各部位での実験
翌日、実験の続きをするために朋花の家に行くと、既にメグルも到着していた。
「今日は手じゃない箇所を触れたときの反応を確かめましょう」
朋花はノートを片手にそう言った。
僕は薄手のゴム手袋をはめながら頷く。
「手以外?」とメグルは不安げに訊ねる。
「肩や頭、腕や脚など場所によって反応も違うかもしれないでしょ」
朋花の説明を聞いたメグルは「なるほどね」と頷いたあと、ハッと焦った顔になって僕を睨む。
「え、えっちなとこ、触んないでよね」
「触るわけないだろ!」
「どうだか? いま昴、すごくいやらしい顔してたし!」
「はあ!?」
慌てた口許に手を当てた僕を見て、朋花が実験ノートで顔を隠しながら声を殺して笑っていた。
心臓、もしくは脳の近くだと効果が強いかもしれない。
実験前に僕と朋花はそんな予想をしていた。しかし実験をしてみるとそれはあまり関係がないことが判明した。
肩や背中、頭などは手よりも反応が鈍い。
しかしふくらはぎや太股は手よりも早く、数秒で反応を示していた。
「ふぅん……そっか」
データを見ながら朋花はボールペンを顎に当ててカチカチと意味も鳴らしていた。
その姿は未知の病に挑む研究者のようだ。
「もしかして脳とか心臓じゃなくて子宮に近い方が反応が強いのかも?」
言い方がなんだか学術的だったものの、際どい発言に「はあ!?」とメグルは眉間に皺を寄せて不快そうな声を上げた。
しかし朋花はその声が聞こえていないかのような冷静な顔でメグルを見た。
「じゃあ次は──」
朋花がボールペンをメグルに向ける。
「い、いやだからね、絶対!」
「耳にしようか」
二人の声が重なり、一瞬の静寂が訪れた。
「耳、嫌なの?」
「絶対わざとでしょ、いまの!」
メグルは噛み付くように朋花に吠えた。
「メグルはどこだって言われると思ってたの?」と朋花は噛み殺せていない笑いを漏らしながら訊ねる。
朋花も酔いどれの女神みたいに意地悪なところがある。案外二人が出会ったら似た者同士で気が合うかもしれない。
「い、いいから早く耳を触れよ、昴!」
メグルは勢いで誤魔化すように髪を掻き上げて耳を晒した。
普段髪に隠れてあまり見えなかったが、ピアスを付けていた。
「じゃあ、失礼して」
手を伸ばして耳たぶを摘まむ。
思いのほかぷにっとした柔らかな感触が心地よかった。
「んあっ!」
急にメグルの甲高くて細い声が上がって慌てて指を離す。
「ご、ごめん! 痛かった?」
「く、擽ったかったんだよ、バカ!」
メグルは顔を真っ赤にして耳を髪で隠す。朋花はメグルにバレないようにこっそりと実験ノートに「被験者は耳が性感帯」と記入していた。
メグルに見られたら怒られるぞ、きっと。
「惚毒は? 感じた?」
「うん。多分、感じたと思う」
「なるほど」と朋花は唇を人差し指でちょんちょんと触り、思案顔になった。
頭や肩と近いが耳の反応はそれらよりもかなり早いようだ。
どこかに近いから効きやすいというものでもないのかもしれない。
「腋の下と足の裏、どっちがいい?」
朋花は真剣な表情でメグルに問い掛けた。
「は?」
「擽ったさと惚毒は関係しているのかもしれない」
「そ、そんなのどっちも嫌に決まってるでしょ! 絶対イヤ!」
メグルは両手で自らを抱きながら不潔なものを見る目で僕から後ずさる。
朋花が言ったのに僕にそのリアクションをするのは理不尽だ。
でも確かに興味深い。
朋花の言う通り、擽ったさと惚毒の関係性はあるのかもしれない。
「お願い、メグルさん。こうして一つづつ可能性を確認していくことが大切なの」
「ごめんな、メグル。頼む」
二人で拝むように手を合わせるとメグルは怒ったように顔を背けた。
「もうっ! わかったよ! でもやめてっていったらすぐやめてよね! 分かった?」
結局メグルは足の裏を選択した。
逃げ出さないように朋花が足首を掴んで固定してくれた。
メグルは掴まった野生動物のような目をして僕を睨みながら両手でしっかりとスカートの裾を押さえている。
すらっとした体つきに似合わず、メグルの足の指はコロッと丸くて可愛らしい。
「に、匂いとか嗅いだら殺すからねっ!」
「そんなことするわけないだろ」
一体メグルは僕をどんな変態だと思っているのだろうか。ちょっと悲しくなる。
薄手のゴム手袋を装着した指を近付けると、メグルは足の指をうにうにと蠢かす。もしかするとメグルはすごく擽ったがりなのだろうか。
「いくよ」
「う、うん」
「そんなに緊張するなよ。もっとリラックスして」
「うるさいなぁ。さっさとやれよ!」
立てた四指を踵からゆっくりと土踏まずを経由して指先へと這わせていく。意外と柔らかくてちょっとドキッとしてしまった。
「ひゃっ!? ひゃははははっ! だ、だめっ! やめっひゃははは!」
「ちょっとっ! 暴れすぎだって!」
メグルはスカートを穿いていることも忘れ、脚をバタバタさせて身悶える。身を捩って朋花の拘束を解き、そのままエビのような動きで部屋の隅へと逃げていった。
「触り方が変態っぽいんだよ、昴は!」
「そ、そんなことないだろ! 普通に擽っただけだよ」
「すけべっ!」
目に涙を浮かべたメグルにボックスティッシュを投げつけられる。
「どう? やっぱり毒の影響はあった?」
朋花は一人冷静に状況を確認していた。
「それは、まあ……あったけど」
「やっぱり。擽られたり興奮させられると、より強く影響があるみたいだね」
「こ、興奮なんてしてないしっ!」
メグルは必死に訴えていたけど、朋花の耳には届いていなさそうだった。チラッとノートを覗き込むと『被験者性感帯多し』と書き込んでいた。
連続で行うとデータがあやふやになってしまうため、ここで一旦休憩となった。
女子二人はキッチンに立ち、料理を作っている。
背中を見ているだけでも、二人の料理の腕前は歴然としていた。
普段から慣れている朋花は手際がよく、その隣でメグルはあたふたしている。包丁も使い慣れていないようで、やけに肩に力が入った姿は見ていて冷や冷やさせられた。
それでも朋花はメグルをからかったりせず丁寧に教えている。同級生というよりは歳の近い姉妹という感じだ。