まほろへの手掛かり
「実は──」
正直に言うべきか、それとも探りを入れて聞き出すべきか。
その迷いで言葉がのどに詰まってしまった。
ストレートに聞けばまた教えてもらえない可能性もある。回りくどくはぐらかしながら聞きだした方が、チャンスはあるかもしれない。
朋花も緊張した面持ちで僕を見詰めていた。
「小学生の頃、まほろっていただろ。六年の頃に引っ越していった。あのまほろの引っ越し先を教えて欲しいんだ」
迷った挙げ句、僕は正直に用件を伝えた。下手な小細工はメグルに失礼な気がしたから。
「……は? まほろ?」
メグルは不快そうに眉を歪めて目を鋭くさせた。
「なんで今さらまほろの連絡先なんて知りたがるんだよ」
「会って確かめたいことがあるんだ」
「確かめたいこと?」
訝しがるメグルに、僕は本当の理由を隠さずに話した。
まほろにフラれた夜に女神と出会ったこと。
僕の手に触れたものは惚れてしまうという不思議な力を得たこと。
そして僕の力が唯一効かない女性がいるらしいこと。
僕はその唯一の女性がまほろだと思っていること。
包み隠さずすべてを説明した。
メグルは目を合わすだけで心が抉られるくらいの凶暴な顔で僕の説明を聞いていた。
「惚毒? 手で触れられたら昴を好きになる? ふざけんなよ! そんな力あるわけないだろっ!」
最初に言ったのは案の定、そんな言葉だった。
「そんな話、あたしが信じると思ってるの?」
「いや、思っていないよ。思っていないけど嘘はつきたくないから正直に伝えた」
メグルの目は僕の嘘を見抜いてやろうという猜疑心しかなかった。
緊迫した空気を破ったのは、意外にも朋花だった。
「信じられないとは思うけどね。でもその力が本物だと思うと辻褄が合うと思わない? こんな冴えない三田君が、クラスの人間関係を滅茶苦茶にするほどモテるなんて不思議でしょ?」
実に的確で納得のいく説明だけど、ちょっとだけ傷つく。
「うるさい。あんたは黙ってて」
「メグルさんが三田君を好きになったのも、その毒のせいなの」
メグルは犬歯を剥いて朋花を睨みつける。
「ふざけんな! 少なくともあたしは、違う」
唸るような声でメグルはそう呟いた。
「え? 違うってなにが?」
「少なくともあたしはそんな力関係ないって言ったのっ! あたしが昴を好きになったのは、そんな力なんかが理由じゃないっ!」
メグルは勢いよく顔を背け、長い髪でその表情を隠してしまった。
「メグル……」
人生の歯車が狂った原因となった恋がそんな得体の知れない毒のせいであったと聞かされて、憤りを感じないはずがない。
せめてその時の想いは自発的なものだと思いたいのだろう。
「ていうか朋花だっけ? それが本当ならあんただって昴に触れられて惚れてるんだろ!」
「ううん。私は違う。三田君に触られてもなんの変化もないの」
「は?」
メグルは歪な笑顔で素っ頓狂な声を上げる。
「じゃあやっぱりそんな力ないんじゃん。もしくはまほろじゃなくてあんたが昴が言う毒が効かない唯一の人間なんじゃないの?」
「残念ながら違うの。私は誰も好きにならないって心に誓ってるから効かないみたい」
どれだけ口で説明したところでところでメグルが納得することはないだろう。こういう時はやはり論より証拠しかない。
「じゃあ試しに僕がメグルに触れてみるよ。手袋をつけてるから、少しは威力も弱められてるけど。でもほんの一瞬触っただけでも多少影響は出ると思うから」
「えっ!? ちょっ、ちょっとっ!」
手を伸ばすとメグルは凶刃を避けるように逃げた。
「信じられないんだろ? 試してみた方が早い」
「やめろよっ! いいから、そういうの」
あれほど勢いがあったのに今は怯える子羊だ。
あまりの豹変ぶりに、朋花は口許をヒクヒクと動かして笑いを噛み殺していた。
「そんなことより昴はまほろと会いたいんだろっ!」
「引っ越し先を知ってるの?」
「まあ、一応は」
「頼む。まほろの連絡先を教えて欲しい。どうしても確かめたいんだ」
大きく身体を折って頭を下げる。メグルの呆れたため息が聞こえる。
「あたしが知ってるのは、まほろの引っ越した住所だけ。電話番号とかそういうのは知らない」
希望が見え、僕は顔を上げた。
「どうしてもまほろと会いたいのならば、教えてもいい。ただし条件がある」
「本当!? ありがとう! どんな条件でも聞くよ」
このチャンスを逃してしまうと完全にまほろへの道が閉ざされてしまう気がした。
交換条件を確認せずに僕は承諾した。
「あたしも一緒にまほろに会いに行く。それが条件」
「え? それだけでいいの?」
あまりにも簡単な要求で拍子抜けした。もっと金銭的なことや、無理難題を吹っ掛けられると思っていた。
「まほろの引っ越し先は聞いているから知ってる。ただし行ったことはおろか、手紙すら出したことないからね。未だにそこにいるという保証はないよ」
「もちろんそれでもいいよ。ありがとう、メグル」
メグルは少しばつが悪そうにぼくとめをそらす。
「昴だけじゃない。あたしもまほろと会って確かめたいことがあるから」
「そっか。わかった」
まさか最も嫌われていると思っていたメグルに協力してもらえるとは思わなかった。これも取り持ってくれた朋花のおかげなのかもしれない。
朋花の目を見て軽く会釈したが、彼女は澄ました顔でその視線を無視していた。