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メグルの告白

 女神に勝とうと足掻き、仲間を作り、戦った。

 その結果、僕たちは受けなくていい傷を負って負けた。


 戦いに負けた僕らは散り散りになり、あの日以来朋花ともメグルとも会っていない。

 忌まわしいこの力も、もちろん衰えることはなかった。


 それでも、夏は終わらない。

 ジリジリと肌を焼く日差しは今日も僕から逃げ場所を奪っていた。

 いつものように僕は図書館に避難する。

 医学書のコーナーで探しても、僕の症状について書かれた本は当然置かれていない。

 そもそもこれは病気ではなく、呪いだ。考古学コーナーの方が気休めになる文献があるかもしれない。

 そんな面白くもないジョークを浮かべながら移動する。


「よお」

「メグル……」


 久し振りに見るメグルが手を挙げながら近付いてくる。

 アッシュグレーの髪や目許を強調した威嚇的な化粧は、失礼ながら書架とあまりにも不釣り合いだった。


「どうしてここに」

「いつも図書館にいるって朋花から聞いて。毒のことを調べてるなら医学書のとこにいるのかなって」


 僕たちの話し声は小さかったけど、それでも静謐なこの場所では耳障りになる。

 医学書を読むより病院に行った方がよさそうな青白い顔をした男の咎める目がそれを物語っていた。


 メグルと図書館を出て、付近にある河原の遊歩道を歩く。大雨時に氾濫しないように掘り下げてコンクリートで固めた川では子供たちが水浴びをしていた。

 相変わらず陽射しは厳しいが、川辺はよい風が吹いていて、ねっとりと纏わり付くような暑さはなかった。


「やっぱりまだあの毒は治ってないんだよね?」


 その質問に答えず、しゃがんで手袋を外してから川の流れに手を浸した。


「冷たくて気持ちいいな。僕らも泳ごうか? あ、でも水着を持ってきてないか」


 ふざけながらメグルを仰ぎ見ると、悲しそうな顔で見詰め返された。

 水着を忘れたことを悔やむにしては、悲痛すぎる表情だった。


「惚毒、別にそのままでもいいんじゃない? 大変なこともあるだろうけど」


 メグルもしゃがんで川に手を入れる。


「あたしは気にしないよ。そのうちなくなるかもしれないし」


 メグルは濡れた指を弾いて水滴を僕に飛ばしてきた。

 ピシッと頬が濡れるのを感じたが、やり返すような気力はなかった。

 とてもよくない気配だ。

 立ち上がって逃げ出そうかと思ったが、その判断が遅すぎたし、メグルの決断と行動も早すぎた。


「あたしと付き合えばいいじゃん。ゆっくりと女の子に慣れていけば昴だってその毒の力なんて気にならなくなるんじゃない?」


 思い付きで話している振りを装っているが、その声は緊張で震えていた。

 この様子だときっと僕がなぜここまで惚毒を忌み嫌っているのかまでは朋花から聞かされていないのだろう。


「ありがとう。でも、ごめん。それは出来ない」

「はあ!? なにそれ!」


 メグルは顔を真っ赤にして声を裏返す。


「なに拒否ってるの! あり得ないんだけど? あたしみたいな可愛い女子にコクられて断る権利なんてあると思ってるの?」


 強気な言葉とは裏腹に、メグルは泣きそうな顔で僕を詰った。


「大体普通あたしみたいなイケてる女子と昴みたいな陰キャが付き合えるわけないんだよ! それを特別に親切心で──」

「普通あり得ないから、駄目なんだよ。惚毒の影響がなかったら、メグルみたいな女の子が僕に告白してくるはずないんだから」


 静かにそう伝えると、メグルは手をブンブンと振って自らの発言を掻き消そうとしていた。


「そ、そういう意味じゃなくて!」

「メグルは僕の毒に冒されて好きなんだと勘違いしているだけだ」

「違うっ!! 絶対に違う!」


 メグルは立ち上がり、身の潔白を証明する被疑者のように声を荒げた。


