メグル
翌日も朝十時からまほろの行方捜しが始まった。
朋花は日焼けしないためか薄手の長袖のシャツを羽織っている。
「なに?」
「いや、真夏なのに暑くないのかなぁって」
「陽に焼けたくないの」
「へぇ。朋花もそういうの気にするんだ?」
純粋に意外だったからそう言うと、からかわれたのかと思ったのか朋花はムッと顔を顰めた。
「見た目の問題じゃないから。私は日焼けすると赤くなって肌が痛くなるの」
「なるほど。そういうことか」
「ほら、時間なくなるからさっさと始めよう」
正直言ってまほろの居場所を探すというより、こうして朋花と共に行動することの方に価値を見出してしまっていた。
でもそんなことを言おうものならどんな侮蔑の表情を向けられるか分かったもんじゃないから口には出さない。
同じクラスの元同級生は脈がなさそうなので記憶を辿り他のクラスでまほろと親交があった人を当たってみたが、こちらも警戒心が強くてなにも聞き出せなかった。恐らく昨日訊ね回った人たちから連絡が行ったのだろう。
聞き込みのためのリスト票には次々と赤い×のみが増えていく。
「仕方ない」
僕はリストの一番下の人物名を見る。
『岩岡愛留』。
なるべくなら彼女のところだけは行きたくなかった。
「次はその人?」
僕の視線を追ってリスト票を見た朋花が訊ねてくる。
「メグルは六年生の途中から登校拒否になった子なんだ」
「へえ」
「気の強い女の子だったんだけどね。僕の惚毒にかかって、それからかなり荒れちゃって」
メグルは男子とも喧嘩するくらい勝ち気な女の子だった。
魔女からもらった力を無邪気に使っていた僕は、よせばいいのに執拗にメグルにちょっかいを出してしまった。
突如僕に恋をしだしたメグルを男子たちはからかっていた。
そして毒が溜まりに溜まった彼女は、抑えきれず僕に付き纏う他の女子と喧嘩して怪我を負わせてしまったのだ。
「かなり一方的に相手を引っぱたいてね。大問題になってしまったんだ。メグルの親も学校に呼び出されて。それからメグルは学校に来なくなってしまった。うちのクラスが完全におかしくなったのはそれからだった」
恐らくあのクラスの中でもっとも僕を恨んでいるのはメグルだろう。
中学は別の学校に行ったが、そこでもかなり荒れていたと聞く。彼女の人生を滅茶苦茶にしたのは、間違いなく僕だ。
「大丈夫なの、そんな人と会って」
「仕方ないよ。僕は彼女の人生を狂わせたのだから。どんなに罵られても、殴られても、それが僕の罪滅ぼしになるなら構わない」
それで僕のしたことを帳消しに出来るなんて思ってはいないが、相手の気が晴れるなら少しは意味がある。
もはや趣旨が変わってしまっている気もするけれど。
「そんなに三田君ばっかりが背負うことないよ。元々そのメグルさんは乱暴な子だったんでしょ?」
朋花は眉を歪めて僕を慰めた。
「いいや。確かに気の強い子ではあったけど、弱いものイジメするような人じゃなかった。むしろ男子に泣かされた女子の仇を討つような、正義感の強いタイプだったんだよ」
そしてまほろとも仲がよかった。明るくて女子から頼られる存在だった。
それだけにあの豹変ぶりにみんなが驚いていた。
「今はなにしてるのか知ってるの?」
「さあ。詳しくは知らない。一応高校には行ってるらしいけど、友達もおらず浮いているらしい。学校外でかなりヤバい奴とも付き合いがあるって噂も聞いている」
「そうなんだ」
さすがの朋花も不安げな顔になった。
ちょっと怯えさせすぎてしまったか?
「でも今さら僕のことなんてどうとも思ってないかもよ。ヤバい世界にいたら敵も多いだろうから、案外僕のことなんて幼馴染みみたいな扱いかもしれないし。そりゃ一発くらいは殴られるかもしれないけど」
想定される展開の中でもっとも穏便な『予想展開プランF』を話すと、朋花は青ざめた顔で「やっぱりやめといた方がいいよ」と僕を制止した。
「大丈夫だよ。殴られ慣れてるし。それにこれは贖罪でもあるからね。そんな心配な顔しなくても殺されはしないよ」
結果として朋花の忠告は当たっていた。
五年ぶりに幼馴染みの顔を見たメグルは、溢れ出す感情を抑えきれなかったらしく、なにも話す前に頬を引っぱたいてきた。
更に髪を掴まれ、下腹部を膝蹴りされて、僕はその場に蹲ってしまった。
しかしそこで攻撃の手を止めることはなく、メグルは僕の頭を踏み付けてくる。
つまりは『予想展開プランA』だった。
「やめて!」
隠れて見ていた朋花が慌てて止めに入ってくる。
「来るな、朋花!」
朋花は僕に覆い被さり、身を挺してメグルの攻撃から僕を守ろうとしてくれた。
「なんだ、昴。あんた未だに女を盾にして守ってもらってるのかよ」
一気に白けたのか、それとも冷静になったのか、メグルはせせら笑いながら地面に唾を吐いた。
久し振りに見るメグルはすっかりギャルと化していた。
磨かれた鋼のような艶のアッシュグレーの髪は毛先の方だけ緩やかなウェーブがかかっており、アイラインを強調したメイクと紅い口紅が印象的な、図鑑に載せられるほど立派なギャルだった。
「相変わらず情けねぇな、昴は」
「三田君は情けなくなんてない!」
朋花は怒りに震えながらメグルを見上げて叫んだ。こんなに昂ぶっている朋花を見るのは、はじめてだった。
普段の朋花からは想像できないくらいの、鬼気迫るものがあった。
メグルは顔に浮かべていた余裕を消し、スッと目を細めて朋花を見据えた。
「三田君は人に嫌われようが蔑まれようが気にせず自分の思うことを貫ける人なの。そして相手を幸せに出来るなら嫌われることも厭わない人なの。あなたみたいに感情に任せて暴力を振るうような人間じゃない」
静かに、だけど力強く言葉を放ちながら、朋花は立ち上がってメグルと対峙する。
しかしメグルは朋花を無視し、しゃがんで僕と目線を合わせてきた。
「今さらなにしに来たんだよ」
目付きは先ほどの怒りに震えたものとは違い、なぜか泣き出す寸前のように弱々しく震えていた。
「ごめん。メグルに合わす顔がないのは分かっている」
口に溜まっていた血を嚥下しながら立ち上がる。
「そう思ってるならなんで来るんだよ。しかも彼女まで連れて」
メグルは疎ましそうに朋花を睨んだ。
「か、彼女じゃありません! 私はただのクラスメイトですっ!」
「そうだ。朋花は付き添いで来てくれているだけだ。彼女じゃない」
僕たちが嘘をついていないことは態度を見て分かったのだろう。メグルは「紛らわしいことするなよな」と早合点を恥じるように頭を掻いていた。
その姿はまだ荒れる前の彼女の面影があった。平和だったあの頃を思い出し、ふと郷愁の念に駆られた。
「で? なんか用事があってきたんだろ?」
まるで見当がついていなさそうなところをみると、メグルには僕がまほろの引っ越し先を調べているという情報は入っていないようだ。
まほろと仲がよかったメグルなら、きっと引っ越し先の住所を知っているだろう。
緊張できゅっと喉の奥が締まった。