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【愛人と奴隷と心理士と諜報員】中編

「聖女様から名前を貰えるなんて、思いもよらなかったよ! オレの人生捨てたもんじゃないね!!」

 大げさにふざけているようにも・・・けれど、心からの叫びにも聞こえた言葉だった。


 文官服のイスマエルが下がった眼鏡のブリッジを押さえながら、逞しい筋力で上の二人ごと床から起き上がった。

 当たり前だが、バランスを失ったマクシスとナトンはごろりと床に転がり落ちた。

「・・・ふう・・・、不本意だが、今この瞬間に貴様は聖女ヒロコと我々の配下になった。今度こそ、ここにいる理由を聞かせてもらおうか?」

「うるせえな、おまえの部下になったわけじゃねえよ」

「・・・・・・あの、今、イスマエル、二人載せたまま片腕で起き上がらなかった?」

 普通に考えて、積載量がかなりあったのでは?

「才を使ったに決まってんだろ?」

 間入れず、ヴィヨレが答えた。

 どうやら、イスマエルの何かを認めたくないらしい。

「“才”ですか・・・」

 なんだか変なおやじギャグみたいに聞こえた。


 今、この瞬間に・・・ヴィヨレが私の配下に・・・なったらしい・・・。


 聖女が名を与えた人間――――。

 聖女から名を貰い受けた者は、生涯における“祝福”を星に与えられ、聖女の所有物となる。


 そして、名を与えた聖女と生も死も供にある存在となる。

 聖女が死を迎えれば、本人も後を追うように死を迎える。

 本人が聖女より先に死を迎えた場合は、特に聖女には何も起こらない。

 つまり「聖女にすべてを捧げた奴隷」となる。


「ど・・・・・・ど・・・・・奴隷を作っちゃったのぉおぉおぉおっっっ!?」

「ああ、何故か契約が成立してしまったらしい」

 マクシムは困惑した様子で、顎に手を添える。

「そーなんだよなあ・・・オレもなんでちゃんと成立したのか解んないんだけどさあ・・・」

 仕掛けた本人がそんな事を言っている。

 なんて無責任なんだ!

「い、イスマエル先生! 教えて! なんでこうなったの!?」

「まったく分からん」

「NOぉ~~~っっっ!」

「・・・ねえ・・・思ったんだけどさ・・・」

 ナトンが遠慮がちに声を出した。

 その場にいた全員がすごい勢いで注目した。

「何か思い当たる事があるのか?」

 イスマエルが重々しい口調で言った。

 私は何となく次の台詞の危うさを感じた。

「ナトンくん、ちょ・・・」

 その話は後回しにしたかった、もしくはその場から逃げたかった。

「もしかして、お互いの体液の交換した?」


 ぎゃあぁあぁあぁあぁあぁ~~~~~~!!!!!


「ナトンくんっ!? 言い方ぁあぁあぁぁぁぁぁ~~~っっっ!!」


 顔が火を噴きそうな私は両手で頭を抱える。

 何故か空気の薄さに眩暈を起こしかけているクレー。

 思考が追い付かず静止しているマクシム。

 完全氷結しているイスマエルの周囲に、キラキラした何かが舞っていた・・・あれ? 

 ダイヤモンドダスト! 初めて見た! 寒い! 夏なのに!?


 とりあえず、聞かなかった事にして朝食の後片付けを完了したギヨムは、平常心を保ちながら、食器を納めたワゴンを押し、扉の向こう側に姿を消した。

 その扉が閉まる音だけが、静まる部屋に響いた。


 ご・・・誤解だあぁあぁあぁ~~~!

 な、なにか、みんな大人の想像してるよね?

 良い子が絶対想像しないような映像をっっっ!!!!


 いいぃやあぁあぁあぁあああああ~~~~っっっ!!


 プルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプル・・・・・・・。

 私は震えていた。

 広い長方形のテーブルに、見習い聖女の私を中心に、世話係三名、ヴィヨレ、看護塔の医師のアーチュウ、お誕生日席の私の真正面にマテオGが席に着いていた。

 別に断罪されるような雰囲気だけで、私が肩を震わせている訳ではない。

 青ざめながら、イスマエル以外が室内の寒さに震えていた。

 夏なのに・・・・・・。

「イスマエル、感情の起伏を何とかするのじゃ・・・・・・未熟者め、一発食らわすぞ!」

 カッと瞼を見開いたマテオが、小さな電撃をイスマエルに放った。

「いっ・・・!」

 驚いたイスマエルが片手で顔面を押さえた。

 眼鏡に、ほんの小さな電気を走らせたらしい。

 室内の冷気が緩み、周囲は胸を撫で下ろした。

「おぬしの戸惑いは分かるんじゃが・・・不機嫌になるたびに不必要に冷気を出すんじゃない!」

 本当に一発食らわすとは思わなかった。

「・・・・・・・え? イスマエルが不機嫌になると、寒くなるの?」

 全員が私の質問に静かに頷いた。


「あ~・・・まずは状況を確認しよう・・・え~、その~・・・その不法侵入したと思われる青年とヒロコが体液交換によって聖女との奴隷契約が成立したという事で間違いはないな?」

 恥ずかしさで固まっている私を他所(よそ)に、お茶の準備をしているクレーとギヨムを含め、全員コクンと頷いた。

「話の焦点は、いつ・どのように体液交換をしたか! 大変興味が・・・ではなく、とても重要な内容です!!」

 医師のアーチュウが目をぎらつかせながら、話を進めたがっていた。

 ヴィヨレがじっと私を見ている。「言っていいの?」と、男性として気を使ってくれているらしい。


 私は肩をすぼめて震えていた。

 イスマエルからの説教コースが着々と組まれているような気がして、叱られる寸前の子供のように緊張していた。

 けれど、正確に皆に説明できるのは私しかいないのだ。


「最初・・・私がヴィヨレをソラルさまと見間違えたんです。それで、つい、は・・・初恋の先生の話になって、私が泣いちゃったんです・・・それで、その・・・」

「舐めた」

 ヴィヨレがあっさり答えた。

「「「なんで?」」」

「美味しそうだったから」

「「「ええええぇ~~~っ!?」」」

 声を揃えたのは世話係三人衆だった。


「ちなみに、ヒロコはオレをソラル様と()()()()()のではなく・・・ソラル様に化けたオレに油断したんだ」

「貴様が父上に、化けただと?」

「オレは・・・“幻影の才”を持っている。故に、幻影士という人を騙す事を生業としている」

「聖女ヒロコを誘拐する手引きを依頼された隣国の諜報員という事だな?」

「諜報員とは聞こえはいいが・・・まあ、オレはたぶん捨て駒だ。とりあえず、今すぐ城内と、城外周辺で怪しい人間や馬車が居ないか、戦闘力の高い人間で調査をした方がいい」

