話係の交換を望んでいるのだろうか?
それに、マクシムにはあって、イスマエルにはない覚悟ってなんだろう・・・。
“その覚悟”が、至極当然で単純明快な事だったと知るのは、もう少しあとの話である――――。