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ワゴンカーのコーラ

──まほろは東京に引っ越した。


 翌日駅で合流したメグルは細かい住所を教えずに、それだけ伝えてきた。


 昨日『一泊しないといけない』と言われてたので着替えなどの準備はある。でも東京なら無理すれば日帰りで行ける距離だ。

 そうメグルに主張すると「せっかく東京に行くのに遊ばないともったいないじゃん」と返された。意外だったのは朋花もその意見に賛成だったことだ。

 新幹線の自由席に乗り、僕たちの旅が始まった。


 三人掛けの席でメグルが窓側、僕は廊下側に座り、緩衝地帯のように朋花がその間の席に座った。

 朋花みたいなコミュニケーションに難のある人間が人の間を取り持つポジションになるのははじめてなのではないだろうか?

 失礼ながらそんなことを思った。

 ところが──


「あたし、ここのカフェにも行きたいんだ」

「あー。そこね。私もチェックしてた」


 メグルがスマホの画面を見せると朋花は嬉しそうに同意している。これで五軒目だ。

 いったい二人は一泊二日のうちに何回食事をするつもりなのだろうか。


 朋花の膝には駅で急遽購入した東京観光マップが乗っている。

 早くも緊張しはじめている僕とは対照的に二人は観光気分でお気楽なものだ。


 意外なのは朋花とメグルが昨日とは打って変わって仲良さそうにしていることだ。

 昨日連絡先の交換をしていた。僕もそのタイミングで朋花とメグルと連絡先の交換をした。

 きっとメッセージのやり取りで仲良くなったのだろう。

 ちなみに僕の元には二人から一切メッセージはやって来なかった。

 二人は肩を寄せ合ってスマホや観光ガイドを一緒に覗き込みあっている。


「青山と原宿、三田君はどっちがいい?」


 朋花はガイドブックを開きながら訊ねてきた。


「僕らは観光旅行に行くわけじゃない。そんなにあっちこっち見に行く予定なんて入れないで」

「真面目かよ。せっかく東京に行くんだから愉しまなきゃもったいないし」


 朋花の向こうの席から、メグルが身体を前のめりにしてそう言った。言葉遣いは昨日よりだいぶ穏やかになっている。


「メグルだってまほろに確かめたいことがあるんだろ。目的を見失うなって」

「それはそれ。せっかく旅行行くなら愉しまなきゃ損でしょ」


 どういう損得勘定なのかよく分からないのでもう放っておくことにした。

 無言の抗議のつもりで寝たふりをしたが、二人はそれを無言の容認と受け取ったのか、勝手に観光コースを決めていた。


 それにしても普段誰とも慣れ親しまない朋花が笑いながら雑談しているのが意外だった。

 時おり小声でボソボソと何か言い合ったり、スマホの画面を見て何か言い合ってるのが気になって眠れない。目を閉じているからより一層聴覚に意識が向いてしまっていた。


 朋花の声はわずかだが僕と話すときよりもトーンが上がっている。

 意外にもメグルと気が合うのか、それとも単に東京に行くのが楽しみなのだろうか? そんなに都会に憧れがあるようにも思えないけれど。


 まあいい。今はそんなことよりまほろと会って何を話すかを考えなくてはいけない。

 小学六年生の時に喧嘩したまま別れて、それきりだ。まほろが引っ越した後とはいえ、これだけ僕の悪評が広まってしまったのだからきっと彼女も噂くらいは聞かされているのだろう。


 自分に告白した奴がその後クラス中の女の子に手を出して人間関係を滅茶苦茶にしたと知ったら、やはりいい気分にはならないはずだ。

 もちろん僕はそれを隠すつもりはないし、誤魔化すつもりもない。

 自分から率先して言うことでもないが、もし訊かれたら正直に話すつもりだ。それがせめてもの、僕の贖罪なのだから。


「お弁当にお茶、ジュース、アイスコーヒーにアイスクリーム」という売り子さんの独特の節回しが聞こえ、思考が中断された。

 目を開けるとちょうどワゴンが僕の斜め前を通り掛かっていた。近付くまで聞こえないけれど近付いたらはっきりと聞こえるという声量の調整は、きっと訓練で身に付いた特殊な技術なのだろう。


「コーラってありますか?」


 僕が訊ねると販売員のお姉さんは無愛想にならない程度の愛想で「はい。百四十円です」と答えた。

 まあいっかと思える絶妙なぼったくり金額である。

 千円で支払うと「ありがとうございます」とお姉さんは左手で僕の手の甲を触れながらお釣りの小銭を返してきた。


 しまったと思ったときはもう遅かった。

 二十代半ばくらいに見えるその女性はまぶたをぴくんっと奮わせ、驚いた顔をして僕を見詰めてきた。

 移動中はいいかと、つい手袋を嵌めずにいたことを後悔する。

 僕の犯してしまったミスに気付いたらしく、横並びに座る二人も固唾を飲んで様子を伺っていた。


「高校生ですか? 三人で旅行なんて愉しそうですね」


 先程までとはまるで違う、愛想のいい声と表情だった。

 お姉さんはまだ僕の手に触れていたので、慌てて手を引っ込める。


「今から東京に行って古い知り合いと会うんです」


 メグルが答えるとワゴンカーのお姉さんは「そうなんだー」とやけに砕けた感じで頷いた。


「女の子二人連れちゃって。モテるんですね」

「そういうのじゃありません」


 朋花が食い気味の勢いで否定した。相変わらず愛想のかけらもない奴だ。

 そこから売り子のお姉さんは主に僕にばかり話し掛け、よその客に呼ばれてようやく立ち去ってくれた。


「本当に惚れさせる能力を持ってるんだ」


 メグルは驚いた様子で遠巻きに僕の手を眺める。


「能力っていうか呪いだよ、これは」

「でも上手に使えばモテまくりなんじゃないの?」


 メグルの声には悪気など微塵もなく、ただ純粋にそう思ったのだろう。

 しかし実際に体験してみれば分かる。これはそんな生易しい力ではない。

 世の中なんでも自分が体験してみないと分からないものだ。


「冗談じゃない。この力のせいで僕の人生は台無しだよ。メグルも見ただろ、あの六年一組の地獄のような状況を。制御できない力なんて害毒でしかないんだよ」


 そう言うとメグルも口をつぐんだ。きっとあのクラスの殺伐とした空気を思い出したのだろう。

 僕はこの呪いのせいで、人に愛されるということの悪い面を徹底的に見させられてきた。

 嫉妬、裏切り、いさかい、怒り、狂気。

 人間不信になる要素はおよそ体験できる。


 重い空気になってしまったのでトイレに行く振りをして席を外した。またあのワゴンカーの女性がやって来るだろうからこのままトイレに隠れて東京までやり過ごしたい気分だった。

 さすがにそうもいかないので十分後に席に戻ると、また朋花とメグルは親しげに一つのスマホを覗き込んでいた。



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