 室内が一瞬ざわりとしたが、イスマエルが立ち上がり、すぐに扉の前にいる衛兵に指示を伝えた。


「つまり・・・私の母も貴様に協力してしまった形になるのか?」

「・・・・・・・そうだなあ、ソラル様に成り代わるには彼女からの情報が必要だったからな、まあ、彼女の意志ではないよ?」

 衛兵に指示を出し終わっていたイスマエルは、ヴィヨレの襟首を大きく掴み、椅子から立ち上がらせた。

「母の・・・愛人ではないと言ったな? 説明しろ」

「ん~・・・、オレは心の治癒士として雇われただけだ、これ以上は言えない」

「母の治療を・・・していた?」

「オレは幻影士、だから・・・この能力は使い方によっては、人を騙しもするし、場合によっては救いもする・・・わかるだろ?」

 覆いかぶさるように凄むイスマエルに、物怖じもせず彼は答えた。

「直接的にも、間接的にも、母が聖女の誘拐幇助(ほうじょ)に自分の意志で協力した訳ではないという事だな?」

「そうそう、ゴメンゴメン。オレが治療と言いつつ彼女に近づいただけって事だよ。誰だって心の悩みも・・・人に言えない暗黒面は家族には話したくないモンだろ?」

 納得はしていないが、イスマエルはヴィヨレの胸ぐらをゆっくり放した。

 すとん、と、ヴィヨレは椅子に尻を着けた。

「では、他国の工作員(スパイ)は捉えて拷問だな。自ら聖女の誘拐の手引きを行ったと自白したのだ」

 そうなのだけど、そうとも言えない。

「・・・・・・イスマエルさんや? 私、誘拐されていませんけど?」

 日本の警察風に言うと「まだ事件になっていません」という状態だ。

 誘拐事件にするには、実際に事件が起きてからではないと無理なのである。

「では、城に忍び込んだ不法侵入罪で裁く」

「でもオレ、今・・・聖女様と隷属(れいぞく)契約しちゃったんだけど? 罪に問えるの?」

 (えーと、うーんと・・・よく分からない。誰か教えて下さい!?)

「イスマエル、打つ手なしだ。彼の罪は問えない、何せ聖女ヒロコが彼をかばってしまっている」

 侍女のクレーに準備された、熱い紅茶にゆっくりとマクシムは口を付けながら言った。

「うん、三人の夫候補兼任の世話係に、愛人みたいなのが一人増えただけだよ」

 金髪碧眼美青年のマクシムと、茶髪に緑眼のショタ系ナトンがイスマエルに追撃を食らわした。

 (あんた達、誰の味方だよ?)

「――――へ? いや、ちょ・・・愛人って何?」

 (あれ? あれ? あれ?)

「・・・だって今、ヒロコがコイツと・・・隷属契約をしちゃったんだよ?」

「聖女の奴隷ってなあ? 奴隷の中の最高位だよな・・・」

 マクシムとナトンが並んで、よく分からない掛け合いをしている。

 (奴隷の最高位ってなんだい?)

「・・・・・・・マ・・・マテオ様、今・・・何が起きているのか、私に教えて頂いてもよろしいでしょうかっ!?」


 イスマエルがマテオGと視線を合わせながら、ゆっくりと自分の席に着いた。

 ふがふがと、フサフサの眉毛と髭を揺らしながら、マテオGは語り始めた。

「ふ~ん・・・まずは話を戻すかのお・・・、で? 先ほどアーチュウが質問した内容についてなのだが、ヒロコ殿とそこの・・・」

「ああ、オレ? さっきヴィヨレって名前になっ・・・りました」

「うぬ・・・つまり、直接的な粘膜接触はあったのか?」

 ブフォーーーーーーっ!!!!

 もしかして、わざとなんじゃないだろうか? と言うタイミングで、みんなが何となく紅茶を口に含んだ途端にその発言をした。

「ちょ・・・直接的な粘膜接触ってなあに?」

 ナトンがきちんとした質問をしてくれた。

「アーチュウどの、ここはお任せする」

 振るんだ・・・アーチュウ先生に。

「主に“血液”“唾液”“精液”を介して聖女と深い触れ合いをする場合が、契約媒体とされています。一般的な呪術式の隷属契約とは、まったく違います」

「深い・・・触れ合い・・・だと?」

 イスマエルの手にしていたティーカップの、紅茶の表面には氷が張っていた。

「ふ~ん? 体液交換は時差があっても成立するんだ?」

「「「「「時差っ!?」」」」」

 アーチュウをはじめ、その他数名がヴィヨレの言葉に前のめりになった。


 コホン、とアーチュウは咳払いをし、襟を正した。

「時差・・・とは? ヴィヨレくん、ヒロコ様が今後危険な事に巻き込まれない為にも、確認しておきたいので、詳しく・・・」

「いや、こいつは自ら危険を呼び込むタイプだ」

 ヴィヨレが顔の前で、脱力気味に手を振ってみせた。

 世話係三人衆が「ああ~・・・」と、同感を禁じ得ない声を上げた。

「は? 私、安全第一で生きてるけど?」

 その反応は・・・・・・なに?

