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再会

 翌朝早くにホテルをチェックアウトした僕たちは、まほろが引っ越したという街へと向かった。

 都心から少し離れたその場所は、街路樹が多く茂り、車通りの割に道が広い、閑静な住宅街だった。建つ家々もみな立派で、東京とは思えないほど庭も広い。

 子供の頃はよその家の家庭事情なんて気にもしなかったが、まほろの家はかなり裕福だったようだ。


「ここだね」と立ち止まった家には『伊東』という表札が出ていた。

 急に鼓動が早くなるのを感じていた。

 五年前のあの日、僕の前から姿を消したまほろがこの家の中にいる。

 東京駅を降りたときも、最寄り駅に着いたときも感じなかったリアリティが、表札を見た瞬間に突如襲い掛かってきた。


 インターフォンの前でしばし僕たちは固まった。朋花もメグルの僕の顔を見ている。

 やはりこのチャイムを馴らすのは僕の役目なんだろう。しかし情けないことに手が動かなかった。


「やめておいても、いいんだよ」


 固まってしまった僕に朋花が諭すように呟いた。その表情は穏やかで、優しかった。


「きっとどんな結果でも、三田君は傷つくと思う。ここで引き返そう」

「でも……」


 自分で会いに行けと言ったくせに、朋花は今さら僕を引き留めた。

 やはりやめておいた方がいいのだろうか。そんな逡巡しているうちに玄関のドアが開いた。


「あっ……」


 家の中から出て来たのは、まほろだった。

 小学六年生の頃から一度も見ていなかったけど、それがまほろであるということはすぐに分かった。

 聡明そうな目も、どこか隙があるような口許も、華奢な腕も、あの頃の面影をそのまま成長させたような、十六歳のまほろがそこにいた。


「ま、まほろ……」


 震える声で呼びかけるとまほろは眉を顰め、困ったように笑った。


「誰?」


 まほろの口から発せられた第一声は予想通りのものだった。それなのにやはりちょっと胸の奥が痛んだ。


「覚えてない、よね。僕は三田。三田昴。ほら、小学校の頃に同じクラスだった」

「ああ! 三田君か」


 すぐに思い出してくれたようで、彼女は警戒を解いた顔に変わる。


「久し振り。元気だった?」


 転校する間際に告白して困らせたことなどすっかり忘れた様子で笑いかけてくる。

 それはもちろん喜ばしいことだ。しかし何年も思い悩んでいた僕は、ちょっと複雑な気持ちにもなる。


 この様子を見る限り、僕がまほろの住所を調べようとしていたことは伝わっていないようだった。

 まほろは僕の後ろにいるメグルにも気付いた様子で驚いた顔を見せた。


「よう」

「メグル!? 久し振り!」


 それからまほろは朋花に視線を移し、記憶の糸を手繰る表情になる。


「あ、私は部外者なんで」


 そう言って朋花は半歩バックして僕らから離れた。

 なぜ部外者も一緒なのか、まほろは不思議そうに笑顔のまま少し首を傾げた。


「えー? 急にどうしたの? 懐かしいな」


 まほろはあの頃と同じように屈託のない顔で笑っていた。

 これから予備校にでも行くつもりだったのか、夏休み中だというのに肩に重そうなスクールバックをかけている。


「突然ごめん。謝りたくて……」

「謝る? なにを?」

「引っ越しする前、いきなり告白しちゃったこと。まほろの気持ちも考えずにごめん」


 何よりも先にずっと心に引っ掛かっていたことを詫びる。


「あー、あったね、そんなこと」


 まほろは眉間に浅く皺を作って苦笑いを浮かべた。当然のことながら彼女にとっては遠い昔の思い出なのだろう。

 怒りや悲しみはとっくに抜け、懐かしい出来事として記憶されているようだった。


「ずっと謝りたかった。遅くなってごめん」

「そんなこと気にしなくていいのに。私の方こそごめんね。ひどい言い方をして」


 『そんなこと』と片付けられたことは、正直ショックだった。あのことがきっかけで、僕はその後の人生が大きく狂ってしまったのだから。

 背中に朋花とメグルの視線を感じたが、振り返ることはしなかった。


「今さらこんなこと訊くのも、なんか気持ち悪いけど……やっぱり僕に告白されて嫌だった? それとも……」


 引っ越すということがなければ、まほろは僕の告白を受け入れてくれたのか?

 今さらそんなことを訊いてなんになるわけでもない。でもそれはどうしても確かめておきたかった。

 まほろの表情は緩やかに曇っていく。それが答えだった。


「ごめん。変なこと訊いちゃって」

「ううん」


 まほろは無理に笑ってからスマホを見て時間を気にする素振りを見せた。


「久し振りに会えて嬉しかった。じゃあ」

「まだ終わってないよ」


 立ち去ろうとしたまほろの進路をメグルが塞いだ。


「あたしもまほろに訊きたいことがあって会いに来たんだ」

「なに?」


 まほろはちょっと怯えた顔をして身体の半分を僕の背後に隠した。


「あんたって結局、隈本くまもと角田かくた、どっちと付き合ってたんだよ?」


 メグルの言っている意味が分からず、思わず僕が「は?」と訊き返してしまった。

 隈本君というのは確か隣のクラスの男子でいつも喧嘩ばかりしていたリーダー格で、角田君というのは僕たちのクラスで、スポーツ万能の目立つ男子だった。


「隈本とはキスまでだったけど、角田には胸まで揉ませたんだって? 他にも何人かと付き合ってたみたいだけど」


 まほろはさっきまでとはまるで違う険しい目をしてメグルを睨んでいた。鬱陶しいという気分を隠しもしない、嫌悪感に満ちた冷たい瞳だった。

 見てはいけないものを見てしまった気がして、慌てて視線をまほろから逸らした。


「あんたいったい本当は何人の男と付き合ってたわけ?」

「なんのこと? 意味分かんないんだけど。っていうかそんな昔の話、なんで今さら訊いてくるの?」


 言葉遣いも荒くなる。急にまほろが僕の知らない女になったようだった。

 いや、今までの僕が本当のまほろを知らなかったのか?


「まあそんなことはどうでもいいんだけどね。でもなんで昴にまで気がある素振りとかしたわけ?」

「えっ!?」


 驚きのあまり、一度は目を逸らしたまほろの顔に視線を戻した。



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