紐なし二人三脚
休憩を挟んで快復したのか、メグルはやけに陽気だった。
「じゃあ次はどれにする? オーソドックスな毛糸のやつにする? てかなんで鍋掴みとかあるわけ? これはないでしょ、朋花」
メグルはやる気満々らしく、手袋を物色していた。でもその態度が陽気すぎて、むしろ無理をしているんじゃないかと心配になる。
「あんまり一気にやるとよくないし、休みながらゆっくりやろう」
「そう? 別にあたしは構わないけどね」
どうでもいい振りをしているがその顔には安堵が滲んでいた。
休憩時間となり、僕たちはボードゲームやトランプをした。ポーカーやババ抜きなどの心理戦の駆け引きがあるものは朋花が強く、運の要素が強いボードゲームはメグルが強かった。
こうして三人で遊んでいると自分の置かれた境遇も忘れそうになる。久々に感じる他愛のない安らいだ時間だった。
それはメグルや朋花も同じだったのか、やけに二人ともはしゃいでいた。
思えばここにいる三人はみんな理由は違えど世間からはみ出したものばかりだ。
無口で誰とも馴れ合おうとしない朋花。
荒れて尖っていて近寄りがたいメグル。
女性に触れないようにし、他人とも関わらないように生きる僕。
まともな青春を歩んでない僕らは、失われた時間を取り戻すようにゲームを楽しんでいた。
二時間ほどの休憩の後、再び実験に戻った。
毛糸の手袋は生地の厚さで若干変わるものの、ほぼどれも数秒で毒が伝わってしまった。
手袋を二重にするとやや効き目は薄れるものの、指が自由に動かせないので実用性は薄かった。
「今日はこの辺にしておこう」
頬を染めて言葉数が少なくなってきたメグルを見て、朋花がノートを閉じた。
実験終了を聞いたメグルは素早く僕と距離を取り、荷物を片付けはじめる。アッシュグレーの髪で顔を隠し、僕とも朋花とも目を会わそうとしない。
「じゃあまた明日」
雑に荷物を鞄に詰めたメグルはそう言い残すとさっさと部屋を後にしてしまった。
「家まで送って上げて。ほら、早く」
「でも」
メグルは明らかに僕を避けていた。一人になりたかったのだろう。
かなり惚毒も溜まってしまっているはずだ。そっとしておいた方が彼女のためにもなりそうな気がする。
「急いで。行っちゃうよ」
煮え切らない僕の手を取り、無理矢理立たせる。
「辛いのを堪えて三田君のために頑張ってくれているんだよ? ちょっとは気を使ってあげて」
「う、うん」
朋花の言うとおりだ。
惚毒で僕を意識したメグルを見て少し気味の悪さを感じてしまった自分を叱咤し、慌ててメグルのあとを追い掛けた。
アパートの階段を駆け下り、メグルの背中を追い掛ける。真夏の午後五時はまだ昼のように明るく、熱せられた空気は肌に纏わり付くようだ。
「メグル!」
呼び止めるとメグルはビクッと肩を震わせて振り返る。
人を威嚇するような目許を強調したメイクと不釣り合いな、不安げな表情を浮かべていた。
「一緒に帰ろう」
「ついてくんなよ。一人で帰りたかったのに」
メグルは急に早歩きになる。色んな言葉が脳裏を過ぎったが、その全てが余計な言葉に感じ、僕は黙ってメグルの隣を歩いた。
「どうせ朋花に言われたんだろ、一緒に帰ってやれとか」
「いいや。言われてないよ」
その嘘は一瞬の躊躇いもなく口をついた。メグルは猜疑心剥き出しの目で僕を睨んていたけれど、やがて僕に併せるように歩調を緩めてくれた。
「メグルと朋花って仲いいよね」
「仲いいって言うか……朋花がお節介なだけだし」
「それが信じられないんだよね。朋花ってあんまり人の世話を焼くようなタイプじゃないし」
あまり人と関わり合いたがらない朋花がメグルにお節介なほど絡んでいるのが不思議だ。
「随分と朋花のことが気になってるみたいだね」
ボソッと小さい声で、独り言のようにメグルは呟いた。
「気になるって言うか……」と言ったあとでなんと続けるのが僕の正直な気持ちなのか分からなくなって、言葉はそこで途切れてしまった。
「朋花はいいよな」
「なにが?」
「だって昴に触られても平気なんでしょ?」
そう言ってメグルは蜂に刺された痕を確認するように自らの手に視線を落とした。
「ごめんな。メグルにばっかり実験台になってもらって」
「……別にいいけど」
「朋花の予想だと、『誰にも恋をしない』って心に誓うと僕の毒も効かなくなるらしいよ。あ、そうだ! メグルも試してみたら?」
「ううん、いい。てかそんなこと、普通無理でしょ」
メグルは首を振ってぎこちない笑みを浮かべていた。
「人を好きになるというのは抑えようとして抑えられるものじゃないし。理由とかきっかけとかじゃなくない? 昴の力と似たようなもので、気付いたら好きになってるのが恋だと思う」
「確かにそうかもしれないね」
僕の力に似ているかどうかは分からないけど、確かに恋する気持ちというのはどこからやって来るものなのかを、僕は知らない。
「でも少なくとも触れられたことで作為的に発生するものじゃないんじゃない?」
「そうとも限らないでしょ。たとえば、ほら……ダンスをするのに手を繋いだり、二人三脚で足首を繋いだりして、触れたことがきっかけで意識しはじめることもあるだろうし」
メグルは早口でそう言うとまた少し歩く速度を上げた。
そういえばこの力を得る前の五年生の頃、メグルと運動会で二人三脚をしたことを思い出す。呼吸が合わずに文字通り足を引っ張ってしまった。
あれがメグルが僕を意識しだしたきっかけだったのかもしれない。
あのとき、それに気づいていれば違う未来もあったはずだ。
その失敗を取り戻すように、僕はぴったりとメグルの隣で足並みを揃える。そんな意図が伝わったらしく、メグルも僕の歩幅に合わせはじめた。まるで足首を繋がない二人三脚だ。
急にメグルがふざけて走りだしたので僕も慌てて併せるように走る。
夏の暮れない夕方、僕たちは決して触れ合わないようにはしゃぎながら駅までの道を走っていた。