 イスマエル? 何故そこだけ同意しているの?

「・・・・・・・まあ、その、ソラル様に身も心も化けていたんで、あの人なら目の前でヒロコが泣いていたら、涙ぐらい口に含むだろうな、と」

「否定はできん・・・父上なら・・・やりかねん・・・だが、どちらにしても許さんぞ!?」

「まーまーまーまー・・・押さえて、押さえて」

「イスマエル、今は話を聞いとこうよ? 結構そこは大事なところだよ」

 マクシムとナトンが調子を合わせて、イスマエルの苛立ちを宥めていた。

「興味深いですね。確かに“聖女の涙”については、記録が全くありませんから・・・そもそも、涙は感情の起伏によって湧き出る体液ですし、検証しようにも集められるものではありませんね・・・で? 体液交換の時差とは、どれぐらいの期間を空けて何をしたのですか?」

「え~と・・・、ソラル様が遠征で行ったり来たりと忙しい所を見計らって、ヒロコの涙を呑んで三週間後ぐらいかな」

「昨晩の事ですかね?」

「そう・・・ヒロコからチョコレートをごちそうして貰ったんだ」

 ヴィヨレがその“チョコレート”を強調しながら、半眼で私をじっとりと見つめたので、私は髪が靡くほどの速さでサッと視線を逸らした。

「そのチョコレートと体液交換が関係しているのですか?」

「まさか口移しとか!?」

 ぎょっとするような発言をマクシムがした。

「それでは“時差”は関係ないだろう」

「あ、そっか」

 イスマエルが冷静な発言をしてくれて、私は心底ほっとした。

「ヒロコの手から食べさせてもらった」

 ティーカップの乗っていたソーサーが問答無用でヴィヨレに飛んできた。

 投げたのはナトンだった。

 確実な顔面狙いだったが、ヴィヨレが真剣白刃取りのごとく、見事に両手で挟むように止めていた。

 ナトンが小さく舌打ちをする。

「・・・・・・“あ~ん”してもらったのですね? それぐらいで聖女の力を甘受できるものなのでしょうか・・・」

「いや、一緒に指を舐めた」

「「「指を舐めたぁ!?」」」

「噂の聖女のチョコレートを余すところなく食べたかったから」

「「「くそっ!」」」

 三人とも、モヤモヤとヴィヨレが私の指を舐めるシーンを想像しているらしい。

 (止めてっ! 妄想ストップ!!)


「かなり危険なタイミングを狙いましたね。ソラル様が帰還した当日じゃないですか」

 アーチュウは呆れた様子でそう言った。

「でも、一番落ちやすいタイミングを狙ったんだけどな」

 薄紫の上品なくせ毛をかき上げながら、ワザとらしくため息をこぼした。

「つまり、ヒロコ様が弱っているところを狙ったんですね?」

「ああ・・・昼間のドタバタといい、本物のソラル様に触れられてときめいているところを・・・」

 室内に一瞬緊張が走った。

 まさかあの時の誰かに化けていたというのだろうか?

「吊り橋効果的な、さらに漁夫の利狙いでしたか・・・ですが、大外れのようでしたね」

 アーチュウが抑揚のない声で会話を続けた。

「う~ん・・・ほら、そこの侍女さんもヒロコ様を慰めたい一心でソラル様との逢引きを許しちゃったワケよ、それぐらい周囲から見れば“あの子大変だろうなあ”みたいな?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・待て」