「どうして違うと言い切れるの?」


 僕も立ち上がり、一歩メグルに歩み寄る。


「この手がすべての原因だ」


 手のひらを翳すと彼女は怯えた顔をして少し後退った。


「この忌まわしい力のせいでメグルは僕が好きだと勘違いしているんだ」

「違う! あたしは昴がそんな力を持つ前から好きだった!」

「それは昔の話だ。今はこの力に冒されてるだけなんだよ」

「はぁ!? ふざけんなっ!」


 溜めた涙をこぼれ落ちさせながらメグルが吠える。


「勝手に人の気持ちを決め付けんな! 勝手に……」


 メグルは両手で顔を覆い、しゃくり上げながら嗚咽を漏らして震えていた。


「ごめん」


 その肩に触れることすら出来ない自らの手を恨めしげに睨む。

 いや、違う。

 メグルに触れられないのは、この力のせいじゃない。


 僕は──


「好きな人が、いるんだ」


 胸の内を吐露すると、メグルは顔に押し当てていた手を外した。


「知ってる……朋花でしょ?」


 赤い目をしたメグルに、小さく顎を引いて答える。


「朋花は毒が効かないから好きなんでしょ? 自分を好きにならないから、好きなんでしょ? そんなの、おかしい。間違ってる!」


 毒のことが理由じゃない。

 そう言おうとして、やめた。

 僕のために一生懸命になってくれる朋花が好きだ。

 人からなんと思われようが我が道をいく朋花が好きだ。

 無愛想なくせに気を遣い、下手くそな慰めをしてくれる朋花が好きだ。


 毒が効かないということに惹かれている面もあるのかもしれない。でもそれ以上に人間として、朋花が好きだ。

 だけどそれをメグルに証明する方法はない。

 メグルが毒の影響じゃないと証明できないのと同じように。


「絶対フラれるよ。朋花は誰も愛さない」

「だろうな。でもそれでもいい。好きなんだ。女の子を好きだと思えたことが嬉しいんだ」

「そもそも誰にも恋をしないって心に誓っている朋花に好きだなんて言ったら、迷惑だって分からないの!?」

「もちろん分かってるさ。だから僕は自分の気持ちを朋花に伝えるつもりはない」


 朋花を好きになってしまっていると気付いたときから、それは決めていた。

 この想いは決して朋花には伝えない、と。


「馬鹿みたい! 結局一番その毒に影響されてるのは昴自身じゃない!」


 メグルの言うとおりなのかもしれない。

 触った相手に影響を与える力だが、結局一番翻弄されているのは影響を与えた相手じゃなくて僕自身だ。

 返す言葉もなく、僕は黙って俯くしかなかった。


「なんか言いなよ! 言ってよ!」


 理不尽に理由もなく嫌われるのと同じくらい、理不尽に理由もなく好かれるのは辛い。人気になりすぎて面白いことを言う前に笑いが起きる人気コメディアンの苦悩と似てるのかも知れない。

 いっそメグルに嫌われたら、どれだけ嬉しいか。


「僕は好意を向けられると気味が悪く感じてしまうんだ。好きだと言われると、身の毛がよだつ。気持ち悪いんだよ。これはもう、どうしようもないことだ。理屈じゃなく、条件反射的に。だからもう、二度と好きだなんて言わないで欲しい」


 わざと酷い言葉を投げつけると、メグルは期待通りに憎悪に満ちた顔に変わる。


「ふざけんなっ!」


 メグルが平手を振り上げ、僕は目を瞑り衝撃に供えた。

 しかし何秒経っても頬に衝撃は走らなかった。

 恐る恐る目を開けると、手を振り上げた恰好でメグルは固まっていた。まるでそういう石像のように。

 石像と違うのは目から涙を流しているところだけだった。


 振り上げた手を震わせながら降ろしたメグルは、悔しそうに唇を噛んで走り去って行ってしまった。

 その背中を追う権利すらない僕は、せめて視界から消えるまでメグルのことを見守っていた。


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