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惚毒の呪い

 鋭い眼光を向けるメグルと、とってつけたような惚けた顔で笑うまほろが向き合う。


「昴に気のある素振り? 別にそんなことしてないよ。メグルの気のせいじゃない?」

「嘘! あたしが昴のこと『ちょっといいなって思ってる』って言った次の日から、突然昴と仲良くなり始めたよね」


 更に驚きの展開になってもはや声すら出ず、メグルの顔を見た。


「確かにメグルが三田君のこと好きだって話は聞いたけど……なに? もしかして三田君が私に告白したことを未だに逆恨みしてるの? 勘弁してよ」


 げんなりした顔をしたまほろは嘲笑う響きでそう吐き捨てた。


「そうそう、私が転校した後、クラスの女子みんなが三田君を好きになったんだって? 誰かに手紙もらって聞いたよ。それで嫉妬に狂ったメグルが暴力を振るって登校拒否児童になったっていうのも聞いたけど。もう学校に行けてるの?」


 それはもはや僕が知っていたまほろではなかった。

 いつも一生懸命で、優秀な成績も見た目の可愛さも鼻にかけず、ちょっと抜けたところがあるけれど憎めない存在。それが僕の知っている『伊東まほろ』だ。

 いま僕の隣にいるまほろは嫌味で、相手を小馬鹿にし、都合の悪いことはしらばっくれている。


「それは関係ない。今あたしが言ってるのは──」

「いい加減にしてよね、そんな昔のこと。私が引っ越しした後の話でしょ? それも全部私のせいだって言うの?」

「ふざけるな! 今はそんな話してない! まほろは昔からそうやってすぐに論点をすり替えて逃げて!」

「メグル! 落ち着いてよ」


 掴みかかろうとしたメグルを慌てて止める。

 素手で触ってしまったが、それがむしろ功を奏したのか、メグルはすぐに顔を赤らめて言うことを聞いてくれた。

 この能力もたまには役に立つと、ホッとした。


「好きなだけ三田君と仲良くすればいいじゃない。私はもう関係ないんだからさ。小学校時代のことで盛り上がるほど、私は暇じゃないの」


 まほろは唾を吐きかけるようにそう詰った。恐らくメグルの言ったことは真実だったのだろう。

 僕は久し振りに怒りがこみ上げていた。

 他人の心を弄んで踏みにじるなんて許しがたい行為だ。それは惚毒の力を用いていたずらに人を傷付けた過去の自分への憎悪でもあった。


「ごめん、まほろ。いきなりやって来て昔のことで詰られても訳わかんないよね」


 僕は握手を求めるように右手をまほろの前に差し出した。

 その瞬間メグルと朋花が息を飲むのが分かった。


「え? なにこの手は? 握手?」

「ああ。最後に握手をして終わりにしよう」


 まほろは白けた顔で僕を見て、無言の拒否をしていた。しかし怯まずに手を差し伸べ続けていると、まほろは面倒臭そうに僕の手を握ってきた。


「ありがとう」

「きゃっ!?」


 逃がさないようにその手をがっしりと掴む。


「な、なにっ!?」

「僕は本当にまほろが好きだったよ」


 強く手を握りながら微笑みかける。


「でも今日こうして会いに来てよかった。まほろの正体が知れて、ようやく想いも吹っ切れた」


 僕の惚毒には即効性がある。まほろの目は恐怖から戸惑いへと変わっていく。


「まさかこんな最低な人だとは思わなかった。人の心を弄んで、友達の片想いを邪魔して愉しんで」

「そ、それは……違うの」


 逃げようと手を引くがそうはさせない。更に強くまほろの手を握り締める。経験上強く握ればそれだけ毒の力も増す。


「違うってなにが?」


 更に左手で手首を掴みながらまほろに問い掛ける。


「メ、メグルが、三田君のこと好きだって言うから、私も協力しようと思って……それで三田君と仲良くしはじめたの。本当なの!」


 まほろの頬は真っ赤に染まり、目は潤んでいた。恐怖に怯えている顔ではない。憧れのスターと握手をしている、そんな表情だった。

 間違いなく毒に冒されている。

 まほろは僕の惚毒が効かない唯一の女性では、なかった。

 その事実を知ると今さらだが少し胸が痛んだ。


「それなのに勘違いした僕がメグルじゃなくてまほろを好きになってしまったってこと?」


 冷たく言い放つとまほろは赦しを乞うように首を横に振った。


「違うの。そのっ……メグルのためって思っていたのに、いつの間にか私が三田君のことを好きになってしまっていて……告白してもらったときは嬉しかったけど、でも、メグルに申し訳なくてっ……だからあんなひどい態度を取ってしまって……本当にごめんなさい」


 ゾッとして身の毛がよだった。

 豹変ぶりに呆れたとか、自分勝手な言い訳に怒りを覚えたとか、そんなこと以前の問題だった。

 単純に恋慕の念を向けられて生理的に気持ち悪くなってしまった。


 もしかするとまほろなら惚毒に冒されて好意を向けられても嫌悪感を抱かずに喜べるんじゃないか?

 心のどこかでそう期待していた。

 でも駄目だった。

 たとえまほろであっても恋愛感情を向けられると、堪え難い不快感を感じてしまった。


「離せ! 離してくれよ!」


 まほろの手を払い、忌々しげに自分の手のひらを見つめた。


「嘘じゃない。あのときも、そして今も、私は三田君が好きなのっ」

「うるさい! 近寄らないでくれ!」


 なにもかもが穢らわしく思え、僕は走りだした。

 こんなことなら来るんじゃなかった。今さらそんな後悔に襲われる。

 駅に向かってひたすら走った。すれ違う人は驚いて道を開ける。


 来るんじゃなかった。

 こうなるんじゃないかっていう予想より、遥かにひどい結果だった。

 メグルも朋花もやめておこうって言ったのに、なんで来てしまったのだろう。


 駅に到着し、崩れるように地面に蹲った。

 遅れて噴き出してきた汗は何分経っても止まらず、ぐっしょりと濡れてシャツは肌に貼り付く。


「いきなり走らないでよね」


 額に汗を滲ませた朋花が眉を歪めて僕を見下ろしていた。

 その後ろから表情を曇らせたメグルもやって来る。


「……ごめん」


 起き上がるとふらっと立ちくらみを感じた。よろけた僕を朋花が支えてくれる。


「帰ろう」


 朋花はそれだけ言うと改札へと向かっていった。


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