 とても低い低い声をイスマエルが発した。

「うん?」

「貴様・・・あの時の、傷ついたヒロコを見て・・・父上の姿に化けて、しかも夜中にヒロコの部屋に・・・侵入したと・・・」

「イスマエル・・・その辺は俺も同感だ・・・ヒロコを慰める役はやりたかったが・・・俺は紳士だからな、そんな女性の弱みに付け込むような真似はしなかったぞ」

「――――いえ、マクシム様には秒でお帰りいただきました」

 クレーが素早く事実を報告した。

「来たんだ・・・夜に」

 どうやらクレーには、マクシムが紳士に見えなかったらしい。


 後から美貌の貴婦人フォスティンヌに聞いた話だが、同時刻にイスマエルは何故か屋敷の庭で父親のソラルと激しい剣稽古をしていたので、「かなり近所迷惑だった」らしい。


「・・・・・・・アーチュウ先生とヒロコの会話を僕は聞いているからね、全体の状況を考えると、かなりの・・・心理戦の手練れだよね? 心理士とは偽りじゃなさそうだね」

 私はたまに大人びたようなナトンの言葉にドキリとしてしまう。

黄緑色の虹彩を放つ瞳は、人の心を見透かす猫のようにも見えた。

 (あ・・・いかん、今、ナトンくんに可愛らしいケモミミの幻影が・・・)

