第3話 『好き』の言霊
放課後──。
オレと音倉さんは待ち合わせて一緒に帰ることに。
というか、久保田に厳命されたのだが。
音倉さんはやはり暗い。
何も話さない。でも、話さなくてもどう思っているのかオレには分かるんだぞ。
身に触れさえすれば。
「音倉さん」
「……ハイ」
「手」
「……ハイ」
早過ぎるけど、手をつなぐなんて恋人なら当たり前。
それに彼女が何を考えているか分からないしな。
『キャーキャー! もうダメ。淳、沸騰しそう』
プ。そういえば彼女の名前、淳だったな。
てか沸騰って。
そんなこと心で思うなんて。言われたらオレ笑っちゃうぞ?
『えーと、えーと、えーと』
なんだ?
心の中に疑問と言うか、質問したい気持ちがあるぞ?
『照場──くん。下のお名前 なんなのサ。ココロの俳句』
「ブッ」
「え?」
そうですよね。笑っちゃいけない。
つか、面白い子だな。
オレ、好きになっちゃいそう。
「オレ、照場 椎太って言うんだ」
「テレバシイタ……」
「珍しい名前でしょ?」
「……ハイ」
言葉数は少ない。興味なさそう。
だけど、彼女の心の中はすっごいゾ!
『キャーキャー! なんで椎太くんったら思ったこと分かっちゃうんだろ? やっぱり運命の人? すごーい! だってお名前聞きたいと思ったら。なかなか質問できないと思ったら、自分の方からしてくれるなんて! 椎太くん──。素敵なお名前……』
饒舌。そのくらい話せばいいのになぁ。
いや無理か。オレだって初対面の人とそうは話せないもんな。
でも運命の人か〜。
淳ちゃ〜ん。それじゃチョロすぎないかい?
オレには一抹の不安があるよ。
よーし。他の男を運命の人と思わせないように、彼女の思ってることを先回りして聞いたり答えたりして、運命の人の地位を不動のものにするぞ。
彼女は今何を考えてるのか。
それをさぐるのは雑作ない。
気が小さくて質問も出来ないだろうから、思ったことに答えちゃうぞ。
『照場くん、どこに住んでるんだろぉ〜』
「オレさ、桜町にあるマンションから通ってるんだ」
「そうなんだ……」
『すごーい。また思ったこと答えてくれた。でも桜町ってどこだろ。私と同じ一人暮らしかな。それとも親とかな』
「桜町はここから真っ直ぐ行ったところにあるよ。オレは親と暮らしてるんだけど、音倉さんは一人暮らし?」
「……ハイ」
『やんやん。椎太クンたら、すごい。全部分かってくれてる〜。誰かから聞いたとか? ううん。そんなこと先生しか分からないよ。誰にも言ってないし。マジすごーい。桜町も、淳のアパートの奥みたいだな~。これから毎日一緒に帰れるね!』
超喜んでるし。
つか、一人暮らしで転校かぁ。
親元離れて転校って珍しいよな。
『椎太クン……』
ん?
なんだ。心の中で呼んでるぞ?
『椎太クン……』
彼女の方を見てみると、分厚いメガネの奥にあるうるんだ瞳と目が合った。
『好き──』
うぉーーい!
早い。早過ぎるよ、この展開。
いや、このダサくて暗い彼女。
恋愛対象になんてならないと思ってたけど、好きって言葉って不思議だな。
こっちまで好きになってくる……。
通り道の彼女のアパートへ送って自分のマンションへと帰る。
その日の足取りの軽いこと。
友達はいなくても、初めて彼女が出来た。
見てくれは冴えないけど、心が通い合った気がする。
「淳か……」
思わず彼女の名前を読んでみた。
ますます好きになって来た。