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プライベートな夜景

(このまま東京まで寝てしまおう)


 席に戻った僕はそう決意して目を閉じる。

 しかし二人はそんな僕に構うことなく東京観光について熱い議論を続けている。その声を遮断するために再びまほろのことを思い出していた。


 まほろは特にリーダーシップを発揮するタイプではなかったのだけれど、美少女で賢く、それでいてどこか抜けているところがあって愛嬌があるのでクラスの中心人物だった。

 まだ能力を得る前の僕は、ちょっと頭がいいということ以外はこれといった特徴のない男子だったと思う。


 でもなぜかそんな僕に、六年生の頃からまほろはよく話し掛けてくれるようになった。

 そのことに僕がちょっと浮かれていたのは事実だ。


(引っ越しすると聞かされたあのとき、僕はなんであんなことを言ってしまったのだろう)


 相手の気持ちなどまるで考えていない告白は、それまでの友情を壊し、さよならすら言えず、更にはこんな呪いをかけられる遠因にもなってしまった。


 もし時を戻せるなら──


 そんなことを思い、唇を噛んだ。

 時間など誰にも巻き戻せない。済んでしまったことを悩むより、今どうしたいのかをしっかりと考えるべきだ。


 気付けば隣から朋花達の声が聞こえなくなっていた。

 目を開けて確認すると二人ともいつの間にか眠っていた。

 いつも気を張っている朋花もさすがに寝ているときは無防備な顔をしている。

 眠りが浅いからか、こくんこくんとゼンマイ仕掛けの古い人形のように身体を揺らしていた。


(成り行きとはいえ東京まで付き合わせるなんて、悪いことしたな)

 観光を楽しみにしているみたいなので少しは安心したが、やはりちょっと申し訳ない気分だ。

 朋花がガクンと大きく頭を落とし、そのまま僕の方へと寄り掛かってきた。


「ちょっ……」


 押し戻そうとして慌てて手を止めた。不意に出そうになった手を止めるという癖が身に付いていた。


(あ、そっか。朋花は触っても大丈夫なんだよな)

 そっと肩に手を当て、ゆっくりと朋花の姿勢を元に戻した。

 触れても大丈夫な女性が一人でもいるという安心感。

 朋花の存在は、いまの僕にとって唯一の希望だった。

 彼女の膝の上で広げられたままのガイドブックを閉じてテーブルに置きながらそんなことを考えていた。


 東京駅に着くと当然のことのようにメグルと朋花は原宿へと繰り出す。付き合ってくれている二人のため、文句は言わずに付き添った。

 もっとも二人を放っておいて一人でまほろのところに行きたくとも、メグルが住所を教えてくれないので不可能だった。


 焦れる気持ちもあったが、慌てても仕方ない。

 小学六年生の時に別れて既に五年。今さら会いに行くのが一日遅れたところで大した違いはない。それならば二人に付き合ってやろう。


 しかしそんな殊勝なことを思ったのも最初のうちだけだった。

スイーツだとか洋服の買い物だとかに付き合わせられているうちに、ヘトヘトになってきてしまった。

 夏の暑い陽射しの下でも女子二人は疲れた様子もなく、自分たちで立てた観光プランを遂行すべく元気いっぱいだった。


 夕食を安くて美味しいという評判のイタリアンで食べ、ようやくホテルに着いたのは夜の八時だった。部屋はもちろん別々だ。


「あー、疲れた。無駄に疲れた」


 ちょっと寂れたビジネスホテルのベッドに服を着たままごろんと転がる。炎天下の下で歩き回ったので疲労も激しかった。

 汗で身体がべたつくのでさっさとシャワーを浴びたいが、起き上がる気力も湧かない。


 東京を歩くと何故だかずいぶんと疲れる。

 人が多いというのもあるのだろうが、情報量が多すぎるというのもあるのかもしれない。


 店の看板、大きな広告、複雑な行き先案内、聞き馴染みのある地名や店。電車内でも常にディスプレイでCMを流し、気が休まる時がない。

 同じ距離を歩いても地元だったらこんなに疲れないだろう。


(これが日本の中心なんだな)

 あまりに大きな街にため息が漏れる。

 窓の外を眺めても壮大な夜景などは見えず、狭い土地に混雑した気忙しい景色が見えるだけだった。

 昼間に見掛けた港区の高層ビルを思い出す。大袈裟でなく天を衝くように聳え立っていた。


 この時間だとあのビルの高層階からは東京の夜景が一望できるのだろう。

 それはきっと僕が一生見ることもないのだろう夜景だ。

 山がない東京都心だがもちろん眼下に見下ろせる夜景がないわけではない。

 ただそれは選ばれた人だけが見ることの出来るプライベートな夜景だ。僕の地元のように山さえ登れば誰でも見ることが出来るパブリックな夜景ではない。


 コンコンとドアをノックする音が聞こえ、脳内に浮かんでいた故郷のささやかな夜の景色は霧散した。

 僕を訪ねてくる人など同行者の二人以外考えられない。念のため鏡で軽く髪を整えながらドアを開いた。


「昴。ちょっといい?」


 やって来たのはメグルの方だった。コンビニのビニール袋をぶら下げた彼女は、僕の答えを聞く前に室内へと踏み込んできた。

 メグルは袋から取り出したスポーツドリンクを「ほい」と投げて渡してくる。


「なに? 疲れてるんだけど」


 キャップを捻り開けながらマイペースなメグルを軽く睨んだ。


「あんたはどうするつもりなわけ?」


 メグルは僕の訴えなんて聞かない相変わらずな態度でプルタブを開けていた。


「どうするって、なにが?」

「まほろのこと。会ってどうしたいの?」


 面倒くさいのは僕の方なのに、なぜかメグルに面倒臭そうな顔をされてしまう。


「そりゃ僕のこの惚毒がまほろにも効くのか、それとも効かないのかを試すつもりだけど」

「だから試してそのあとどうするつもりかって訊いてるんだよ」

「どうするって、そりゃあ」


 即答しようとして明確な答えを持っていないことに気付かされた。

 あの酔いどれの女神は僕の能力が効かない人間がこの世の中に一人だけいると言っていた。

 今までは状況的にその唯一の人というのはまほろなのだと考えていた。それが一番僕を苦しめる結果になるからだ。


 しかし朋花という僕の能力が及ばない少女が現れたことでその確信も揺らぎつつある。

 まほろに惚毒が回ってしまい好意を持たれたら、僕はどんな気分になるのだろうか。

 人に恋心を向けられることに忌避感を抱く僕は、やはりまほろを嫌ってしまうのか? 

 それともまほろならば受け入れられるのだろうか?


「会わずに帰った方がいいんじゃない?」


 僕の心を見透かしたようにメグルが言った。


「今さらそんなこと出来ない。ここまで来たんだ。僕はこの目で真実を確かめる」

「真実、ね。そんなもの知らない方がいいこともあるんじゃない?」


 やけに達観した言い方に腹が立った。


「メグルもまほろに確かめたいことがあって東京まで来たんだろ。なにを知りたいのかは知らないけれど」

「意志は固いってことだね」


 メグルは珍しくしんみりとした様子で視線を握った缶に落とす。


「どんな答えであれ知らないと前に進めない真実っていうのもあるだろ。だから僕は、確認したいんだ」

「そっか。分かった。昴がそこまで言うなら、止めないよ」


 彼女は立ち上がり、そのまま部屋を出ていった。


 このときメグルの言うことを聞いておけば少なくとも一つの傷は負わずに済んだのだが、思慮の浅い僕はまほろに会えばなにか分かると思い込んでいた。

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