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臨床実験開始

 朋花の家にお邪魔すると、祖父母の家に帰省している妹の代わりのようにメグルが座っていた。


「よう」

「なんでメグルがいるんだ?」

「いて悪いの?」


 メグルは眉間に皺を寄せて僕を睨んだ。


「悪くはないけど」

「ごめんね。私がお願いしたの」


 朋花はコップに入れた麦茶をテーブルに置き、メグルの隣に座った。


「三田君の持つ能力の強さを分析するために、メグルさんに協力してもらおうと思って」

「僕の能力の分析?」

「ええ。今のままでは三田君が生活するのに色々と問題があるでしょ」


 説明しながら朋花は手袋を並べていく。毛糸製、ゴム製、ビニール製、革製など様々なものがあった。


「昴が手袋を着けてあたしを触るの。どの場所をどれくらい触れば効果が出るのかを確認すれば役に立つでしょ」


 朋花の説明を継いでメグルがそう言った。


「私には惚毒の力は効かないからメグルさんに手伝いをお願いしたの」

「なるほど……」


 確かにこれまでそういう実験をしっかりとしたことはなかった。

何となくの感覚だけの、文字通り手探りで生きてきた。しっかり調べれば色んなことが分かるかもしれない。

 そもそもこの毒のことをちゃんと話したのも朋花が最初で、それまで誰にも話したことがなかったのでこういう実験をしようという発想すらなかった。


「条件を決めて試してみればどのくらいで毒の影響があるのかが分かるでしょ。そうすれば三田君も少しは女性との接し方が楽になるかなと思って」

「ありがとう。朋花、メグル。でも迷惑かかるし、悪いよ」

「今さらそんなこと気にすんなよ。既に相当迷惑かけられてるし」

「メグル……ありがとう」

「あっ、あたしは人体実験の道具なんて嫌だったんだけど、朋花がしつこくて。まあ昴も困ってるだろうから、仕方なく」


 ムスッとして視線を逸らすメグルの顔を、朋花がからかうように覗き込む。

 朋花は誰にでも素っ気ないくせに、メグルにだけはやけに愛想がいい。まったく違う方向ではあるが独特に尖った二人だから惹かれ合うものがあるのだろうか。


「じゃあまずはこれから」


 朋花が渡してきたのは清掃などで使うような厚手のゴム手袋だ。


「さすがにこれを普段着けて生活するのは無理だと思うけど、どれくらいで遮断できるかを測定するためにね」


 言われたままに手袋を着けると朋花がスマホのストップウォッチ機能を立ち上げた。


「いきなり強く握らないでよね」

「分かった」


 不安げな表情のメグルに頷き、『よーいスタート』の合図で手を握った。当然のことながらゴム軍手越しだと肌に触れているという感触はほぼなかった。


「どう?」

「大丈夫。何にも感じない」


 手を握り合ったまま一分が経過したところで手を離した。


「これならなんともないみたい」


 メグルは胸に手を当て、自分の心に乱れがないことを確かめながら答えた。僕なんかのためにメグルが真剣に協力してくれているのが嬉しかった。

 朋花は頷きながらノートに『ゴム手袋 一分 影響なし』と記載する。そのノートに『三田昴実験観察データ』と書かれているのはちょっといかがなものかと思うが、とてもいい奴だ。


 孤独で辛いだけの人生だと思っていたが、今は二人の仲間がいる。

 まだほんの少しだけ前よりよくなっただけだ。でもここからあの酔いどれの女神に勝つことも出来るかもしれない。


「ゴムという材質がいいのかな? じゃあ次はこれで」


 次に渡されたのは実験や手術などで使うような薄手のゴムの手袋だった。

 ゴムの密閉性や絶縁性が有効ならばこれでも効果があるはずだ。

 滑りが悪い手袋を苦労して装着し、再びメグルの手を握った。


「これだとさっきのゴム軍手よりかなり肌に触ってる感覚があるな」

「あたしも昴の体温を感じる」


 握り続けて二十秒ほど経った頃、「あ、ちょっと来たっぽい」とメグルが訴えたので慌てて手を離す。


「二十三秒か……ゴムでも薄手だと透過しちゃうのかな」


 そのあと革、合皮と試してみたが、いずれも十秒程度で反応してしまった。


「十秒か。ふつう人と握手すると言っても十秒も握ったりはしないから、まあまあ有効かもしれないね」


 実験データを見て少し安堵する。

 次に普段僕がよく使っているタクシーの運転手などが嵌めている薄手の白い手袋で手を握ったところ、僅か二秒足らずで反応が出てしまった。

 立て続けに惚毒を受けたメグルは頬を少し赤らめ、肩を竦めていた。


「ちょっと休憩しようか。メグルも疲れただろ?」

「別に……」と言いつつメグルは立ち上がって外の空気を吸いに行ってしまった。

「あまり連続でするのは危険かもね」


 メグルが出ていったドアを見ながら朋花が呟く。


「そうだな。それに立て続けにするとその前の毒の影響とも区別がつきづらいし、ちょっと時間を置きながら試そう」


 身体に害はないだろうが、精神的にストレスになるのは間違いない。


「メグルさん、はじめは嫌がってたんだよ」


 朋花は静かに僕に教えてくれた。


「得体の知れない力の威力を試すのが怖いってこともあるんだろうけど、きっとそれ以上に初恋を穢したくなかったんだと思う」

「初恋を穢す?」

「三田君の惚毒を受ける度、三田君への想いが上書きされていくんだよ。純粋に好きだった気持ちから、得体の知れない力へと変わっていく。それがどれだけ残酷なことかは、分かるでしょ」


 朋花の言葉が僕の胸を冷たく突き刺した。

メグルはそんな覚悟をして向き合ってくれている。そう思うと申し訳ない気持ちにさせられた。


「そこまでしてくれているんだよ。それでもメグルさんの気持ちに、答えてあげられないの?」

「でもそれは昔の話だよ。今は幼馴染みのよしみで手伝ってくれているだけだろ。好きとか、そんな感情はないと思うけど」

「そうかな?」


 朋花は首を傾げながら思案顔になる。

 僕だってそれだけじゃないことは分かっていた。でもそれを認めることは、惚毒に冒されたメグルの好意を認めることになってしまう。

 純粋な友情であって欲しい。それはむしろ僕の淡い願いだった。


「これは全くの予想なんだけど、もともと三田君のことが好きだったメグルさんには惚毒の効果も大きかったんじゃないかな? もともと恋をしないと決めていた私には惚毒が効かなかったのと同じように。だから五年ぶりに再会した時もあんなに感情的になっていたし、気持ちもまだ残っていたんだと思う」


 確かにそれはありうることなのかも知れない。

 いくら何でも何年も惚毒が残っていたとは考えられない。

 毒が消えた後も、もしかしたらメグルは僕を思っていてくれた可能性もある。

 そんなことを考えてると、外に出てたメグルが戻ってきた。


「あー、暑い。ほんのちょっと外にいるだけで汗だくだし。最悪」


 メグルは顔を顰めてTシャツの胸元をパタパタとさせながらハンカチで首筋や額の汗を拭う。タイトなシャツが身体に貼り付いて曲線を艶めかしく浮かび上がらせていた。

 なんだか気まずくなって視線を逸らすと「昴、今やらしい目で見てただろ?」と背中を叩かれた。


「あ、発見! あたしが昴を叩いてもなんの反応もないみたい。ほら、ほらほら!」

「痛いってば!」


 メグルはニヤニヤと笑いながらバシバシと僕の背中を叩き、朋花は真面目な顔をして『被験者が背中を叩いても反応なし』と書き込んでいた。



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