「あんた達・・・さ、逆にこの残酷な現実を受け入れているこの女が・・・清らかな聖女だとでも思ってるワケ?」

 ヴィヨレはあざけるように口を歪めながら、前のめりに片肘をつき、もう一方の手で私を指さした。

 私はそんなヴィヨレの態度に何も感じなかった・・・まるでテレビ画面の向こう側にいる役者のように見えたからだ。


 その時、テーブルを両手で掴んでいるナトンの姿勢を見て、肩が激しい怒りに震えているのを察知した全員が、テーブルを力の限り上から押さえ込んだ。

 ビシッ! と、彼が掴んでいる部分に亀裂が生じた。

 皆の機転で、ナトンの“怒りのちゃぶ台返し”は不発に終わった。

 ヴィヨレを含め、ナトンを止めようとする全員の気持ちが一緒になった瞬間だった。


 私はつい、鼻先で笑ってしまった。

「ヴィヨレ、さっきから言っている事と、やっている事が全然違うみたい」

「・・・・・・・なんだよ」

「試したのね?」

「・・・・・・・・・・別に」

「わざとひどい事を言って、私がみんなに大切に思われているかどうか、手早く確認したかったんじゃないの?」

「・・・・・・あんたが悪い女だったら・・・良かったのになぁ・・・」

 おかしな恰好で皆がテーブルに体重をかけている状態から、互いに顔を見合わせながらズルズルと元の椅子にかけ直していった。

「あ、クレー、紅茶が冷めちゃったみたい。淹れ直してくれる?」

「はい、承知しました」

「それと・・・・・・ギヨムさん・・・」

 視線を合わせたギヨムは、ゆっくりと頷いた。

「“ギヨム”と、および下さい“さん”はいりません」

「わかりました。ギヨム、新作の紅茶クリーム入りのチョコレートをお願いね」

「へえ、紅茶クリームのチョコ? 美味しそう!」

 ナトンが嬉しそうにチョコレートが準備されるのを待った。

「俺が昨日食べたのとは違うのか?」

 マクシムが不思議そうに首を捻った。

 “チョコレート”と聞いて、イスマエルとヴィヨレが眉間にしわを寄せた。

 熱い紅茶を淹れ直し、ティーカップを入れ替えていく横で、ギヨムが手際よく白い小皿にチョコレートを乗せていった。

「薔薇ジャムをご用意しました。砂糖の代わりにお好みでどうぞ、檸檬と桃をブレンドしているものです」

 二席ごとに、透明な器に入ったジャムをクレーが置いていく。

「薔薇ジャムか・・・懐かしいの・・・良い香りだ」

 マテオが目を細めながら、口ひげを丁寧によけて紅茶を味わった。

「ああ、これ美味しいですねえ・・・ワタクシの知っている薔薇ジャムよりも飲みやすくて・・・癒されますねえ」

 アーチュウが自分よりも身分の高いマテオと、私が紅茶を口に含んだのを確かめてから、遠慮がちに飲み始めた。

 一番先に鼻孔を通るのは花の香りだが、口内に広がる薔薇の風味を追いかけて桃の甘酸っぱさが後を引く・・・。

「そうだ、クレー・・・」

「はい、ヒロコ様、ひと匙だけですよ」

 間入れず、準備されていたブランデーをサッと器にこぼした。

「ありがとう」

「クレー」

 イスマエルが何か文句でも言いそうに声を出した。

「ひと匙だけだもん!」

 ティーカップを奪われないように両手でホールドして見せた。

「私はふた匙だ・・・」

 彼は分かりやすく指を二本立てて見せた。


 医師であるアーチュウは、患者の症状が軽くなったとは言え、急激な患者の状態変化の為に診療記録に追われ、相変わらず目の下にクマを常備していた。

 国の重鎮のマテオも、この騒ぎを確認する為に、すべての予定を一時的に中断してきている。

 とりあえずの、大騒ぎの中の一息をついた感じになった。

「・・・・・・・そう言えば、ヴィヨレ殿は・・・」

「“ヴィヨレ”でいい・・・デスヨ、どうせ元々、オレは下位の出身です。両親の素性もよく知りません」

 何故かヴィヨレは宰相のマテオと、医師のアーチュウに対して言葉遣いは気を付けているようだ。

「“幻影の才”とは、珍しい能力をお持ちで」

「諜報員としてはそれなりに母国に貢献していたつもりでした・・・が、敵国に寝返った以上は無事では済まされないでしょうね」

「ヴィヨレの能力を確認したいんだけど?」

「・・・・・・なにを?」

 皆が飲む薔薇ジャム入りの紅茶の香りに誘われて、ヴィヨレは紅茶で喉を潤した。

 無論、チョコレートには一切手を付けていない。

「ソラルさまに化けるには、情報を集める必要があったのよね? なのに、私の“先生”について知らないはずのあなたが何で“先生”と重なっちゃったのかな? 私の思い込み?」

 ヴィヨレはカップの底に沈む砕けた薔薇の花弁をぐっと一気に飲み込み、ソーサーに空のカップを置いた。

「オレの能力は・・・2段階ある。一つは様々な情報を得て、周囲すべての人間に幻覚を見せ、偽物を演じる。もう一つは・・・・・・・目の前の人間に対してのみ、その者が強く思った姿の幻影をみせる・・・つまり相手の頭の中にある思い出の人間に化けるんだ。一時だけの夢であり、周囲の人間にはオレ自身の姿しか映らない」

「大変興味深い! つまり、事前情報がなくても、騙す相手の記憶の中を覗けるという特殊能力ですか?」

 アーチュウが意気込み過ぎて、ツバが飛んでいた。

 若く見えるのに、そんなところがジジイだなあ・・・と感じる。

「いや・・・ハッキリ覗ける訳じゃないんだ。ただ、その人が持つ強いイメージだけ部分的に拾って、後はオレのはったりに近い。即席の演技だ・・・けど、今回は聖女であるヒロコに近づき過ぎて、たまたまその“先生”になってしまっただけだと思・・・います」

「なるほど、なるほど・・・」

 うんうんと、目を瞑り、アーチュウはその情報を脳にインプットしていた。


 ギヨムがイスマエルにチョコレートを出そうとすると、彼はさっと掌で遠慮する仕草をした。

 一礼して直ぐにチョコレートの小皿を彼は下げた。

 その様子を見て、ヴィヨレもチョコレートを辞退したようだ。

 確かに私が同じ立場だったら警戒していたかもしれない・・・でも、この紅茶クリームのチョコは最高に美味しいのだ。

 私はおひとり様二個ずつ配られたチョコレートを頬張りながら、ジャムなしの熱い紅茶で喉にゆっくりと流した。

「僕、薔薇ジャム苦手なんだよね。このチョコレート、紅茶味で甘いから紅茶はストレートでいいや・・・あ、イスマエルが食べない分、貰っていいかな?」

「ええ、まだチョコレートはございますよ」

 ギヨムが上品な笑みを浮かべながら、小さなトングでナトンの小皿にチョコレートを足した。

 私はみんなの様子を確認してから、マテオに視線を向けた。

 「ううむ・・・」と、マテオは少し難しい顔をしながら薔薇ジャム入りの紅茶と交互にチョコレートをかじる。

「マテオ様、お願いがございます」

「なんじゃ・・・ヒロコ殿・・・この実験以外でも、他に要望があるのかの」

「「「「実験?」」」」

 世話係三名プラス、ヴィヨレが一斉に私を見た。

「クレー、手鏡をアーチュウ先生の所へ」

 私の指示に従って、クレーはアーチュウに手鏡を渡し、自分の顔を見るように促した。

「・・・ほっ!・・・・」

「「「「ほ?」」」」

 アーチュウは片手に手鏡を持ちながら、もう片方の手で自分の頬を指でなぞった。

 それは、嬉しさを表現した「ほっ」だった。

「アーチュウ殿のクマが消えたのは何年ぶりかの?」

「ここ十数年・・・ずっと顔面室内飼いしてましたよ」

「ううむ・・・苦労してるの・・・」

「お互い様です・・・」

 ふう・・・と、ため息をつきながら二人は半笑いしながら肩を落とした。

 アーチュウは手鏡をクレーに返し、大事そうにちびちびとチョコレートを口に含んだ。

「アーチュウ先生、実は薔薇ジャムをコーティングしたチョコが少しならあります」

「ぜひ!」

 どうやら、甘いものが大好きらしい。

「クレー、紅茶のチョコと、例のチョコを1ダースお包みして!」

「かしこまりました」

 クレーが一礼し、準備していた桐箱を懐の亜空間から出し、ギヨムに渡した。

 白いタオル以外もクレーの特別ポケットには入るらしい。

とっても不思議なクレーの空間魔法だ。

「桐箱ではチョコレートが溶けませんか?」

「大丈夫です。特別な術を施してあります」

「そりゃまた高価な箱を準備しましたね」

 二人がぼそぼそと会話を交わしていた。


「ま・・・まさか・・・今度は薔薇ジャムかよ!?」

 ヴィヨレは空のティーカップと私の顔を交互に見つめた。

「ヒロコ・・・せめて私には一言くれても・・・」

 イスマエルは眉尻を下げながら、眼鏡のブリッジを押さえた。

「は? じゃあ・・・俺は既に昨夜の夕食で・・・」

「ああ・・・確かに、あれは私の作った薔薇ジャムのチョコだよ?」

「マジか!! 通りで・・・」

「どうなったの?」

「いや・・・あの・・・本当はヒロコの為にピアノ演奏をしようと、夜に部屋を訪ねたんだけど・・・」

「秒でお帰りいただきました」

 クレーが美しい侍女姿勢のまま、マクシムを言葉で切って捨てた。

 さすがは侍女の(かがみ)! クレー姉さん!!


 どうやらマクシムは妙に頭が冴えてしまい“音楽の才”が暴走し、一晩中ピアノを弾きながら作曲に明け暮れた挙句、かなり近所迷惑な事をしでかしたらしい。

 うん、ごめんね! 残念美男子のマクシム!


こんばんは~、もりしたです。

間が空いてしまい・・・すみませぬ!

いやはや、このご時世に仕事があるだけめっちゃ有難いので、ちゃんと社会人やってます。

【転ゼロ】の方、休載状態で大変申し訳ありません・・・ただいま、ネレと一緒に体調整えていますからね('◇')ゞ

うつの治療受けてますが、一番効いたのはクソ不味い某アミノ酸食品でした・・・マジでまずい。

一か月試したら・・・コロナ渦で落ち込んで怠かった身体が、軽くなりました。

まさか自分にアミノ酸が足りなかったとは思いもしなかったです。

ではでは、(つ∀-)オヤスミーなさいませ。

良い夢見ろよ~!

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